特別支援学級の急増に思うこと<中編>~スクールソーシャルワーカー日誌 僕は学校の遊撃手 リローデッド⑦~
虐待、貧困、毒親、不登校──様々な問題を抱える子供が、今日も学校に通ってきます。スクールソーシャルワーカーとして、福岡県1市4町の小中学校を担当している野中勝治さん。問題を抱える家庭と学校、協力機関をつなぎ、子供にとって最善の方策を模索するエキスパートが見た、“子供たちの現実”を伝えていきます。
Profile
のなか・かつじ。1981年、福岡県生まれ。社会福祉士、精神保健福祉士。高校中退後、大検を経て大学、福岡県立大学大学院へ進学し、臨床心理学、社会福祉学を学ぶ。同県の児童相談所勤務を経て、2008年度からスクールソーシャルワーカーに。現在、同県の1市4町教育委員会から委託を受けている。一般社団法人Center of the Field 代表理事。
発達検査にこだわる母親
「3年生の真君の発達検査を、母親がまた希望しているので、来てもらえますか?」
A小学校の校長先生から連絡を受け、すぐに学校に向かいました。
校長室に入ると、「今度は病院から診断書をもらったけ、発達検査をしてください」と真君の母親が不機嫌そうに話しました。
校長によると、母親は以前も突然、発達検査を求めてきたことがあり、検査を行ったそうです。ところが、発達障害ではないという検査結果に納得せず、病院から診断書を取ってきたと言うそうですが……。
「真君は特に問題を起こしたわけでもなく、母親がなぜ発達検査にこだわるのかわからない」と校長先生。真君と少し話してみても、特に変わった様子は見られません。
●落ち着いている
●礼儀正しい
●「です」「ます」で話すことができる
●成績も普通
校長が真君の学校での様子を話し、「発達検査は必要ないのではないか」と説明しましたが、母親は頑として譲りません。
「うちでは落ち着かないんです。昨日は父親が焼肉屋に連れて行ったみたいなんですけれど、戻ってから落ち着かなくて。いつもこうなるから、私は真を父親に会わせたくなかったんですよ。父親に手を出されたんじゃないかと気が気でなかったから、帰ってきた真に父親に何か乱暴なことはされなかったか聞いたら、真は『そんなことなかった』って。本当だかどうか」
いきなり堰を切ったように身の上話を始めた母親に対して、校長も私も唖然としてしまいました。
「あ、今、夫とは離婚調停中で、別居しているんです。毎月1回、父親に真を会わせているんですが、手を出さないか心配で心配で……」
そんな母親を見ながら、彼女が一番気にかけているのは真君ではなく、自分自身なんだろうなあ、と感じました。真君が落ち着かないのは障害によるもので、自分の育て方に問題があるわけではない。すぐに手を出す父親のせいで、むしろ悪化してしまった。母親である自分が一番辛い目に遭っていることをわかってほしい……。そんな自己弁護が透けてきました。
真君が落ち着かないのは、発達障害ではなく、両親の離婚問題で精神的に不安定な母親の姿を真君が敏感に感じ取っているからではないだろうかと思いました。
発達障害の背景にある “家庭障害”
発達障害と診断される子供のなかには、家庭環境が原因で起こる “家庭障害” が多いのではないか、と強く感じています。
要因としては、次のようなことが考えられます。
●両親が日々の生活にいっぱいいっぱいで、子供の家庭教育にまで目が届かない
●両親が不仲で、諍いが絶えない
●親に暴力を振るわれ、子供が恐怖心を植え付けられている
●育児放棄で、十分な食事や睡眠を与えられていない
●再婚した継親とうまくいかず、暴力・暴言を受けたり、育児放棄されている
こうした理由で、家庭が安心できる場所になっていないと、極度のストレスによって脳がダメージを受け、ADHDと似たような症状が出たり、自閉傾向が強くなったりします。家庭で受ける愛情が十分でなければ、子供は心身ともに健やかに成長することができません。スマホのアプリのように自動で更新できるものではないのです。
学校や保育園で暴れたり暴言を吐いたりする問題行動は、不安定な感情の裏返しです。落ち着いて勉強できる環境下にないのですから、もちろん学校の授業にはついていけません。
「学校で問題を起こす」という表面的な現象は同じだとしても、家庭環境が原因で引き起こされる “家庭障害” は、子供を特別支援学級に編入させれば解決する問題ではありません。根本が家庭にあるからです。だからといって、学校は個々の家庭問題に深く立ち入るわけにはいかず、対症療法でしのぐしかないのです。
こうした現状を少しでもよくしたいと、私は放課後デイサービスと自立援助ホームの運営を始めました。
放課後デイサービスでは、宿題をしたり、みんなで遊んだり、と日常生活を整えることで、家庭教育の補助的な役割を担う。家庭が機能不全で、健全な家庭教育を今後も望めないのであれば、自立援助ホームで受け入れ、経済的にも精神的にも自立できるように援助する。
家庭ができないからといって、目の前の子供たちをそのままにしておく時間の余裕はありません。“家庭” “学校” という枠を取り払って、その子自身の成長を見守っていきたいと思っています。
(後編に続く)
*子供の名前は仮名です。
取材・文/関原美和子 撮影/藤田修平 イラスト/芝野公二