教育イベントで元教員が言われた気になる言葉【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話㉖】
目次
元教員が教育イベントの講座で言われたこと
今回は、先生のお話とは言っても、元教員だという方に言われたことに関するお話をしてみたいと思います。私は、過去に秋田県の教育に関する本を何冊かまとめさせていただいているおかげで、いくつかの教育委員会からお招きいただいて、先生方にお話をさせていただいたこともあります。今回は、教育委員会主催ではありませんが、ある教育イベントの講座で秋田県の教育についてお話をさせていただいたときのお話です。
「学力が高いのは家庭学習だ」
それは、現行学習指導要領が告示されるよりも前のことで、ちょうど中央教育審議会で改訂の議論がされている頃だったと思います。教育イベントで、教育関係者や一般の方を前に、秋田県の教育の特徴と学力(特に当時の全国学力調査B問題に象徴される活用力)の高さについてお話をさせていただいたのです。
そのなかで、私は秋田県の教育全体を簡単に概説したうえで、特に授業の特徴と意義について、ご説明をしました。以前、「人間を含む哺乳類の学習は排除法の誤差学習」というお話をしたことがあると思いますが、それにも通じるような誤答や誤概念を授業で取り扱いながら、どう修正していくかを議論する場面のある授業のよさについてお話をしたのです。
もちろん、秋田県だけでなく他地域のすばらしい実践と結びつけながら、そうした多様な考えを俎上に載せて、議論し、修正する過程を含む授業こそが子供たちの思考力を育んでいることをお話ししたのです。話のなかでは、参観者の意見や疑問も受けながら進めており、一般の方にもそれなりにご理解をいただけたのではなかったかと思います。
ただ、その中にお一人だけ妙に挑戦的な雰囲気で質問をされる元教員だという方がいたのです。その方の質問についても、ていねいに説明をさせていただいたつもりでしたが、その元教員の方が、講座の後に私のところに来られて、「教員ではないお前に教えてやる」とでも言いたそうな笑みを浮かべながら、私にこう話されました。
「私は秋田に行っていろいろ見てきたが、秋田県の学力の秘訣は授業ではない。家庭学習だ」と言われたのです。その方のお話では、「秋田県に行って学校も見たし、教育関係者からも話を聞いた。その結果、家庭学習だと確信している」と話されるのです。
さて、皆さんは本当にその方の言う通りだと思われるでしょうか?
自分自身が教師であると言う矜持は…
確かに、秋田県では毎日時間や量を学校ごとに定めて行う自主学習や先生が与える家庭学習など、ていねいな家庭学習指導が行われており、私自身も取材を行って本にまとめているわけで、よく状況を知っています。しかし、それで本当に学力(当時なら活用力、現在ならば思考力等)が育つでしょうか?
私は、その時点でおそらく50校以上で取材をしておりましたし、多様な立場の教育関係者にも取材をしておりました。ですから、その方が「秋田県に行って話を聞いた」と言う相手も想像できたのです。そこで、「多分、〇〇さんにお話を聞かれましたね。あの方が、家庭学習だと言われるようになったきっかけは…」と、その教育関係者が家庭学習の意義を強調されるようになったきっかけや、それに関わる論文についてのお話をしました。
そのうえで、その論文をていねいに読んでいくと、期待される学力が低い地域では、家庭学習などが有効で、期待される学力が比較的高い地域では、(現在なら)対話が有効だと書いてあること。秋田県では、その両方をしっかり行って、多様な課題をもつ子も含め、すべての子供たちに一定以上の力を付けていることがすばらしいということをご説明しました。そのうえで、ぜひその論文を直接読んでみられたらよいと思いますと、お薦めをしておきました。
自分より若造で教員でもない私に教えてやろうという思いがあったのか、その元教員の方は納得できなさそうな表情でしたが、私の説明に対する反証材料もないためか、渋々帰っていかれました。
ここで説明をしたように、その方のおっしゃることは間違っていると思いますが、私がそれ以前にこの方は、言ってはいけないことを言っていると多少の怒りも感じていました。元教員とはいえ、自分は教師であるという矜持をおもちだったら、「子供たちの思考力が高いのは家庭学習のおかげ」と言えるものでしょうか? それでは、先生方は日々、何のために授業をしているのでしょうか。家庭学習で子供たちの力が保障されるのであれば、教師も授業も必要ないではありませんか。
逆に言えば、私はそれくらい、先生方が日々行われている授業やその他の教育的行為はとても大変で難しいことであり、それだけに崇高なものだと思っています。そして、すべての先生方に、自分は崇高な仕事についている教師だという自信と矜持をもっていただきたいと思っています。それくらい大変であり、すてきな仕事だと思うのです。
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執筆/矢ノ浦勝之