長期的な視野の必要性について【あたらしい学校を創造する #31】

先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。
カリキュラムづくりを通して、子供自身のウェルビーイング(幸福)のためのコンテンツ(知識・技能)を獲得させ、コンピテンシー(学びに向かう力・人間性)を向上させるのだという考え方を深掘りしてきました。今回は、そのコンテンツとコンピテンシーを対比して見えてきたものについてのお話です。

目次
子供たちの学びに長期的な視野を取り戻すには
これまでお話ししてきたように、ヒロックでの子供たちの学びは、一人ひとりのウェルビーイングの追求を見据えつつ、それぞれに合わせたコンテンツやコンセプトを獲得してもらいながら、コンピテンシーを向上させていくというプロセスをたどることを目指します。しかしどう考えても、その学びのプロセスには長期的な視野が必要になってきます。
今の一般的な小学校での実際の学習環境は、そうなっていません。子供のウェルビーイングのためという目的のもとでコンテンツやコンセプトが提供されているわけではないし、コンピテンシーの向上が考えられているわけでもない。ただ教科書に従って、指定された時間数で授業を進めていき、教科書会社が定めためあてに沿って教え、評価する。もちろん、そんな学級ばかりではありません。しっかり考えて1年間の単元を組み立てている先生もいます。しかし、この多忙な環境の中で多くの先生が、このような自転車操業になっているのではないでしょうか。どうしたって、短期的な視野に陥ってしまいがちです。
僕は教師になるために、ネームバリューは考慮せず、大学を選びました。前回お話しした通り、受験勉強に時間を割くよりも、いろいろな人と交流したり、海外に行ったりする経験を積むことの方が、教師になるためには必要と考えたからです。
中学受験でも言えることですが、とにかくいい中学に行けばいいというような考え方は、子供自身のウェルビーイングのためになるのかという視点を欠いています。つまり、子供たちが「将来どんな生き方をするのが幸せなのか」という中長期的なスパンで明日を考えるということができない構造になっているということです。PDCAサイクルで言うと、誰かが決めたPをひたすらDさせられているだけ。そういうところが、今の学習環境の一番まずいところだと思います。
もちろん親御さんの立場に立てば、「確かに言っていることはわかるけれど、未来のことはわからないし、不確定要素も高くなるから、長期的なビジョンを描くよりも、子供の選択肢を広げるためにいい学校に入れたい」と考えるのももっともだと思います。でも突き詰めれば、Pを考えさせずに効率的にDをしていくことは、結果的に、子供の選択肢を狭める結果につながるんじゃないかとさえ思っています。
学校だけでなく家庭でも、子供たちに瞬間最大風速だけを出させるというか、とりあえず「明日」のことをしっかりやっていきつつ、なるべく人生の選択肢を残し続けようとする傾向がありますよね。それは親としての、また教育者としての愛だと思います。しかし他方で、子供たちが短期的な手段と長期的な目的を混同してしまっていることや、子供の感性を刈り取ってしまっていることにも、もっと自覚的になる必要があると僕らは思っています。
