第55回「博報賞」受賞「ことばの貯金箱『夢』プロジェクト」活動レポート【PR】
博報賞は、児童教育の現場を活性化し支援することを目的として、博報堂教育財団が主催する賞です。全国の学校や団体、教育実践者が取り組む創造的な教育活動を表彰し、その価値ある実践を社会に広めることで、日本の教育全体の質の向上に貢献しています。
今回は、第55回「博報賞」(国語教育領域)を受賞した「ことばの貯金箱「夢」プロジェクト」の取組をご紹介します。この活動は、子どもたちにことばの大切さやコミュニケーションの楽しさを伝えることを目的としています。
提供/博報堂教育財団
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ことばの貯金箱「夢」プロジェクトは、子どもたちの「ことばの力」や「コミュニケーション力」を育むことを目的に設立された取組です。
新聞から心に響いたことばを切り抜き、「ことばの貯金箱」にため、感想を添えて紹介し合うという活動を通じて、子どもたちはことばの持つ力を実感しています。こうした実践は、ことばの温かさや人とのつながりの大切さを伝えるものとして高く評価されました。
また、東日本大震災をきっかけに始まったこのプロジェクトは、世代を超えた交流や少年院での活動などにも広がり、ことばによる心のつながりを育む取組として展開されています。
第55回「博報賞」(国語教育領域)を受賞した本プロジェクトの取組について、同賞審査委員のお一人である千葉大学教授・安部朋世氏のレポートをご覧ください。
目次
ことばの貯金箱にことばをいっぱい貯めて、ことばの億万長者になろう!
第55回「博報賞」受賞(国語教育領域)
宮城県 ことばの貯金箱「夢」プロジェクト
報告者:千葉大学・安部朋世(あべ ともよ)氏
はじめに
ことばの貯金箱「夢」プロジェクトは、子どもたちの「ことばの力」と「コミュニケーション力」を育むために設立されたプロジェクトである。東日本大震災の後、子どもたちの笑顔が消えてしまったことをきっかけに、ことばは「人を傷つけるため」ではなく「人を幸せにするため」にあるということを子どもたちに伝えたいと活動を始め、12年にわたる活動の成果によって、2024年度に「博報賞」を受賞している。
プロジェクトでは、子どもたちが「いいなと思うことば、古紙回収として捨ててしまうにはもったいないと思うことばを新聞から切り抜き『ことばの貯金箱』に入れる」「貯金箱に入れたことばから、台紙に貼りたいと思うことばを選び貼っていく」「台紙に貼ったことばを紹介し合う」という活動を展開している。ことばを切り抜き貯金箱に入れていく活動を「ちょきちょきタイム」、紙に貼っていく活動を「ぺたぺたタイム」、紹介し合う活動を「しょうかいタイム」と名付けたり、貯金箱に入れるときに「ちゃりーん!」、友だちが選んだことばに対して「いいね!」といったかけ声をかけたりと、子どもたちにとって親しみやすく楽しい活動になるような工夫が施されている点が特徴的である。
今回の訪問では、仙台市立寺岡小学校の3年生の授業を参観させていただくとともに、プロジェクト代表の渡邉裕子氏にお時間を割いていただき、さまざまなお話を伺うことができた。その授業の様子やお話の内容などから、とくに印象に残った点を紹介していきたい。

一人ひとりのペースとゆるやかな一体感の中での「いいね!」
授業では、「6年生におくることば」をテーマに新聞からことばを切り抜く「ちょきちょきタイム」の活動を参観した。子どもたちの机の上には、ことばの貯金箱、新聞、はさみなどが準備され、早く活動したいとうずうずしている様子もうかがえる。
先生から活動に関する説明があった後、子どもたちが活動を始める。担任の先生と共に、渡邉氏も先生の一人として子どもたちの活動を見守る。机の上だけでなく床に新聞を広げてじっくり眺めている子どもや、6年生におくりたいことばを次々に見つけて切り抜く子ども、切り抜いたことばを見せ合っている子どもなど、思い思いに活動に向き合う姿が見られる。先生は、質問に答える他、子どもたちが切り抜いたことばを取り上げ、「○○さんはこんなことばを切り抜いたよ。すごいね!」とクラス全員に紹介していく。「残り時間大切に」「一緒に越えよう」「救われた人は救う人になる」など、さまざまなことばが紹介される。「やり直し」のように捉えようによってはややマイナスのイメージに感じられることばも、「やり直しするなら今だよ、というふうにも使えるね」とプラスイメージのコメントを行うなど、先生はどんなことばについても前向きな評価をしたうえで、クラス全員に共有していく。先生からの紹介の後、全員で声をそろえて「いいね!」と、ことばを選んだ友だちに声をかけることも忘れない。自ら先生のところに切り抜いたことばを見せに行く子どもも多く見られ、クラス全員に紹介されうれしそうな笑顔で席に戻っていく。
ゆるやかな一体感、安心感の中で、個々の活動のペースも守られており、そのような環境で、自分が切り抜いたことばが周囲の人々から「いいね!」と認められ笑顔になる子どもたちが印象的な授業であったが、これこそがプロジェクトにおいて重要なポイントであると言えるだろう。プロジェクトは、小学校だけでなく、不登校の子どもたちや少年院の子どもたちなど、さまざまな子どもたちを対象に行われている。自己肯定感が必ずしも高くないと思われる子どもたちにも活動が受け入れられているのは、自分のペースで活動することが認められ、どのようなことばを切り抜いても「いいね!」と肯定的に評価してもらえるという、自分をまるごと認めてもらえる環境が大きい。渡邉氏は「子どもたちと一緒に楽しむことで、子どもたちの中に『心の扉をノックする力』が生まれてくる」とおっしゃっていた。自分の心と向き合うことは勇気のいることだと思われるが、周囲に自分を認めてもらうことで、自らも自分自身を認める勇気、渡邉氏のお話の中に出てきた「心の扉をノックする力」が生まれてくるのではないだろうか。

ことばと向き合い語彙・語句の質を高める
今回参観した「6年生におくることばを新聞から切り抜く活動」は、新聞の文脈から「6年生におくることば(6年生におくりたいと自分が思うことば)」という文脈に置き換え、その文脈にふさわしいかを考えてことばを切り抜くというように、「様子や行動、気持ちや性格を表す語句」(平成29年告示小学校学習指導要領国語科第3学年及び第4学年〔知識及び技能〕(1)オ)や「語句の辞書的な意味と文脈上の意味との関係」(平成29年告示中学校学習指導要領国語科第1学年〔知識及び技能〕(1)ウ)などにも関連した活動であると言えるが、子どもたちが新聞からことばを切り抜く様子を見ていると、例えば、新聞では「日本一周」として出てきたものを「日本一」として切り抜いたり、「感じる」の「感」だけを切り抜いたりと、新聞の文脈における語形・用法とは異なる語形・用法で切り抜いているケースが見られることに気づく。これは、子どもたちが新聞の記事をいったん「文字の並び」として捉えたうえで、自分が知識として有している語句と照らし合わせながら「6年生におくることば」としてふさわしい語句(「日本一」)やふさわしい語句の一部(「感動」などの「感」)として新たに抽出していると解釈できる。自分が表現したい語句としてふさわしいものを選択する際には、国語辞典や類語辞典等が用いられることが多いと思われるが、新聞から語句を切り抜く活動は、辞典とは異なる形で子どもたちの「語彙・語句の質」を高めることにつながるものだと言えよう。
また、授業では、子どもたちがそれぞれのペースで活動する姿が印象的であったが、渡邉氏のお話からも、活動において「無理強いしない」ことが大切にされていることがうかがえた。活動中に一つも切り抜くことができなかったとしても、台紙に一つも貼ることができなかったとしても、子どもなりに「ことばと向き合っている」ことに変わりはない。そのような「向き合う時間」を大切にしているという。「個別最適な学び」の重要性が指摘されているが、実際の授業においては一定の成果物を一定の時間内に仕上げるという方向に進みがちなこともあるように思われる。表面に現れていなくても、子どもたちの中ではことばと向き合い考えを深めているということに改めて気づかされた。
子どもたちがそれぞれのペースでことばと向き合うことができる要因としては、「どのようなことばを切り抜くか」というテーマ設定の影響も大きいと思われる。お話の中で印象的だったことの一つとして、「切り抜くことばに関するテーマを決めすぎてもうまくいかない」という点がある。今回参観した授業でも、「(自分が)6年生におくる(おくりたい)ことば」のように、子どもたちが自分自身のこととして考えやすいテーマが設定されていた。例えば「幸せ」のように抽象度が高く、子どもにとって自分と照らし合わせるのが難しいテーマを設定してしまうと、「先生、これ『幸せ』のことばとしてあっていますか?」と子どもが正解を求めてしまうのだという。決まった答えがなく、自分にとって「いいな」と思うことばを切り抜くのは、何を選べばよいのだろうと戸惑うこともあると思われるが、「自分にとって」を手がかりとすることで、その戸惑いも含め、時間をかけてことばと向き合うことができるのであろう。


おわりに

今回の訪問では、ことばの貯金箱「夢」プロジェクトの「プロジェクト」としての特長・素晴らしさだけでなく、寺岡小学校の校長先生や先生方、そして代表の渡邉氏の「子どもたちのことを考え続ける熱意と常に寄り添う姿」が印象的であった。どんなに素晴らしい活動を取り入れても、目の前の子どもたちにとってよりよい活動にするにはどうすればよいかを考えなければ、活動を形式的に取り入れただけで、子どもたちにとって意味のある活動にはならない。目の前の子どもたちに寄り添い子どもたちの力を育むために何が必要かを考えることは、先生方が常に行っていることだと思われるが、先生方や渡邉氏が子どもたちと向き合う姿を拝見し、その大切さを改めて学んだ訪問であった。