デジタル教科書とICT活用授業で「学びの基盤」を育む【連続企画「教育DX」時代の学校マネジメント #02】

特集
「教育DX」時代の学校マネジメント

2012年に日本デジタル教科書学会を立ち上げ、新潟市教育委員会のGIGAスクール担当を経て令和5年度から新潟市立大野小学校(児童数402人/2023年5月現在)に赴任した片山敏郎校長。同校で教育DXを進めていくための学校経営や授業計画について伺った。

新潟県新潟市立大野小学校

新潟市立大野小学校の片山敏郎校長。教育DXで自立した学習者が育つ「わくわくする学校」づくりを目標にしている。

この記事は、連続企画「「教育DX」時代の学校マネジメント」の2回目です。記事一覧はこちら

さらなる子どもの学びを深めていくために学会を立ち上げ

2009年12月、民主党政権が誕生してまもなく、デジタル教科書という存在が広く世間に知られるようになった。当時の原口一博総務大臣によって示された「原口ビジョン」の中で、2015年までに「デジタル教科書を全ての小中学校全生徒に配備」するという目標が掲げられたのだ。

ほどなくiPadが登場したこともあり、当時小学校教諭だった片山敏郎校長は、児童生徒一人一人が端末を持って授業をすれば、一斉型の授業よりもさらに子どもたちの学びが深まることを直感したという。

そこからTwitterやFacebookなどを通じて、同じような問題意識を持ったメンバーと「みんなのデジタル教科書教育研究会」を立ち上げた。1年半ほど活動を続けていく中で、1人1台の端末を持つ場合にどのような形がよいのかを研究。やがて本格的にデジタル教科書を学術的に研究していく必要性を感じ、教育研究者10人、民間の実践者10人を集め、日本デジタル教科書学会を設立。情報教育、教育工学の有識者を招いてのシンポジウムなども開催した。

「ICTを活用した実践や、デジタル教科書についての医療面からの課題、認知面の問題などの研究論文を30~40本ぐらい全国大会で発表してもらい、それらをさらに分科会で議論していきました」

2024年度から導入されるデジタル教科書がもたらす変化

そのようにして研究を重ねてきたデジタル教科書が、いよいよ2024年度4月から導入される。デジタル教科書ではすべての教科でQRコードが掲載されており、そこから動画や音声などのコンテンツにアクセスできるようになる。自分に必要なタイミングで、必要な情報にアクセスできるため「自立した学習者の育成」につながり、ひいては「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実」の実現にもつながっていくと片山校長は期待を寄せる。

「学習を子どもに委ね、個々に必要な情報を選択して課題解決に向かって学ぶほか、協働しながら解決策を見つけ、情報交換しながら学習していくような授業に変わるでしょう。そのような自立した学び方が身につき、学習指導要領に位置づけられている情報活用能力のような『学びの基盤』となる力も高まっていきます」

2019年から続いたコロナ禍では、全国の学校が臨時休校となり学びが止まることがたびたびあった。このような事態にも、デジタル教科書であれば自宅で自学自習を進めることが容易になる。さらに、平時の授業でも自分のタイミングで情報を収集する学び方が主流となり、一斉授業のように教員の指示で、教科書をみんなで読むというスタイルは少なくなっていくことが予想される。

「GIGAスクール構想で進められたICT環境の整備は、戦後の教育改革の中では最も大きな転換点だといえます。これによって子どもの情報収集や、情報を整理・分析する情報活用能力は間違いなく向上していくはずです」

情報活用能力を自己チェックする5年生

教育のDX化には伴走者によるサポートが不可欠

子どもたちの資質能力の向上に期待が高まる一方で、いくつかの課題も見えてきている。

「デジタル化が一気に進んだことで、子どもたちの情報モラルに関する問題が起きてきています。さらに、学校や教員による取組の質と量の差が、学校間格差、学級間格差という形で生じてしまっているのが現状です」

こうした学校間や教職員間の格差解消のため、教育委員会がいかに教職員と子どもたちの使いやすさを考えて環境設計していくかが重要だという。片山校長は、新潟市教育委員会に勤務していた3年間、この課題に取り組んできた。学校の規模や担当者の力量など様々な課題がある中、文部科学省が学校現場におけるICT支援人材の不足を解消するために設置を進めた「GIGAスクール運営支援センター」の存在は非常に大きかったと片山校長は振り返る。

「GIGAスクール運営支援センターができたことで、学校にきめ細かな支援ができるようになりました。GIGAスクールからさらに進んで教育のDX化を進めていくには、こうした支援センターの存在が非常に重要になります」

例えば支援センターでは、端末の年度更新作業などをサポートする。かつては年度をまたぐたびに情報主任などの教員がタブレット端末や学習ポータルなどの設定作業を行っていた。しかし、日常の業務や授業準備もあるため、なかなか手が回らない状況が生まれていたという。こうした業務をGIGAスクール運営センターが担うようになり、教員の業務が軽減され、時間短縮につながったという。

「設定作業でのトラブルも翌朝には解決、早いとその日に解決するので非常に助かっています。教育のDX化においては、学校現場に伴走してくれる人と組織をつくるということが、何よりの教員の負担軽減策になります」

GIGAスクール運営支援センターのICT支援員が1年生のGIGA開きをサポート。

教職員間で情報を共有し、地域や保護者に公開

大野小学校の校長に赴任して以降も、片山校長は日本デジタル教科書学会や市教委での経験をもとに、ICT化できるところから改善を進めているという。例えば、これまでは校務支援システムを使用するには職員室のPCからアクセスするしかなく、必要なときに必要な情報を取得できないという問題があった。そこで、マイクロソフトのビジネスチャット「Teams」を導入し、校務の様々な情報をいろんな場所から即座に共有できるように改善。開始して2週間ほどで定着したという。

「まずは、誰もが使いやすい環境を構築することが大事です。今では教職員全員がTeamsに入って、必要な情報を共有しています。校長だよりを作成する際にもTeamsで共有された文章や写真を使っており、保護者への情報公開にも役立っています」

現在は学校ホームページの充実も図っており、学校の教育活動の様子を公開していくため、教員と役割分担をしながらなるべく多くの写真を撮り、掲載していく予定だ。

「新年度の時期などで忙しいからといって、学校の授業や活動の情報が上がらなくなるのはよくありません。地域の方や保護者の方は、公開されない限りなかなか学校の事情を知ることができません。まずは信頼される学校にするためにも、できるだけ学校の情報を公開していくことを大事にしようと思っています」

今年度の重点としては、教育DXを柱にして「わくわくする学校」をつくり、子どもたちを自立した学習者に育てていくという方針を掲げている。それを実現する鍵となるのが、ICTを活用した授業だ。例えば、3年生の理科の授業では、「春探し」として花や虫などの写真をタブレットで撮影し、次の授業では、アプリを使ってそれらの名前を調べる。3回目の授業では、それらの情報を再構成して見やすく整え発表するなど、子ども同士の交流を行っている。

理科の「春探し」で撮影をする3年生。

「子どもたちが集める情報は、ウェブからの情報もありますが、実生活とつながりのある情報を集めていくことを重視しています。それは、人との出会いや、地域の素材、あるいは校内にあるようなものです。それらの情報を収集して、ベン図やピラミッドチャートなどの思考ツールを使用して整理分析を行い、最終的にプレゼンテーションなどにまとめていきます」

こうした学習過程もTeamsを使って共有しながら、教員同士で課題を見いだし、改善していくサイクルをつくっているという。

ICTを使って人と人をつなぐ

大野小学校では、感染症の隔離期間などで登校できない子どもとオンラインでつなぎ、授業することも行っているという。

「今は、やむを得ず登校できない子どもとオンラインでつなぐことができます。これは不登校対策としても有効で、不登校の子どもとまずはつながって関係をつくっていくことができます」

さらに、教育観をアップデートしていくために、教職員の「アンラーニング」と「リスキリング」を進めていく予定だ。たとえば、令和の日本型学校教育でめざすべき「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実」は、理念としてはわかっていても、具体的にどんな実践なのかをイメージすることは難しい。大野小学校では今年度、子ども自身の情報活用能力を育てる授業を行うために、外部有識者とオンラインでつないだり実際に来てもらったりしてICTに関する研修を行い、本物に触れてもらう機会をつくっていくという。

「ICTを使って人と人とをつなぐことは大きな意味があると思っています。教員と外部の良い情報をつないだり、子どもたちとゲストティーチャーをつないだりと、外の力を入れていくことでDXは大きく働いていくでしょう。それらを具体的な事例としてホームページに積み上げていくことで、さらに信頼される学校づくりにもつながっていくと思います」

テクノロジーの活用により教員の働き方も変えていく

教育DXには終わりはなく、テクノロジーの進化にあわせて、常に付き合い方を変えていく必要があると片山校長は指摘する。例えば、ChatGPTのような生成系AIの登場が、教育のみならず社会の様々な分野にインパクトを与えているが、こうしたテクノロジーは今後も次々と生まれてくるはずだ。そうした変革に柔軟に対応しながら学校教育や働き方にイノベーションを起こしていくことが教育DXの本質だと片山校長は語る。

「そこでは校長のマネジメント能力も重要となります。教員には見えていない課題に気づかせ、新しい変革を起こすには、まず管理職がビジョンとリーダーシップを示さなければなりません。もちろん、学校の中にICTが得意なGIGA推進リーダーや情報主任がいれば、そのような人材をうまく活用してマネジメントしていくやり方もある。教員間での議論の中からもうまく意見を取り入れてマネジメントの方向性を示していくことが、管理職としての責任だと思っています」

また、行政から学校現場に戻ってきて、あらためて教員の忙しさを目の当たりしたという片山校長は、テクノロジーを用いて持続可能な働き方に改善していくことも教育DXの大きな課題だと語る。

「テクノロジーをうまく活用しマネジメントすれば、教員にとってもっと便利で負担の少ない環境がつくれるでしょう。そして、教員が働きやすくなることが、結果として子どもたちの学びの充実にもつながっていく。子どもたちが大人になる時代の姿をイメージしながら、未来につながる力を育んでいきたいと思います」

取材・文/三井悠貴(カラビナ)

この記事は、連続企画「「教育DX」時代の学校マネジメント」の2回目です。記事一覧はこちら

学校の先生に役立つ情報を毎日配信中!

クリックして最新記事をチェック!
特集
「教育DX」時代の学校マネジメント

学校経営の記事一覧

雑誌『教育技術』各誌は刊行終了しました