憶測が招いた保護者の反発【連載小説 教師の小骨物語 #5】

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教師の小骨物語【毎週水曜更新】
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新米でもベテランでも、教師をしていると誰でも一つや二つは、「喉に詰まっている”小骨”のような」忘れられない思い出があります。それは、楽しいことばかりではなく、むしろ「あのときどうすればよかったの?」という苦い後悔や失敗など。そんな実話を取材して物語化して(登場人物はすべて仮名)、みんなで考えていく連載企画です。

5本目 「憶測」が招いた保護者の反発

教師4年目のぼく(村上貴志)は、前年に5年生を担任し、その熱血指導が買われて、今年度も5年生の担任になった。規則を守らない子に対しては、男子でも女子でも厳しく叱れる先生として、保護者からも信頼を得ているようだ。

学級づくりのモットーは「男女仲良く」。個性が強過ぎる子もいなかったので、クラスは和気あいあいといい雰囲気だった。

ところが2学期になって、女子のなかで同じデザインの筆箱を持っている子が三人いるのに気が付いた。それも、いつも一緒に行動している女子三人。これは偶然というより“お揃い”なのだと、女子の流行りものに疎いぼくでもわかった。仲良しグループがお揃いの筆箱を持つというのは、「私たち仲良し。ほかの人は入れない」という意味合いをもつのだろうかと気になった。

一人の子に聞いてみると、

「最初は私とミカちゃんが偶然同じ筆箱を買ったんだけど、すごく使いやすいのがわかって、あとからアッコちゃんも買ったの。ほら、チャックが全部開くでしょ。とっても使いやすいから、みんなも買ったらいいのにね」

屈託なく答えてくれた。「みんなも買ったらいいのに」という言葉に排他的な匂いは感じられず、注意する必要はないと判断した。

だが、冬休み明けに“お揃いの髪ゴム”のグル―プが現れた。髪を止めたゴムの先に、水玉模様のポンポンが揺れている。教壇から見ると、案外目立って目に飛び込んでくる。お揃いはいけないという規則もないので注意もできなかったが、何となくぼくも違和感を覚えていた。

お揃いの髪ゴムをつけた女子グループ

「ねぇねぇ、先生、あいつらいつもお揃いの髪ゴムで、なんか嫌な感じ」

最初に訴えてきたのは男子だった。

「テストのときも髪ゴムに触って、なんか目配せしてた。カンニングでもしてるんじゃない?」

「カンニング? そんなことはないだろうけど、そうだね……また今度注意しておくよ」

そう言いながらも、「お揃いはやめなさい」とも言いにくかった。

「あの髪ゴム、山本さんが冬休みに沖縄行ったときのお土産なんだって」

ぼくに教えてくれた子もいた。

筆箱グループと髪ゴムグループ。当然ながら、それぞれの場所で集まっている。掃除の時、給食の時、「私たち仲良しグループ!」という空気感は伝わってくる。どうしたものかと思いながら、結局、本人たちに注意することなく、学年最後の保護者会を迎えた。

思いがけない保護者からの反発 心離れてしまった女子たち……

「3学期になってから、一部の女子たちがお揃いの髪ゴムをしてくるようになって、クラスの中でちょっと浮いている……というか、“ほかの子は入れない”という空気感を出しているんですよね」

ぼくがこう話すと、髪ゴムグループの子の母親たちの顔色が変わった。隣の母親とヒソヒソ話をしながら、ぼくのほうを睨んでいる。

保護者会が終わると、その4人の女子の母親がぼくのもとにやってきた。

「先生、髪ゴムのことなんですけど、いきなり全体の前で言わなくてもよかったんじゃないですか!」

「このこと、子供たちにも直接注意とかしてないですよね?」

「なんか親としてショックです。うちの子たちがクラスのみんなからそんなふうに思われているなんて……」

「悪気なんてこれぽっちもないんですよ」

母親たちは矢継ぎ早に訴えてくる。

「わかっています。悪気なんてないと思います。そんなつもりで言ったのではありません」

ぼくは慌てて謝った。

「でも1回も子供たちに事情も聞かないで、いきなり保護者会の全体の前で言われるなんて、何だか後ろから刺されたみたいです!」

「そうそう。あの髪ゴムだって、冬休み前にちょっとしたけんかをしたままだったから、仲直りの印だったんですよ。そういうこと、子供たちにお聞きになりました?」

「いえ……」

その保護会の翌日、お揃いの髪ゴムは消えていた。保護者会で何かあったことぐらい、5年生にもなれば察しがつく。誰も何も言わなかったが、気まずい空気が流れていた。そして、女子たちのしらっとした態度は終業式の日まで続いてしまい、ぼくの心に嫌な後味を残した。

要するに、ぼくのなかで女子の“お揃い”について、どう対処していいのかわからなかったのだ。「やめなさい!」と声高に言うことではないけど、やめてほしかった。結果、安直に保護者の良識に訴えたとも言える。

教師としての経験の浅さだったが、まずは子供たちに自然に話しかけてみるべきだった。

「かわいい髪ゴムだね。みんなお揃いでどうしたの?」

そんな質問でよかったのに……。

取材・文/谷口のりこ  イラスト/ふわこういちろう

『教育技術』2020年3月号より

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