和して同ぜず〈前編〉能楽師・安田登の【能を知れば授業が変わる!】第七幕

連載
能楽師・安田登の【能を知れば授業が変わる!】
タイトル 能を知れば授業が変わる! 第七幕 前編

高校教師から能楽師に転身した筆者が、これまでになかった視点で能と教育の意外な関係性を全身全霊で解説します。今回は、『論語』のなかから、「和して同ぜず」を前後編にわたってお届けします。※本記事は、第七幕の前編です。

能楽師 安田 登 やすだのぼるプロフィール写真

プロフィール
能楽師 安田 登 やすだのぼる
下掛宝生流ワキ方能楽師。1956年、千葉県生まれ。高校時代、麻雀をきっかけに甲骨文字、中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師時代に能と出合う。ワキ方の重鎮、鏑木岑男師の謡に衝撃を受け、27歳で入門。能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演など国内外で活躍。『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)他著書多数。

「和して同ぜず」の「和」と「同」とは

能には日本の古典に取材した作品がたくさんありますが、中国古典を元にした作品もあります。また、これまで紹介してきた世阿弥の芸論も『論語』などの中国古典からの強く影響を受けています。

例えば『風姿花伝』の「古きを学び、新しきを賞する」は『論語』の「温故知新」がもとになっています。これから数回、『論語』から教育について考えていきます。

『論語』は紀元前500年くらいに活躍した孔子とその弟子たちの言行録で、日本にも大きな影響を与え、私たちがよく耳にする言葉も『論語』から出たというものがいくつもあります。たとえば「不惑」「切磋琢磨」「三省(三省堂)」「義を見てせざるは勇なきなり」「上達」「和して同ぜず」「過ちては改むるに憚ることなかれ」「君子と小人」などなど。

今回は、この中から「和して同ぜず」についてお話していきましょう。
これは『論語』の中では次のように書かれています。

子の曰わく、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。

子の曰わく、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。

君子は「和」はするが「同」はしない。その逆に小人は「同」はするが「和」はしない、そう孔子は言います。君子と小人に関しては別の機会にお話しをすることにして、ここでは「和」と「同」について見ていきたいと思います。

聖徳太子が「和を以て貴しとなす」と言ったように、日本でも昔から「和」は大切にされて来ました。それどころか日本そのものが「和」の国と呼ばれるほどに日本と「和」とは切っても切れない関係にあります。

扇の画像

では、「和」とは何なのでしょうか。

岩波文庫の『論語』(金谷治)では、「和」を調和、「同」を雷同と解釈しています。孔子の時代の「和」という文字は「龢」と書かれました。左側の「龠」が意味を表し、右側の「禾」が音を表します。意味の方の「龠」を見てみましょう。

下にある「冊」は3本の竹を紐でしばってまとめた形です。昔は竹(竹簡)をしばって本にしていました。今でも1冊、2冊と言いますね。しかし、これには上に3つの「口」があるので、この竹が笛であることがわかります。そして、それを何かが覆っている。この「龠」という字は、音の高さの違う笛を同時に鳴らすという意味です。それに対して「同」は同じ音の楽器を鳴らすことをいいます。

人間の関係でいえば、「和(龢)」とはいろいろな違う意見を出しながらそこに調和を見出すことを言い、「同」はみなを同じ意見にすることを意味します。

「和を大切にする」と言うと、いまはみなの意見に従うことを言ったりしますが、それは「和」ではありません。「同」で、小人のすることです。

能では舞台に出ている役者は、みな違う流派に属しています。持っている台本も違います。目の前にいる役者がどんなせりふをいうのかがわからない場合もある。それなのにみんなで一緒に稽古はしません。一人一人が各自で稽古をしてきて舞台を迎える。本番2日前に「申し合わせ」というリハーサルのようなことをすることはあります。しかし、これも全部はしません。また、「ちょっと違うな」と思ってもやり直しをしたりもしない。「ちょっと違うな」を各自が持ち帰るだけです。そして本番を迎えます。申し合わせなしのぶっつけ本番ということもよくあります。

ひとりの演出家の意図のもとに、ひとつの方向に向かうようにみなで稽古をする。それは「同」です。能はその方法を取りません。一人一人が、自分が「これがいい」と思ったことをやって、そこに調和を見出す。

「和(龢)」の芸能、それが能なのです。

構成/浅原孝子

「和して同ぜず」〈後編〉はこちらから

※第六幕以前は、『教育技術小五小六』に掲載されていました。

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