コロナ禍のインクルーシブ教育──共生的に生きるための方法を追究する
学びに対して難しい状況にある子どもや障害のある子どもに対して、「個」に寄り添った指導で支援し、共生社会の形成をめざすインクルーシブ教育。しかし、このコロナ禍は見えていなかったインクルーシブ教育の課題や問題を浮き彫りにしました。それらを解決し、コロナ禍であってもよりよいインクルーシブ教育をつくる方法や考え方について、ノートルダム清心女子大学准教授でインクルーシブ教育研究センター長の青山新吾氏に聞きました。
青山新吾(あおやま・しんご) ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授。岡山県内公立小学校教諭、岡山県教育庁特別支援教育課指導主事を経て現職。臨床心理士。臨床発達心理士。著書に『ゼロから学べる特別支援教育』(明治図書出版)、『インクルーシブ教育を通常学級で実践するってどういうこと?』(学事出版)などがある。『総合教育技術』誌にて「学びの『融合』への挑戦」を連載中。
目次
一つの見方だけではないインクルーシブ教育の課題
このコロナ禍においてインクルーシブ教育を実践していくうえで、3つの課題が見えてきました。
1つ目は子どもの抱える障害特性に、新しい生活様式がどう影響していくかということです。例えば、マスクを着けるという生活様式がインクルーシブ教育に影響を及ぼしています。表情が見えにくいから困る人もいれば、外部からの刺激が入らないため逆に落ち着くという人もいるでしょう。両端の受け取り方があるため、それが必ずリスクにつながるということではありませんが、実際に感覚過敏のため、マスクの感触を受け入れられず生活に支障をきたしている子どももいます。このように、新しい生活様式により、心理的・感覚的な部分での課題が発生しています。
2つ目の課題は集団活動となる学校行事が抑制気味になっていることです。中止になったり形を変えたりすることで、「なぜないんだ」「どうしてやり方が違うのか」と、変化についていきにくい子どもが混乱してしまいます。一方では、集団活動を行うことや同調的に行動することを苦手としている子どもも多くいます。彼らにとって行事が中止になったり縮小したりすることは安心できることです。このように、インクルーシブ的観点を用いると、一つの状況を確定的に見ることはできず、結局は個別性の高い判断になります。
3つ目は生活リズムです。例えば一斉休校以降のオンライン授業の取り組みは、学校に行きづらかった子どもたちにとっては受け入れやすいものでした。学校に行くことが難しく、人と会わない生活様式だった子どもにとっては、一斉休校は今までとほとんど変わらない生活です。しかし、普通に登校していた子どもにとっては、それが覆され、生活リズムが変わり混乱することにもなりました。ここにも二面的な問題が内包されていました。
個別性が高いため、これらの解決法はさまざまです。しかしながら、これらの問題はコロナ禍以前から学校教育の中にあったことではないでしょうか。
例えばマスクをすぐに外したり、そもそも着けなかったりする子がいたとします。集団で生活しているので、他の子どもたちからは「なぜ、あの子はすぐにマスクを外すんだ」、あるいは「なぜマスクをしていないのに先生は何も言わないんだ」と不満が上がります。自分たちがやっていることと同じではないことに対して周りがそれをどうとらえ、受け入れるかという構図が発生する場面です。そしてこれは、マスクに限らず、その他の行動に対しても当てはまるものであり、コロナ禍だから起きたことだとは言えません。あまりにも同調性が強すぎて、それ以外の異なるものを排斥する考えをもった集団と、もともと違いに対して寛容度が高い集団との差が顕著になる可能性があります。
これらは、すぐに解決できることではないので、本人に対してはじっくりと対話をし、一緒に考えながら解決策を探します。周囲に対しては自治的集団をつくり、自分たちとの違いを排斥せず受け止められるような力をつけていくことが必要です。
インクルーシブ教育に多大なメリットがあるオンライン授業
個別性が重要視されるインクルーシブ教育。コロナ禍で学習面が心配されていますが、オンライン授業の取り組みにはいくつかのメリットがあります。
一つは自分に合わせた学び方という観点で、オンライン授業とインクルーシブ教育には共通点があることです。特にオンデマンド型のオンライン授業においてはその傾向が顕著です。止めながら少しずつ学習を進めたり、つまずいたら戻って見直しや聞き直ししたりすることもできる。また途中で調べて納得したら次に進むといった学習法はインクルーシブ教育を進める際に圧倒的なメリットがあります。
もう一つは情報共有の観点です。感情的な部分ではなく、明確に情報を共有できるというメリットがあります。対人関係や感情交流が苦手な子どもたちでも、考え方や学習への取り組みに焦点を当てた情報を取り入れやすくなります。
もちろん、このことにも二面性はあり、デメリットも出てきます。オンライン授業では、場の熱量の共有が難しく、積極性が失われることも考えられます。対面学習でのよい空気は、モチベーションの上がらない子どもを気持ち的に乗せるという効果があるためです。
そうした両側面はあるものの、これからのインクルーシブ教育においては、オンライン授業のメリットを強調していくことが重要になるでしょう。学習によって力がつき、目標に到達するということが何よりも大事であり、到達するための方法のバリエーションを広げるために、先にも述べたオンデマンド方式の学びを意図的に入れ込むことは有効です。それが実施できれば、自らのペースで自分らしい学びが行えるようになり、今後の強みとなるでしょう。
また、インクルーシブ教育を行ううえで、「インクルーシブデザイン」の考え方が重要だと感じています。これは誰でも使いやすいようにしたデザインであるユニバーサルデザインと違い、個の豊かさを追求するもの。これこそインクルーシブ教育の根幹としてとらえていきたいものです。
個に寄り添うからこそICT活用が重要になる
インクルーシブ教育の実践におけるICTの活用はコロナ禍以前より注目されていました。ノートルダム清心女子大学のインクルーシブ教育研究センターでも、2020年度からICT活用に関しての研究を始めています。
その研究の中でわかってきたこととして、デジタル教科書は通常の授業はもちろん、インクルーシブ教育を進めていくうえでかなり強力なツールだということがあります。漢字の練習ひとつをとっても、今までは黒板に先生がチョークで書いてみせたり空書きをしたりしていました。しかしデジタル教科書を用いれば、子ども一人ひとりの端末に漢字の書き方が表示されるため、紙の教科書で学ぶよりも、はるかに学びやすくなる子どもたちが多くなるのは間違いないと感じています。教師側からしても、デジタル教科書に子どもたちが書き込むことで、個々の学びを見取ることができるようになります。
教師だけがデジタル教科書を使う場合と子どもたちも一緒に使う場合では全く違うスタイルの授業内容になるでしょう。現時点では1人1台のタブレット環境はまだ少ない状況であり、教師だけがデジタル教科書を使い始めているという状況も多いかと思います。リンクに飛べたり、教科書を拡大してポイントを示せたりするという視覚化の強みは確かにあるのですが、授業の劇的な変化につなげることができません。これが子ども一人ひとりが端末をもつような状況になれば、個々の特性に応じた学びの支援をしてくれる強力なツールとなり、授業そのものを変えていくでしょう。
もう一つ、子どもがタブレットを使った場合の例を挙げます。算数の図形学習において、はさみで2つの三角形を切って合同関係を証明するという授業があります。しかし、切り取り線通りに切れなかった場合は合同関係の証明は難しいです。デジタル教科書を使えば、切らずに三角形を移動したり回転させたりすることで合同関係を証明できます。こういった授業にこそICTを活用するメリットがあります。
取材・文/三上浩樹(カラビナ)
『総合教育技術』2021年1月号より