【相談募集中】大学の講義がつまらなすぎて将来が不安になる
時代錯誤な自慢話にしか思えない話ばかりする教授の講義が、将来のためになるとは思えない……。教員を目指す学生からの相談が 「みん教相談室」に寄せられました。多くの若手教師を指導してきた岩手県公立小学校教諭・古舘良純先生は、どのようにアドバイスするのでしょうか。
目次
Q.大学の講義がつまらなすぎて将来が不安になります
教員養成大学の2年です。将来は小学校か特別支援学校の教員を目指していますが、悩んでいるところです。簡潔に言うと、大学の講義がつまらなすぎて将来が不安になります。例えば、「最近の子どもは〜」「最近の若い先生たちは〜」と下に見るような発言をして、「僕たちのころは」と何十分も語る教授がいます。そして最後に講義の感想を書いて提出すると、「こんな意見をくれた人もいたんだけど僕はね、そうじゃないと思う」と否定されて、ちょっと悲しいです。何十年も教壇に立っていた教授なので、教授なりの考えや貴重な経験があるのだと思います。しかし、どこか時代錯誤で自慢話のような話を何十分も話され、「教師はこうでなきゃ」と言われると何だか教師になりたくなくなります。教員養成大学や教育学部はどこもこのような感じなのでしょうか。また、教員になる前だからこそやっておきたいことや、視野を広げるためにできることが何かありましたらアドバイスをいただきたいです。
(Uさん・10代女性)
A.つまらないかどうかは自分の心が決める
一生懸命に大学の講義を受けていらっしゃる様子が伝わってきます。こういった学生の方々が、これからの教育界を背負っていくのだろうと思うと心強い限りです。早く一緒に現場に立って働きたいですね。
私自身の大学生時代と言えば、「どうやって手抜きをして単位を取るか」ということに全力を注いでいました。後悔先に立たずとはこのことで、今大学の講義を受けたら、全てが楽しく、充実するだろうなと思えます。「何を学んできたのだろう……」と過去を悔やむばかりです。
さて、これ以上自分の話をしていると、「時代錯誤で自慢話」になっていきそうなのでやめておきます。
相談内容を読ませていただき、2点についてお返事させていただきたいと思いました。
まず、「大学の講義がつまらなすぎる」という点についてです。
この点に関しては、どの大学の、どの教授の、どの講座なのかわかりませんから、一概に私が「つまらないかどうか」を判断することはできません。しかし、2つの有名な言葉を引用しながら考えることはできると思います。
1つめの言葉は、高杉晋作が残した『おもしろきこともなき世をおもしろく すみなすものは心なりけり』です。これは、簡単に言えば「面白くもない世の中を面白くするのは心である」ということです。
もしかしたら、その講義が面白いかつまらないかどうかは、その人の「心」が決めているのではないでしょうか。
例えば、私が受けたとしてもつまらないと思うでしょうか。他の人だったらどうでしょうか。それは、受けてみなければわからないことですが、確かなことは「受け手」の主体性(心)によって講義の質は変わるということです。
今の私だったら、その講義が例えつまらなかったとしても、どこかに面白さを見出すことができるかもしれません。きっと見出そうとします。
もちろん、教授の講座自体に課題がないわけではなく、改善点があるかもしれません。しかし、アクティブ・ラーニングが叫ばれる中で学習者の主体性が求められるわけですから、「つまらない」と判断して学ぼうとする心を閉ざしてしまった時点で、何をどうやったってつまらなくなるのは必然だと思います。
ちなみに、私は学級の子どもたちに「学びは掴みに行くものだ」と話しています。「与えてもらうばかりの姿勢はやめよう」と小学生にも伝えていますよ。
そして2つめは、シェークスピアの『世の中には幸も不幸もない。ただ、考え方でどうにでもなるのだ』という言葉です。「講義」という事実は1つ。それを「不幸だ」と捉えるか否かでは、大きく差が生まれることでしょう。この言葉もまた、高杉晋作の言葉に通ずる部分があるように感じます。
残念ながら、「教授の講義」を変えることはかなり難しいと思います。そうであるならば、「自分の心構え」を変えることのほうが手っ取り早いのではないかという回答が、私なりの答えです。
次に、「教員になる前にやっておきたいこと」について回答します。
自分自身が現場に立つ前に何かをしていたわけではないので少し困ってしまいますが、たくさんの初任者や若手の先生を見てきた経験から、言えることはあるかもしれません。それは、「他責」の思考をやめるということです。言葉を選ばずに言うと、「誰かのせい」にしないということです。
他責思考から抜けられない若手の先生は、確実に疲弊していきます。「子どもたちは何度言ってもわからない」「主任の先生が」「保護者が」と、問題や課題を自分の外に置いてしまいます。そして次第に、(思考も含めた)言葉づかいは悪くなっていきます。
教育書を読むこと、現場の知識を得ることは、働いてからいくらでもできます。知識を増やすことよりも、相手を大切にする心や自責の念を健全にもちながら、「ありがとうございます」「すみませんでした」「おかげさまでした」を口癖にしていくことを学生のうちから意識することの方が、ずっと大切だと考えています。
残念ながら、現在、教育現場の環境は思わしくない状況にあります。多忙に押しつぶされそうになるとどうしても他責思考になり、感謝の気持ちや謙虚な心がもてなくなってしまいます。
ぜひ、どんな状況でも生き抜いていける心の強さや柔らかさを育てるためにも、他責の思考から抜け出してみてください。きっと、今の状況を前向きに捉えて乗り越えられたら、どこでも力を発揮できる素敵な先生になれるはずです。厳しい回答になってしまったかもしれませんが、私も勇気をいただけるご相談でした。心から応援しています。
みん教相談室では、現場をよく知る教育技術協力者の先生や、各部門の専門家の方が、教育現場で日々奮闘する相談者様のお悩みに答えてくれています。ぜひ、お気軽にご相談ください。