授業研究を通してコンセプトの理解を深める【あたらしい学校を創造する #29】
先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。
ヒロック初等部の学びの柱となるカリキュラムについて、これまでは理論的にアプローチしてきました。今回は、実践的なアプローチについてのお話です。
目次
3つの学びのバランスを考える
前回、ヒロックでの学びの「3本の矢」を以下のように整理したという話をしました。
- 主にコンピテンシー(学びに向かう力・人間性)を重視する個別最適な学びとしての「プロジェクト的な学習」
- 主にコンセプト(見方、考え方)を重視するテーマに基づく協働的な学びとしての「広義のSEL」
- 主にコンテンツ(狭義の知識・技能)を重視する個別最適な学び、または協働的な学びとしての「自由進度学習」
ただ、この中で特に、「コンピテンシー」について理解しきれていないと僕らは感じていました。そこで、先進的な教育を行っている代表的な学校の授業の映像を見て、検討してみることにしました。「この子供の動きに注目してみたいね」「ここはコンピテンシーにつながる場面だね」など、その授業の長所や短所など気づいたことを指摘し、ヒロックではこうしたいというところまで突っ込んで、意見を出し合いました。
すると、探究型総合学習などを何十年も前から実践しているような長野の伊那小学校(長野県伊那市立伊那小学校)を始めとして、国内で先進的とされる学校の授業ではコンピテンシーに特化するケースが目立つ一方で、国際バカロレア(IB)のような国際的プログラムを実施している学校の授業では、コンセプトが重視されているように感じました。
そして、(授業研究の数が多くはないので断言できませんが)、「コンテンツ、コンセプト、コンピテンシー」の3つを意識的にバランスよく行っている学校はあまりないんじゃないかということにも気がつきました。ヒロックとしては、そこに強みがあり、独自性をアピールできると考えました。
子供自身の幸福のために使える知識かどうか
また、授業研究をしていて僕がストンと腑に落ちたのが、「子供たちが学び取るコンテンツの必要性は、自分自身のウェルビーイング(幸福)のために使えているかどうかで決まるのではないか」ということです。
日本の教育では、コンテンツ(知識や技術)はあればあるほどいいとみなされてきました。だからこそ、授業でもコンテンツを詰め込みがちになるし、授業時数も増え、過負荷になっているわけです。
でも、たくさんの知識や技術を持っていても、それを自分の幸福のために使えていない人は山ほどいるように感じられます。逆に、少ししか知識や技術を持っていなくても、自分の幸福のためにそれを効果的に使えている人もいます。
今学んでいる知識や技術が「何の役に立つのか」ということを子供たちが自覚しているかどうかによって、学びの良し悪しが決まるのではないかと僕らは考えました。
もちろん、大学に入るための勉強を決して否定するつもりはありません。医者や弁護士になりたいから、そのための大学に入るために一定の学力が必要だというのであれば、それは自分のウェルビーイングのための知識獲得と言えるでしょう。
でも、ペーパーテストでは通用するけれど、そのためにしか使えない知識というのは、人生の豊かさのためにはおそらく機能していません。人間関係はもとより、下手したら仕事にすら、持っている知識を使えていないということもざらにあります。「自分の選択肢を広げるために大学に入る」とよく言われますが、場合によっては、逆に選択肢を狭めてしまっているという事実も多々あるように感じています。
幼少期の大事な時期を、学歴というチケットを獲得するためだけの勉強に全部費やす。そこには、子供の感性が刈り取られていくことと引き換えにできるほどの価値は無いということです。そこのところがあまり意識されていないんだろうなという気づきに至りました。 次回は、「コンピテンシー」という概念について深堀りしたいと思います。
〈続く〉
蓑手章吾●みのて・しょうご 2022年4月に世田谷に開校するオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクール・ディレクター(校長)。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京都小金井市立前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。著書に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる! 研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。
連載「あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員の挑戦」のほかの回もチェック
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第1回「あたらしい学校を創造する」
第2回「ちょうどいい3人の幸運な出会い」
第3回「なぜオルタナティブスクールなのか」
第4回「多数決に代わる『どうしても制度』とは」
第5回「自分たちのスクール憲法をつくる!」
第6回「スクール憲法の条文づくり」
第7回「教師と子供をどう呼ぶべきか」
第8回「模擬クラスで一日の流れを試す」
第9回「学年の区切りを取り払う」
第10回「学習のロードマップをつくる」
第11回「教科の壁を取り払う」
第12回「技能の免許制を導入する」
第13回「カリキュラムの全体像を設計する」
第14回「育むべき『学力』について考える」
第15回「自由進度学習をフル活用する」
第16回「保護者の意識と学校の理念を一致させる」
第17回「クラウドファンディングでお金と仲間を集める」
第18回「クラウドファンディングでモノと人を募る」
第19回「体育の授業目的と方法を再定義する」
第20回「道徳教育の目的と手法を再定義する」
第21回「入学希望者の選考を行う」
第22回「入学予定者の顔合わせを行う」
第23回「大人たちをつなぐ場所をつくる」
第24回「公教育とオルタナティブ教育の間をつなぐ」
第25回「入学希望者のニーズについて考察する」
第26回「集団登下校や送り迎えの便をはかる」
第27回「知識と学びのタイプを対応づける①」
第28回「知識と学びのタイプを対応づける②」
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取材・構成/高瀬康志 写真提供/HILLOCK