まずは現行に「令和の日本型学校教育」の理念を入れ、GIGA端末の活用などについて考える 【中教審レポートと関係者インタビューで綴る 次期学習指導要領「改訂への道」#07】

2025年1月末から中央教育審議会で本格的に学習指導要領改訂の議論が開始され、各教科等の具体的な議論に先立ち、教育課程企画特別部会において、全体の方向性について議論が行われ始めたところです。
そこで、この企画では教育課程企画特別部会の親部会であり、同部会の委員の人選にも携わった教育課程部会の奈須正裕会長(上智大学教授)に、改訂の方向性などについて聞いていきます。最終回となる今回は、弾力化の問題を中心に伺うとともに、最後に現場の先生方へのメッセージをいただきました。
なお、学習指導要領改訂の諮問文については、下記URLよりご覧ください。
https://www.mext.go.jp/content/20241225-mxt_soseisk01-000039447-01.pdf
目次
「学習指導要領の学年区分が子供の発達を規制するのはおかしい」
この連載の初回に、現行学習指導要領への改訂では内容と時数には触らなかったという話をしましたが、今回の諮問に時数に関する記述があるのは大きなことです。
諮問事項の第二に、「教育課程特例校制度や授業時数特例校制度等を活用しやすくする」「標準授業時数に係る柔軟性」「学習内容の学年区分に係る弾力性」「単位授業時間や年間の最低授業週数の示し方」を検討することが示され、それが「教師に『余白』 を生み、教育の質の向上に資する可能性」とあります。過去に、こうした内容が諮問文に示されたことはなかったのではないでしょうか。
とりわけ、「学習内容の学年区分に係る弾力性」は、子供の学習権・発達権の保障という意味でも大きいと思います。現在は、「この学年はこれ、次の学年はこれ」と細かく示してあります。例えば小学校国語のように2学年で示されているものもありますが、もう少し緩める方法はないのかということです。
ヨーロッパなどであるのは、学年ではなくステージという考え方です。子供たちに実現をめざす姿をいくつかのステージに分け、だいたいこの学年はこのステージという目安はありますが、その学年でそのステージに到達しなくてもよいのです。大事なことは、一人一人の子供が段階的に1から2へ、2から3へ向かって成長することです。
それに対し、日本のように学年区分と学習内容が固定的に示されると、「この学年でこの内容ができなければ劣っている」という見方になってしまいがちです。それに対して、ある委員は「学習指導要領の学年区分が子供の発達を規制するのはおかしい」と指摘していました。私もその通りだと思いますし、しっかり議論することが必要だと思っています。

授業時数も総時間数を確保できれば、1単位時間を何分で行ってもよい
いずれにしても、「柔軟性」「弾力性」といった記述があるということは、文部科学省の側に、この国の学年区分は固すぎる、教育課程の基準に関するいくつかの規定が柔軟性を欠くという認識があるのかもしれません。その上で、「教師に『余白』 を生み、教育の質の向上に資する」にはどうすればよいかということでしょう。
教育政策や行政に携わる人たちからすれば、この間、教育課程を大綱化し柔軟にしてきたし、現場の裁量を増やしており、それがカリキュラム・マネジメントという言葉などに表れてきたわけです。しかし、まだそのように現場には伝わっていないし、かつてのやり方から変われていない部分も多くあります。例えば、授業時数も学校教育法施行規則第51条の別表第1に示された時間数を確保できれば、授業の1単位時間は何分で行ってもよいのですが、そうは思われていません。行政側からすればすでに柔軟にしているのに、そう受け止められていないものが残っているということです。
柔軟性の拡充は、例えば、多様で闊達な教科書ができることにもつながるでしょう。現在は、法的拘束力がある学習指導要領の記述が詳細であるため、教科書の記述量が多くなってしまうという問題が生じています。また、記述量が多くなるから、何が幹で、何が枝葉か分からなくなるし、「教科書をすべてやらなければいけない」という負担感につながっている現状があるかもしれません。そこを絞り込んで、学習指導要領の記述が幹と枝葉が分かるように構造化されれば、これまで以上に「見方・考え方」の感得や「資質・能力」の育成に資する、質の高い教科書が作られるようになるでしょう。
各地方に目を向けると、広島県や名古屋市など独自の教育政策を打ち出して、成果を出している自治体も出てきています。今後、地方分権をさらに進め、独自性を発揮して取り組んでいただくためにも、中央政府の基準性を引き下げたほうがよいかもしれません。日本の教育課程政策の基準性は国際的に見るとかなり高く厳密なものなのです。もちろん、その基準性の高さが教育の質を担保してきた要因でもあるのですが、制限要因になる部分もあります。
その意味で、教育課程政策の基準性が今、改めて見て適切な水準なのかどうか、先の教科書のことなども含め、検討の余地があるということです。それが、教師や各地方自治体の「余白」につながり、自由闊達に多様な工夫がなされることが、結果的には子供にとってもよいことになるでしょう。それは教師や地域の自律性や創造性の発揮にもつながります。
もちろん、ただ地方自治体に任せればよいとか、ただ基準を緩めればよいということではありません。それでは、これまで担保してきた教育の質が、危ういものとなる危険性もあります。ですから、適切な水準とはどのようなものか、基準を緩めた場合に取るべき対応とは何かを検討する必要があるでしょう。
ここまで改訂について話をしてきましたが、現場の先生方はまだまだ現行学習指導要領を長く使っていくことになります。冒頭からお話をした通り、(改訂の方向も)基本的には現行学習指導要領の延長線上で議論されていくでしょうから、まずは現行学習指導要領に、「令和の日本型学校教育」の答申の理念を入れて、さらにGIGA端末の活用など、デジタル学習基盤のことを考えてくだされば大丈夫です。 この話の途中でも説明しましたが、諮問文の課題3点は現状を分析したものですから、この現状分析の3点を見て、先生方の創意工夫を生かしながら粛々と取り組んでいただければと思います。
執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之
【中教審レポートと関係者インタビューで綴る 次期学習指導要領「改訂への道」】
次回は3月20日公開予定です。