1年間の見通しを持って~1学期を振り返って【菊池省三流「コミュニケーション科」の授業 #16】

連載
菊池省三流 コミュニケーション科の授業

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三

教師と子ども、子ども同士のコミュニケーション不足こそ今の学校の大問題! 菊池省三先生が、1年間の見通しを持って個の確立した集団、考え続ける人間を育てる「コミュニケーション科」の授業の具体案と学校管理職の役割を提示します。
第16回「コミュニケーション科」の授業は、<1年間の見通しを持って~1学期を振り返って>です。

子どもが主体的に学ぶ姿を見てもらう

新型コロナウイルスの感染第5波がようやく収まり、学校も活気を取り戻してきました。私自身、1学期に予定していた学校での授業は延期が相次ぎました。10月(2020年)に入ってから、延期されていた学校からの再実施の依頼が相次ぎ、新たな子どもたちとの出会いを楽しんでいます。

今年の夏休みは、教師向けセミナーの多くがオンラインになったこともあり、これまで以上にゆっくりと1学期を振り返る時間ができました。その中で、私が感じたことを述べていきたいと思います。

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「子どもの主体的な学び」を目指し、これまでの授業を見直していこうとしている多くの自治体や学校から依頼を受け、年単位でかかわらせてもらっています。学校や自治体がそれぞれのアプローチで対話・話し合いの活動やディベート、「ほめ言葉のシャワー」などに取り組んでいます。

私が子どもたちに授業を行うのは、先生方に「子どもが主体的に学ぶ」姿を見てもらうことで、目指す方向性を実感してほしいからです。「いつもと違う子どもの一面が見られたなあ」「菊池先生だからできることだ」ととらえるのではなく、明日からこの教室で“自分が”どうかかわっていくかにつなげてほしいのです。それには、毎日子どもと向き合っている教師を知ることも大切だと考え、私は先生方の授業を見せてもらうことも重視しています。

授業を参観して強く感じるのは、教師主導の一辺倒な一斉指導が相変わらず続けられていることです。「子ども自らの学びが大切」と言いながらも実態は、きれいなだけの板書、教師の発問にわかる子だけが答えるよどみない授業進行、たまに入れる隣同士での話し合いらしき活動……。これでは子ども主体の学びは育ちません。

一斉指導は、正解という目の前の到達点に近づける授業です。正解を知っているのは教師であり、主導権は教師にあります。答えがわかった子どもに挙手をさせ、教師が指名して答えさせる、を繰り返します。教科書に書かれている内容を時間通りに進めるには効率的かもしれませんが、当てられた子も当てられなかった子も単なる正解の確認になります。ましてや、答えがわからなかった子にとっては蚊帳の外の授業です。こうした授業に、深い学びは生まれません。

なぜこのような一辺倒の授業が行われているのか──。大きな要因としては、教師がゴールイメージを持ち、1年間の見通しを常に意識しながら日々の指導を行うことをしない、あるいは知らないからではないでしょうか。

ゴールイメージとは、1年後の子どもたちのあるべき姿を描くことです。一人ひとりが自分らしさを発揮し、お互いに認め合い、学級全体が学びの共同体になることです。教師は、「子どもたちは絶対に成長する!」と強く信じ、個々の子どもと学級全体という2つの視点を持ちながら、日々の授業(もちろん生活も)で子どもたちの “今” を見極めることが必要なのです。ゴールイメージを持たないまま指導すると、子どもたちの現状に振り回されてしまいます。何か問題が起こると、「うまくいかなかった、どうしよう」と目先のトラブル処理ばかりに目が向き、子どもと教師の間にどんどん深い溝ができてしまい、気がつくと学級が荒れてしまう負のループに陥ってしまうのです。

フォローしつつも、“気になる子”にばかりかかわらない。子どもに引きずられないことが大切。

ざらついた教室に荒れる芽を感じる

ある日、落ち着かないA君がいるという5年生の授業を参観しました。教室の入り口に、私へのウェルカムボードが置いてあり、一人ひとりのメッセージが寄せられていましたが、A君は落書きのような絵を描いていました。他のメッセージも「頑張ります」「よろしくお願いします」とありきたりな言葉ばかり。教室に入ると、大きく間隔を空けた座席があちこちでずれていて、だらしない印象を受けました。

算数の授業が始まると、案の定、A君は上の空でしたが、みんなが手を挙げると、A君もつられた様子で手を挙げました。担任がA君を指すと、黒板の前まで来たものの体をフラフラさせているだけ。他の子たちも「またか」と冷たい視線を送り、担任の「誰かわかる人?」という言葉とともに、A君の挙手はなかったものとして扱われました。その後も、同じような発問→挙手の授業が流れて終了。その様子を見ながら、私はざらついた気持ちになりました。そこはかとなくだらしない教室、メリハリのない授業、問題がある子を視界から外す担任と子どもたち……荒れる芽がいくつも見られたからです。

次の授業は私が行うことになっていたので、あえてメリハリを意識させる指導を行いました。「3秒で机を動かしましょう」「はい、今発表してくれた○○さんに拍手!」と声かけして教室の空気を引き締め、子どもたちに心地いい緊張感を与えるようにしました。子どもたちの態度はみるみる変わり、さっきの時間とは打って変わって子どもたちの切り替えスピードが上がりました。○○さんに拍手したA君には、「一番最初に反応して拍手してくれました。やるなあ」とA君のところに行ってグータッチを交わしました。その様子を見てみんなもにっこり。A君はその後も集中して授業に参加していました。

授業後、担任の先生に、A君にかかわり過ぎずスルーすることも必要であることやメリハリの大切さを意図した授業だったことを説明すると、「えっ、スルーって……A君にかかわらなくてもいいのですか?」と驚きながら尋ねられました。気になる子に気を取られ、その場で対処しようとしても根本的な解決策にはなりません。むしろかかわり過ぎることで、周りの子どもたちはその子と担任に不満を抱くようになり、学級にマイナスの空気が生まれます。

ゴールイメージを持ち、1年間の見通しがあれば、その子へのかかわるべきタイミングが自ずと見えてくるはずなのです。

気になる子への叱り方は

心理学者のタックマンは、「形成期」「混乱期」「統一期」「機能期」「解散期」の5段階を経てチームが形成される、とチームビルディングでの過程を提唱しています。この考え方は「タックマンモデル」と呼ばれ、ビジネス分野で応用されていますが、学級経営の形成にも当てはまります。

4月の「形成期」を経て、6~7月は「混乱期」の状態です。目標に対する意識の相違や対立などが生まれやすいのがこの時期です。人間関係がまだ不十分なのだから当たり前です。しかし、「形成期」の年度初めに、1年間の具体的な見通しを示さないままスタートしていると、人間関係は表面的なままです。「混乱期」をいかに乗り越えるかが、今後の学級経営の重要なポイントになってきます。チームの土台となる人間関係は、「混乱期」で本音を出し合い、お互いに信頼し合うことで、共通理解が生まれてくるからです。この時期を意識せず(できず)、あやふやな人間関係のままで過ごしていくと、「統一期」以降の上昇が望めないばかりか、そのまま下降し、学級が荒れていきます。

かつて受け持っていたB君は少しでも気に入らないことがあれば、手を上げたり暴言を吐いたり。教師に叱られると、ぷいっと学校を飛び出していくことも少なくありませんでした。これまで受け持った担任に4月当初から叱られ続けてきたB君は、私に対しても「どうせ、また」と身構えています。そんな彼を最初から叱り飛ばしても、B君との関係は悪化するだけです。へたすれば周りの子たちもB君に同調し、学級が荒れていきます。B君のマイナス面よりプラス面に目を向け、周りの子どもたちにもB君のいいところを話しながら、学級集団を育てることに力を注いでいきました。私がB君を初めて叱ったのは、子ども同士のかかわり合いが深まってきた6月下旬、B君が自分勝手な行動を起こしたときです。そのときも、直接B君を叱るのではなく、「なぜB君はそんなことをしたのか。周りも気づいていたのに、なぜ注意しなかったのか。これからどうすればいいか」を学級全員で話し合うようにしました。B君個人と学級全体の現状を把握し、学級が「混乱期」から抜け出そうとしている今だからこそ、B君に対してしっかりと叱るタイミングだと考えたのです。場当たり的に対応するだけでは、温かい人間関係の学級は育ちません。

子どもの心の動きにも気づいて

学校教育の最終的な目標は、公に通用する人を育てることです。何か問題にぶつかったとき、自分で考え、他の人と対話をしながら答えを見つけられる力を育てることが学校教育の使命なのです。正解ありきの教師主導の一斉指導だけでは、人間力は育ちません。

自分らしさを発揮し、他の人の意見にも耳を傾ける素地を育てるためには、お互いに信頼できる学級集団をつくらなければなりません。そのためには、プラスの方向に向かう教師の声かけが大切です。発言の内容だけでなく、目線や表情、傾聴など身体的なスキル、いろいろな意見があることへの気づきや他の人の意見を聞いて自分の考えを変えた勇断……。一人ひとりの心の動きにも気づき、認められる教師でありたいと思います。

子ども一人ひとりを認めて子どもたちとつながり、子ども同士がつながり合う学びを構築するとは、これまで綿々と続いてきた教師主導の一斉指導から大きく転換する必要があります。子どもの多様性に対応できる教師でなければ、これからの学校教育を担うことはできないのです。

B君と周りの子どもたちの人間関係ができあがってきたタイミングで、どうすればB君がもっと成長できるかみんなで考えた。

『総合教育技術』2021年12/1月号より

構成/関原美和子


菊池省三(きくち・しょうぞう)
教育実践研究家。
1959年、愛媛県生まれ。山口大学卒業後、北九州市の小学校教諭として崩壊した学級をこの20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『菊池省三流奇跡の学級づくり』(小学館)他著書多数。


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