<連載> 菊池省三の「コミュニケーション力が育つ年間指導」~3学級での実践レポート~2026番外編① 徳島県石井町立石井小学校5年3組

菊池実践を追試している学級の授業と子供たちの成長を、年間を通じてレポートする連載。今回は第1部の番外編として、2025年6月に行われた堀井悠平先生の学級(5年生)における話し合いの授業の記録をお届けします。

目次
担任・堀井悠平先生より、学級の現状報告
生徒指導主任として、昨年度も何度か4年生の教室に入ることがあり、とてもエネルギーがある楽しい子供たちだと感じていました。実際、学級開きから子供たちの反応はよく、素直に学びに向かおうとしていることが伝わってきました。一方で、想定していたよりも大人しい印象を受けました。声の大きな子が前に出て、それ以外の子は大人しく反応があまりないという印象でした。
そこで、1年後のゴールイメージとして、次のことを考えました。
①傾聴し合い、白熱する教室
⚫︎一人ひとりの考えの違いを聞き合い、よりよい考えを生み出したり解決したりする話し合いができる。
⚫︎言葉の力を育て合い、知的な学びをみんなで楽しむ教室。
②相互理解が深まり、絆の強い教室
⚫︎友達一人ひとり全員のことを理解し、それぞれの違いを受け入れ、互いに成長し合おうとしている。
⚫︎みんなのことをみんなで話し合い、みんなでよりよい生活をつくっていこうと、自治的に実践することができる。
具体的な取組として、教科の学習の中に様々な活動を入れていきました。ペアトーク、子供たちが黒板に書く、自由に立ち歩いての交流等、様々な学習活動を経験することができるようにしました。白熱した話し合いに向けて、こうした活動の質を高めていくことが大切だと考えたからです。
また、書く力が全ての学びの土台になると考え、書くことに力を入れました。朝の黒板の視写や、箇条書きで量を出すこと、「3つあります」作文など、ステップを踏んで書いていきました。担任が一人ひとりとつながり、自己成長を促すためにも、成長ノート等は効果的であると考えています。
最初は、声の大きな男子だけが反応する印象でしたが、少しずつ大人しい子供たちも反応するようになってきました。何より、「やってみよう」と、素直に様々な活動に取り組もうとする思いが、教室の空気感を押し上げていると感じています。
菊池先生による授業の前時・堀井先生の授業(3時間目)の概略説明
堀井先生は授業前半で、次のような内容を子供たちに話した。
「難しかったり読みにくかったりする漢字にルビを振ると、誰もが読みやすくなります。昔の本には、振り仮名が振ってある本が多くあって、みんなが読めるものになっていました。江戸時代、多くの人が文字を読めたのは、振り仮名が振ってあったことが大きいそうです。
一方、最近、本やマンガ、曲、映画のタイトルなどで、その漢字本来の読み方ではないけれど、伝えたい思いや意味を込めてあえて違うルビを振る例が多く見られます。
例えば、アニメ映画『名探偵コナン』では、「標的」に「ターゲット」、マンガ『北斗の拳』では、「強敵」に「とも」というルビを振っています。野球の野村克也監督は「失敗」を「成功」と読ませたと言います」。
堀井先生のこうした話を聞いて、“自由な” ルビのおもしろさを知った子供たちは、授業後半で堀井先生が出したお題「大谷翔平」の4文字に、「あきらめない心」「努力のかたまり」「二刀流の神」………など、さまざまなルビを振るアイデアを考え、発表し合った。
それを受けて、4時間目の菊池先生の授業が始まった。
4時間目・菊池先生の授業レポート
菊池先生が教室に入るなり、黒板に<呼応>と書いた。
「読める人?」と菊池先生が尋ねると、子供たちは、首を傾げながらも “当てずっぽう” で、「たいおう」「ようご」「ほう」などと答えた。
「『こおう』と読みます。みんなは、呼応が抜群にいいクラスですね」と菊池先生がみんなをほめた。
「3時間目の授業に『スピード感』を感じました。堀井先生が尋ねると、みんながぱっと答える。友達が発表しようとすると、みんなが聞こうとする姿勢になる。どれもスピードが速かったのは、呼応しているからなんだね。今日の授業では、『呼応』をもっと上げていきたいと思います」
菊池先生はそう話すと、3時間目の授業でみんなが発表し、板書されている「大谷翔平」に付けられたルビの上にナンバーを振っていった。
①二刀流
②努力のかたまり
③奇跡
④あきらめない心
⑤デコピン
⑥努力の天才
⑦野球の天才
⑧二刀流の神
「8つの中で、自分にとってぴったりするものを決めます。決めた人はやる気の姿勢になりましょう」と菊池先生が話すと、みんながぱっとやる気の姿勢になった。
それぞれが決めた後、発表。①と⑧はゼロ、⑥が一番多い結果となった。
その後、自由に立ち歩いて選んだ理由について意見交換し、また発表。
②を選んだ子
大谷選手が二刀流まで上り詰めたのは、何度も努力をしてきたから
③を選んだ子
どんなケガも頑張って直したし、ホームランも何本も打ってるから
④を選んだ子
何回失敗しても挑戦し続けるから
⑤を選んだ子
デコピンという犬は、大谷選手の相方だから
⑥を選んだ子
大谷選手は、努力のかたまりでできていて、もともと野球をやるときから才能があったから
⑦を選んだ子
大谷選手と言えば、野球。ニュースで大谷選手がホームランを打ったりしているから天才だと思う
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授業において、自分を主軸にした問いは多くはありません。「主人公はどう思ったか」「どっちが正しいか」など、どちらかと言えば、客観的に考えさせる問いの方が多くなります。
客観的に考えさせる問いをすると、当然ながら教材(物語)の内容に引っばられた答えが多くなります。また、教科書の中に答えを探したり、友達の顔色をうかがったりと、答えを“外”に求める子供も少なくありません。
ある授業を参観したときのことです。
「村人を助ける薬を、アンパンマンが川に落としてしまった。同時に、ばいきんまんが川に落ちて溺れているのを見つけた。アンパンマンはどっちを助けるべきですか?」と授業者が問いかけると、ある子供が「ばいきんまんが死んだら物語が続かないから、ばいきんまんを助ける」と答えました。確かにそういう考え方もできますが、この問いの本質に向き合った答えではありません。
この場合、「自分だったら、どっちを取りますか?」と問いかけていれば、そういう本質からずれた答えは出てこなかったでしょう。
「自分だったらどうするか」「自分にぴったりなのはどれか」という問いに対する答えは、自分の考えなので、どれも正解です。自分が軸になる問いについて考え続けることが、「人と論」を区別し、みんなが大切にされる風通しのいい教室づくりにつながります。「自分だったら~」という問いは、担任の学級経営の軸が見える問いでもあるのです。
学級の中に対話・話し合いを生むためには、教師の介入が必要です。並列した意見の中でどれが一番重要か、どのように分類するか等、教師の介入によって意図的に意見を分裂させることが、対話・話し合いのスタートになります。
教師の介入によってこそ、話し合いはダイナミックになるのです。
“拡大解釈”のルビの是非を問う話し合い
「いろいろなルビを振ったけれど、こういうことは、ジャンジャンやっていいと言う人は○、それはどうかな…、という人は✕を書きましょう」
菊池先生が尋ねると、みんながサッとノートに向かった。
「5年3組は、○と書いた人が多いと思いますか? それとも×が多いと思いますか?」
尋ねられた子が「○?」と答えると、菊池先生がニコッと笑った。
挙手の結果は、全員が○と書いていた。菊池先生が、
「じゃあ、○から✕に行ってもいい人いますか?」と、話し合いを前提にあえて意見を変えることを促すと、9人が意見を変え、立ち上がって場所を移動し、○派19人、✕派9人になった。
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「ジャンジャンやっていいことなのか」について、✕を選んだ子はゼロでした。そのため、「○から✕へ行ってもいい人はいますか」と “散歩” を促したのですが、×がゼロだった要因の1つに、堀井先生と子供たちの関係性が挙げられます。
3時間目の授業でルビを振るおもしろさを知った子供たちは、私の授業で「ジャンジャンやっていいことなのか」と否定的な視点を入れることに抵抗を感じていました。堀井先生と子供たちの関係性ができているからこそ、堀井先生の授業を否定したくない、と子供たちは無意識に考えたのかも知れません。4時間目の授業を堀井先生と合同で進めていたら、そういう迷いはなかったのではないか、どんな介入が必要だったかと、私自身、授業を省みています。
その後子供たちは、同じ意見をもつ者同士のチームに分かれて仲間と意見交換し、そのままの位置で立ったまま発表した。
✕派の意見
⚫︎ジャンジャンやってもいいかもしれないけれど、ときには空気を読むことも大切
⚫︎やり過ぎたら、本当の漢字の読みがわからなくなる
菊池先生が、「もっと近くで言い合わないと負けるぞ!」とけしかけ、両チームの子供たちを教室の中央に集めた。
✕派の意見(続き)
⚫︎「みんなが言いなよ」と言ったりして、発表できない人がいたから、やり過ぎはよくない
⚫︎何でもかんでもやり過ぎると、本当の意味がわからなくなる
⚫︎やり過ぎると、先生の話を聞いていなくて失敗する
⚫︎やり過ぎると、友達の話を聞かなくなって、友達がいなくなる
⚫︎よくないことがある
「よくないことって、例えばどんなこと?」と菊池先生が尋ねると、その意見を発表した子が、「友達をあおったりすること」と答えた。
「○から✕に変えた上に、急に『例えば?』と聞かれても答えようとする。考えも呼応するんだね」と菊池先生がほめると、みんながその子に大きな拍手を送った。
○派の意見
⚫︎決断力や考えることが弱くなって、自分のことだけ考えるようになる
⚫︎一人ひとり違っていいから
⚫︎意見をジャンジャン出した方がいろんな考えが広がるから
菊池先生が「みんなの意見を聞いて、立場を変えたいという人はいますか?」と尋ねたが、変える子はいなかった。再度、同じ立場同士で、反論も含めて話し合い、発表。
○派の意見(続き)
⚫︎大人になって、後から「何でやってくれなかったの?」と嫌みを言われないように、先にジャンジャンやる力をつけた方がいい
⚫︎一人ひとりの考えが出るから
⚫︎ジャンジャン挑戦したら、その成果が生まれるから。
菊池先生が最後の意見を言った子に対し、「例えば?」と尋ねると、「毎日ランニングしていれば、いっぱい体力がつくから」と答えた。「言葉の力も同じということだね」と菊池先生が補足した。
○派の意見(続き)
⚫︎大人になって商談をするとき、ジャンジャンやらないと出世できない
⚫︎「ジャンジャンやってもいいけど」と言った人は、○派ではないか
⚫︎「ジャンジャンやってはいけない」という意見なのに、AさんやBさんは、ジャンジャン言って盛り上がっている
最後の意見を受けて、✕派から、「そこ突いたらだめじゃん」と声が挙がった。
菊池先生が、
「おもしろいところだね。自分たちの意見を優位にするために、『普段は○○しているじゃないか』という言い方もあるけれど、今はあえて○と✕、それぞれの立場に分かれて意見を戦わせる場なんだよね」と “人と意見を区別する” ことを解説し、
「でも、一生懸命考えている証拠です。いい視点をくれてありがとう」とフォローした。
✕派の意見
⚫︎適度な努力と運動で、体を壊さないですむ。
⚫︎ジャンジャンやりすぎると、失敗もするし、一つひとつ丁寧にやった方が成功することが多くなる。
⚫︎ジャンジャンやりすぎたら、質を気にしなくなる。1回しかできないときに、質を気にしていなかったら失敗する。
⚫︎未来の仕事で、ジャンジャンやらないと出世しないというが、早くやり過ぎると、間違いも多くなる。仕事のやり直しが出たら、最終的に時間がかかる
菊池先生が、
「やり合う中で、一つひとつの反論に正しく答えようとするのも呼応だね。こういう話し合いは1回では終わらないから、考え続けることになる、そういう学びも大事だね」と話し合いを締めくくった。
言葉が育てば心が育つ、心が育てば人が育つ
話し合いを終えた後、
「言葉を作っていくときに、何が大切なのか。考えておかないといけないことは何か、一人ひとり考えて成長ノートに書きましょう」と菊池先生が話すと、みんなが成長ノートに向かった。
書いた後に、全員が自由に立ち歩いて意見交換し、発表。
⚫︎自分や相手のことを考える。ジャンジャンやりすぎるのはだめ。
⚫︎やり過ぎには気をつける
⚫︎やり過ぎると、大事なことがわからなくなる
⚫︎一つひとつ丁寧にすることが大切。丁寧にしないで適当にやると失敗する
⚫︎漢字とルビを理解すれば、ジャンジャンルビを振っても大丈夫
⚫︎スピードを上げ、効率を上げるのはいいことだと思う
発表が終わると、菊池先生が、
ことばが育てば○が育つ
と黒板に書いた。その後、○に入る文字を1画ずつゆっくり書いていくと、その途中で、
「あ!」「わかった!」とみんなが手を挙げた。指名された子が、
「心です」と答えると、菊池先生は今度は次の文章を板書した。
心が育てば○が育つ。教育そのものである
○に入る文字を1画書着始めたところで大勢の子が挙手し、「人!」と答えた。
「今日、言葉の勉強をしました。内容、自分自身、相手のこと、3つのことに想像力を働かせて言葉を育て、心を育てて、一人ひとり育ち合う教室になっていくだろうと楽しみにしています」と菊池先生が授業を締めくくると、みんなが満足げな表情になった。
菊池先生から堀井先生へのメッセージ
対話・話し合いの授業は、リズム、テンポの良さ、スピード感が必要です。そのためには、教師と子供たちとが呼応し合う関係にならなければなりません。呼応し合う関係性ができてこそ、対話・話し合いの授業に挑戦できるのです。
今年度の堀井学級は、元気のいい子供たちが多いので、スピード感を持ったリズム、テンポのある授業に早期から取り組めたのでしょう。教師と子供たちとの呼応関係が築けていることが感じられました。
教師が学んでいなければ、オリジナルの授業はつくれません。対話・話し合い、コミュニケーションの力を育てる意識を持ち続け、教師自らが学び続けることが大切です。
堀井先生は、菊池実践を追試する上で落としてはいけないポイントをきっちりと押さえ、その上で、最新のネタを入れて、自分のオリジナル授業にしていました。
価値語モデルやほめ言葉のシャワーとも連動させ、授業が複合的なものになっています。それは、堀井先生が体験を通して得てきたことなのでしょう。単にほめ言葉のシャワーをするのではなく、「多様な子供に合わせるためには、多様な方法を取らなければならない」と考え、「そういう授業をしていけば、子供たちは変わる、成長する」と信じて実践する。これまでの積み重ねと、日々アップデートし続けている学びが、教室に好影響を与えていることがうかがえました。
菊池省三先生による授業解説
3時間目の堀井先生の授業では、漢字に振り仮名(ルビ)を振って難しい文字でも読めるようにしていることと、現代の “拡大解釈” したルビの振り方について紹介し、子供たち自身が「大谷翔平」の4文字へのルビ振りを考えました。
この授業の場合、展開によってはさらに学びを広げていくことができると考えます。
①従来の振り仮名について
②新しいルビの振り方について
③②のような、正当ではないルビが広がっていることへの是非を問う
この3つのセットを1つの授業として捉えるのです。
堀井先生の授業が①→②でしたから、私はそれを受け、③の授業をしました。
さらに先に進めるなら、③をさらに深めた問い④「いろいろと好き勝手にルビを作ることについて、どう思うか」について話し合わせるといいでしょう。
対話・話し合いの力をつけるために欠かせない言葉。言葉の力を磨く授業は、ともすれば、知識注入型に偏りがちです。堀井先生の授業は、「いろいろなルビの振り方がある」と知識を与えるだけではなく、子供たちは、「ルビによって言葉の意味が広がり、表現の世界が広がる」ことのおもしろさを学びました。さらには、本来とは異なるルビを乱用することへの是非を問うことで、子供たちは言葉について深く考えることができました。
1学期の段階でこうした抽象度の高い授業を行う場合、学級の子供同士の人間関係が大きく影響します。また、教師が1年後のゴールイメージを明確に抱いていなければ、「なんとなく難しい話し合いを頑張った」だけで終わってしまいます。
「言葉を磨くことは、心を磨くこと」に向かう授業を目指していきたいと強く感じています。
堀井先生から、若手教師へのアドバイス
気がつけば、私も中堅と呼ばれるようになってきました。
校内に実践を広げていくために、今やっていることは大きく次の3つです。
1つめは、自分の授業を積極的に公開することです。「いつでも見に来ていい」と若手には伝えています。校内研修の研究授業には手を挙げ、どの先生方に対しても授業を公開し、授業研究会では意見交換をしながら、自分がやっていることやその意図を伝えています。
2つめは、自主勉強会の開催です。若手中心の研修会で講師を務めたり、若手の先生方の悩みに答えたりする機会をつくっています。こうしたミニ研修会によって、何でも気軽に相談できる関係性を築いていくことが大切だと考えています。
3つめは、自分自身が学んでいる菊池道場の学習会や菊池先生の講演会に参加するよう、若手からベテランまで、校内の多くの先生方に呼びかけています。
学校内外で学びが広がることで、自分はもちろん、若手の先生方の成長にもつながっていきます。若手の先生方には、校内だけでなく、ぜひ外の学びにも目を向けてほしいと願っています。

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取材・文/関原美和子

Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


