元会社員の強みを生かした教師の仕事術【民間企業から教師転職のリアル】
民間企業で社会経験を積んだ後、教師として新たな道を切り開いた谷口大樹先生。6年目となる現在、教職を選んだきっかけや会社員時代にはなかった苦労など当時を振り返り、前職があったからこそわかる教師の魅力と自身の強みを語ります。
執筆/東京都公立小学校教教諭・谷口大樹
目次
教師への転職を考えたワケ
前職で努めていた会社はITインフラを支える社会的に存在意義の高い会社です。人間関係も良好、過度な残業もなくとても恵まれた環境で働いていました。その会社で素晴らしい仲間と働いていることに誇りを感じていました。
しかし、大企業の特性だと思いますが、自分の仕事が誰の役に立っているかは見えにくかったと思います。
「自分がしていることが、社会にどうつながっているのだろうか」と事あるごとに考え、悶々とし、モチベーションが下がることもありました。
そんなとき、東日本大震災がありました。私は2度、ボランティアで被災地に行きました。そして「被災地の子に勉強を教える」というNPOのボランティアに参加しました。
そこでは町長さんのお話を伺う機会がありました。
「人を育てないと町はなくなってしまう」という町長さんのその言葉に、私は胸を打たれました。
「教育の社会的意義は本当に大きい。教育を仕事にしたい」とそれ以来、考えるようになりました。
私はもともと「ダメ社員」だったと思います。消極的で能力も低かったのです。それでも私を粘り強く励まし、指導し、育ててくれた上司のおかげで、考え方が変わり、ビジネススキルを高め、職場で活躍できる人材になった成功体験がありました。
「教育」の重要性にはアンテナが高い状態でした。親になり、子育てについてもよく考えていました。大切だと思うことと、興味があったことの交わったところが「教師」でした。
民間企業と比べて感じること
想定外の業務の多さに呆然
まず感じたのは、やることが多いということです。 念願の教師になり、クラスでどんな授業をするか、どんな取り組みをしようか夢を膨らませていた私の気持ちは打ち砕かれました。
年度当初の会議では膨大な作業依頼が出されます。子供の指導や行事の指導は、適切なタイミングにならないと進められないので、いつ、何を進めるかをしっかり管理していかなくてはなりません。
遠足の下見、必要な道具の注文、集金作業、アンケートの集計、印刷作業、校内設備の見回り、教材倉庫の掃除、学年園の整備、名簿や集金袋への押印、使用教材の届け出、様々な書類の作成……。正直な気持ち「これ先生の仕事なの?」と思う業務が膨大にあります。
また、学級以外の分掌(部会や委員会)の仕事。委員会やクラブの指導。毎日のように会議があり、学級の仕事をする時間はどんどん削られていきます。
1つ1つを見れば大した業務ではないかもしれません。しかし、塵も積もれば山になります。自分でこなしていくと、あっという間に時間が過ぎていきます。教材研究など、平日にはまったくできない状態でした。ほとんど土日に家か学校でやっていました。
ある程度の規模の民間企業であれば、掃除やゴミの処理は委託されますし、ルーティン的な作業は専門スタッフが代行してくれたりします。これがいかにありがたいことなのかを思い知りました。
正直、教師の仕事の範囲と責任の大きさを考えれば、もう少し報酬が高くても良いのではないかとは思います。
よく言われることですが、教師の一番大切な仕事は授業で、学級経営の肝も授業です。力がつき、楽しい授業をすれば、子どもたちの満足感は高まり、クラスはよくなります。
しかし、個人や学年で教材研究できる時間は少ないのが現実です。「雑多な仕事に時間をとられ、一番大切なことに時間を作りづらい」ということが実際に起きていると感じました。
最近ではSST(スクールサポートスタッフ)などの配置も増え、今まで担任が抱えていた事務仕事が軽減されつつあります。
教師ならではの魅力だと思うこと
1、子供の成長に関わることができる
これに尽きますね。子供が、何かをできるようになって嬉しそうにしていること、楽しいといって目を輝かせていること、笑顔で話しかけてくれること、一緒に遊ぶことなど本当に素敵な仕事だと感じています。
教師を目指す人は「子供が好き」という人でしょうから、この幸せな気持ちは絶対に得られます。これがあるから、日々の大変なことも忘れることができます。
2、協力し、作り上げることができる
行事は企業で言うと大きなプロジェクトの対応に近いです。企業ではプロジェクトメンバーになると終わるまでは専任になることもありますが、学校では通常の授業や仕事を進めながら、プロジェクト(行事)もこなすという意味で肉体的にも精神的にも結構大変です。
しかし、同僚と協力し合って作り上げていることを実感しますし、行事が終わったときに同僚と労い合うときは、本当に大きな達成感を得られます。
3、クリエイティブである
- 授業を毎日考えること
- どうやったら子供が楽しくなるか考えること
- 子供の力を伸ばすための施策を考えること
こんなにクリエイティブな仕事は、ほかにないと思います。自分の持っている力全てを出し切り、仕事をしている実感があります。
4、新しいことを学び続けられる
これが楽しいと感じられないと教師になるのは難しいと思います。私は仕事が好きで、新しいことを学ぶことも好きなので、同僚の先生方、セミナーや書籍で学んだことを授業に取り入れ、うまくいったときにはすごく充実感を感じますし、自分の成長も感じることができます。
5、時間の流れや季節を感じることができる
入学式、運動会、プール、卒業式、それ以外にも季節を感じる行事がたくさんあります。そして、行事は同じでも子供が違うので、毎回ドラマがあります。
行事で生まれたドラマや季節の流れに思いを馳せながら生活できるのも、教師の仕事の魅力と感じています。
前職があるからこそできたこと
前職で身につけているスキルや思考法は必ず役に立ちます。私の場合は、以下のようなことがありました。
1、ITスキルを生かすことができる
校務の文書作成はほとんどWordです。アンケート結果のまとめなどはExcelがほとんどです。管理職の先生やベテランの先生にはこれらの操作が苦手な方が多いです。
入力の仕方、印刷の仕方、体裁の整え方、これらをできるだけでかなり重宝されます。やや打算的ですが、こういったギブをたくさんすることで、自分の存在価値が上がり、校内での発言力も高まります。
PowerPointを使った授業は子どもたちを惹きつけます。私は社会の授業は写真や映像を活用することが多いので、 PowerPointでスライドを作ることが多いです。
スライド作りにこりすぎるのは本末転倒ですが、1スライド1メッセージでまず流れを考える、必要な資料を検討する、見やすい情報の配置など、前職で社内の説明資料や営業としてのプレゼン資料を作っていた経験が生かされています。
2、業務を改善することができる
私はカスタマサポートで働いた経験が今、非常に生かされています。 業務フローを考えた経験が、日々の子供の動かし方や先生方への仕事の依頼の仕方に生かされていますし、ちょっとした仕事でも「もっと効率的なやり方はないのかな?」「この仕事は誰のため? 何のため?」と思考が働きます。
文句を言うだけではいけませんが、きちんと改善策を出し、仕事の品質は落とさずに業務のやり方が簡単になる方法を作れば、すぐに採用されます。特に現在は「働き方改革の推進」が管理職のミッションにもなっていますので、非常に喜ばれます。
3、指導に説得力が出る
民間企業で働く中で学んだ振る舞い方が指導する上で役に立ちます。例えば「あいさつ」を指導したいときには
「あいさつをしっかりすること、お辞儀の仕方などは働き始めたら最初に教えられることだよ。実は大人でもできていない人が多いから、今からできるようになるとすごく得だよ」
など、自分の言葉で説明することができます。これは子供だけでなく、保護者の方への説明でも同様です。
「みなさんも職場では挨拶をきちんとするように教えられますよね。私はそうでした。あいさつをする人は先輩や上司からかわいがってもらえます。チャンスが広がるのです。だからご家庭でもしっかり教えてあげて、自然にあいさつができる子にしてください 」
などです。
教師は誇り高い仕事
4月の着任前に学校に行き挨拶をしたときに、ベテランの先生から
「今、教師になりたいなんて、すごいわね。私は今からやるなら教師は選ばないかもしれないわ」
と言われ、驚きました。確かに大変な仕事なので、そういう方がいるのもわかります。義理の父は自身が高校の教師だったので「大変だぞ」と言いながら、同じ世界で仕事をすることを喜んでくれました。
家族、特に息子は、幼稚園の友達や先生、いろんな人に「パパは学校の先生」と言いふらしていました。息子が私のことを誇りに感じてくれていることがわかりました。それを見て、本当に誇り高い仕事だと思いました。
社会人経験者は現場で求められている
民間企業で働いた経験は貴重です。お客様対応、上司への報告、社内調整、打ち合わせの進行、業務改善の推進、など日々当たり前のようにしていることが実はうまくできない教師が多いのです。
そんな学校現場に新しい風を吹かせることを期待され「社会人経験者」という枠があるのだと思います。最初から活躍はできないと思います。私が現在の職場で「社会人経験者」としての価値を発揮できるようになったのは4年目くらいからです。
初任時はまず学校の仕事に慣れることが大切だからです。初任者は学級経営だけでも苦労しますので、通常校務分掌が大幅に軽減されています。その分は他の先生方が負担をしてくださっていますので、まずはそのことに謙虚になる必要があります。
コロナの影響により業務のオンライン化やGIGAスクール構想の急速に推進されるなど、教育界は今大きな転換期を迎えています。
だからこそ、社会の荒波で戦ってきた「社会人経験者」の力が必要なのです。自分の総合力をもって、未来の日本を作る誇り高い仕事です。
ぜひとも一緒に、チャレンジしましょう!
谷口大樹(たにぐち・だいき)●N T Tコミュニケーションズに9年勤務後、転職し教員に。前職で学んだ思考術や仕事術を生かした教師の働き方、「わかる、できる」ということにこだわった授業づくりなどを、ツイッター@Tamagoyaki_1324などで発信している。
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