子どもたちとともにキャリア教育にレッツトライだ!【5年3組学級経営物語20】
通称「トライだ先生」こと、2年目教師・渡来勉先生の学級経営ストーリー。学生時代からの親友で共に教職に就いた伊原先生から離職することを告げられ、動揺する渡来先生。そんな中、市教育センターでの実践報告会に指名された。さあ、よりよい教師を目指し、「教師のキャリアデザイン」にレッツトライだ!
文/大和大学教育学部准教授・濱川昌人
絵/伊原シゲカツ
1月②「キャリアデザイン」にレッツトライだ!
目次
<登場人物>
トライだ先生(渡来勉/わたらいつとむ)
教職2年目の5年3組担任。 真面目で子ども好きの一直線なタイプ。どんなことでも「トライだ!」のかけ声で乗り越えようとするところから、「トライだ先生」とあだ名が付く。トラブルに見舞われることが多く、学級経営の悩みが尽きない。特技は「トライだ弁当」づくり。
しずか先生(高杉静/たかすぎしずか)
5年1組担任で、今年はじめて学年主任に抜擢された、教職10年目の中堅女性教諭。ベテラン教諭に引けを取らないリーダーシップぶりは、剣道五段の腕前に依るところも。産休明けで、子育てと仕事の両立に日々奮戦中。
オニセン(鬼塚学/おにづかまなぶ)
教職生活4年目の5年2組担任。祖父と父が有名校長で母も教師という教育一家出身。イケメンでなおかつ優秀な成績で教育大学を卒業したという、典型的な〝オレ様〞タイプの教師。しかし、昨年度、学級内のトラブルに十分対応できず、再び5年担任を任じられたという経緯をもつ。
渡来先生の秘めた思い
12月中旬、実践報告メンバーに選ばれたことを校長先生から伝えられた渡来先生は、抱えていた悩みを大河内巌先生に相談しました。
「何とか頑張れたのは、御指導のお陰です。でもいろいろあり過ぎ、何を語ればいいのか…」
積まれた書類から視線を移す、大河内先生。
「内容について、委員会から指示はあったか?」
「教職に就いてよかった。周囲に支えられた…。そんな体験を語ってほしいと北条先生から…」
思い切って、悩み事を言葉にする渡来先生。
「…私の親友が、教師を辞めようとしています。一人で理想の教育を追い求め、誰にも支えられず傷ついて…。でも愚痴一つ言わず、大学院でやり直したいと…。私は幸せでした。辛い時、困った場面では、みんなが支えてくれた。だから頑張れました。教師っていい仕事だと心から思います。学校によって状況は違います。けれど、この思いを伝えたいんですよ、…あいつに」
大きく頷いて話を始める大河内先生。
「その思いを率直に語ればいい。これは…」
書類の山からプリントを取り出し、示します。
「『教員のキャリアステージ』だ。新任から次のステージへの過渡期にある君には、過去を振り返り、次のステージを構想し、具体的にデザインする必要がある。これを発表の軸にし、具体的な事例を関連づけていく。…難しい作業だが」
渡来先生は、自信なさそうに小さく頷きました。
宿題ができない渡来先生
年が明け、冬休みも残りわずかとなった1月初旬。お正月気分の街角で、溜息をつく渡来先生。
『宿題に追われる子どもの気持ち、…分かるな』
書くべき出来事は山ほどある。しかし、上手く文章にまとめられずに、気分転換で外出。人混みをブラブラしていると、様々な会話が耳に入ります。先を歩く父子が『昨年の振り返り』や『新年の誓い』について語り合っています。
『新年の目標か…。始業式後の取り組みだな』
ふと、大河内先生の言葉が心に蘇りました。
『つまり、自分の生き方を語ればいいのか…』
心にストンと落ちました。教師としてどう生きるべきかを模索した日々、過去を振り返って得られたこと、そして新たなステージを率直に心を籠めて語ればいいのだと…。
一時間後、渡来先生は学校を訪れていました。
「あれぇ、…今日は年休じゃなかったのか?」
職員室で暇そうにしていた日直の鬼塚先生に、パソコンを起動させながら話をする渡来先生。
「冬休みの宿題をするための自主登校です。一段と気合が入りますね、学校っていいなぁ!」
新年の目標とキャリア教育
「さあ、今年の目標、なりたい自分、目指したい姿を短冊に書こう。しっかり考えて書こうな!」
数日後。三学期が始まった3組の教室で、渡来先生は子どもたち一人ひとりに呼びかけました。
「トライだ先生の目標、みんなに教えてよ!」
マリの言葉に、みんなが反応します。書き終えた短冊を、渡来先生は恥かしそうに示します。
「人の役に立つ、信頼される教師になりたい。もっといろんな事に、積極的にトライしていく」
拍手が満ちる中で、さらに言葉を続けます。
「みんなも、よりよい生き方を目指そうな!」
うなづく子どもたちを、優しく見つめる渡来先生。
『新年の目標』をキャリア教育として実践した渡来先生。宿題は、すでに終わっていました。 …ポイント1
ポイント1 【新年の目標】
三学期当初、子どもたちに「新年の目標」を立てさせる学級は多くあります。しかし、これまでを振り返り、自己評価し、子どもが自分事として今年の目標を立てられるようにする指導が必要です。具体的には、キャリア教育の視点で「よりよい将来を、自分の力でどう築いていくか」という意思決定を行わせることが大切です。学級活動の実践として取り組んでいきましょう。
熱く語れ! 実践報告会
1月中旬、午後2時から実践報告会が始まりました。市教育センターの講堂、緊張で体が硬くなる渡来先生。小、中学校の2年目教員6名の自己紹介の後、順に発表が行われていきます。
持ち時間は15分、舞台袖から客席を覗くと、座席を埋める小、中学校の1、2年目の教員たちの中に、伊原先生の姿が見えました。
『…来てくれたんだ。よぉし、トライするぞ!』
緊張した体に、熱い思いが満ちていきます。
そして、ついに発表順が巡ってきました。舞台中央に立ち、一礼してゆっくり語り出しました。
「教育への使命感も乏しく、初日から注意されてばかりのスタート。そんな頼りない、何も知らない私を、…学年が支えて導いてくれました」
大河内先生、葵先生、高杉先生、鬼塚先生の笑顔を思い出しながら、言葉を紡いでいきます。
「…ニックネームは、トライだ先生。トライアンドエラーで、いろんな体験をさせてもらいました。いつも子どものことが第一、例えば…」
悩みぬいた学級づくり、必死で頑張った授業力向上、個に応じた指導での心温まる事例、子どもたちとの日常の触れ合い、問題行動で悩んだことや解決した喜び、チーム学年としての取り組み…。写真や図を示しながら、自分の言葉で教師仲間に、…伊原先生に語り続けます。用意した発表原稿は、必要がなくなっていました。あっという間に時間が過ぎ、終わりに近づいた頃に一番言いたかったことを熱く語りました。…ポイント2
「…頼りなくて不勉強で優柔不断な私を、ちょっとアクティブで熱血なトライだ先生に変えてくれた学校が、…子どもたちが大好きです。…ポイント3
教師になって、本当に良かったと思っています。だから、新任を終えた後は、もっともっと人の役に立つ信頼される教師になるために、いろんな事に積極的にトライします。失敗してもつまずいても、腐らず諦めず子どもたちのためにトライしていきます。今日は、ありがとうございました」
熱くなった目頭を隠すように、頭を深く下げます。大きな拍手が沸き上がりました。北条指導主事も、笑顔で拍手をしてくれています。
暫くして顔をあげた時、こちらをじっと見つめる伊原先生の姿を捉えることができました。
閉会後…、廊下に出た渡来先生に、伊原先生が近づいてきました。ゆっくり話しかけます。
「聞いてくれて嬉しかった。今日は、全部お前に語り掛けるつもりで…。伝わったかな」
無言で頷き、ゆっくり語り出す伊原先生。
「だから目指したくなった、…トライだ先生を」
えっと驚く渡来先生。言葉が続きます。
「感動体験も味わわず、不完全燃焼で辞めるのは残念過ぎるよな。折角、教師になれたのに…」
「じ、じゃあ、教師を辞めるのを、やめるのか!」
驚く渡来先生、伏し目がちに微笑む伊原先生。
「もう少し頑張ってみる。…心配かけてゴメン」
「ゆ、雄介!」と叫び、伊原先生にしがみつく渡来先生。その周りを避け帰宅する参加者たち。しかし、事務連絡でやってきた北条指導主事は、2人の友情を温かく見守り続けていました。
ポイント2 【事例報告の配慮事項】
実践発表では具体的事例の報告も行われますが、いくつか配慮すべき基本事項があります。
1. 子どもたちのプライバシー(氏名、写真等)への配慮は不可欠です。使用目的、使用範囲等を明確にして、使用許可を事前に取る必要があります。また、説明の中で子どもの成育歴や生活状況を、どの様に、どの範囲まで伝えるかも十分吟味していかねばならない事柄です。
2. 実践の意図や方法等が正確に伝わる工夫、配慮が必要です。誤解を生む表現は避け、できるだけ分かりやすくまとめましょう(「見える化」の考え方が大切です)。
ポイント3 【愛校心】
友達や違う学年、先生や学校に関わる人々、また学校の文化等を愛する気持ちを育てることは、子どもたちにとって非常に大切な指導です。そのためには、まず教師自身が勤務校を「好きになる」ことが大事です。学校により多種多様な課題はありますが、教師がネガティブに捉えると子どもに伝播します。教師たちで課題を乗り越えていこうと頑張れる、ポジティブな職員室づくりが本当の愛校心を育てていく第一歩です。難しいことですが、自分でできることからトライしましょう!
(次回へ続く)