「性教育」から「生教育」へ。様々な危険と隣り合わせの現代を生きる子どもに必要な、生きていく力を育てる授業を
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- 大切なあなたへ花束を
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SNSをめぐる大問題が、連日世間を騒がせています。大人の世界だけでもそうなのですから、子どもの世界での危険性は非常に高いと言えるのではないでしょうか。多様化と複雑化の止まらない現代社会で、子どもたちに正しい「生きるための力」をつけさせることは急務です、と宮岡先生は語ります。宮岡先生は木村泰子先生に師事し、現在は「みんなの学校マイスター」として講演活動や各校の支援で大活躍中です。
【連載】大切なあなたへ花束を #13
執筆/みんなの学校マイスター・宮岡愛子
生きる力をはぐくむワークショップ
昨今、世界では子どものSNS利用を制限する具体的な動きが出てきています。
例えばオーストラリアでは、16歳未満の子どものソーシャルメディア利用が禁止され、対策を講じなかったサービス提供者に巨額の罰金が科せられるようになりました。フランスでは15歳未満の子どものSNS利用には保護者の同意が必要となり、アメリカでも規制の始まった州が出てきています。
SNSによって拡大されたコミュニケーションが子どもたちに与える影響は絶大です。
本人に自覚がないままに、発信者として知らずに大きな問題を起こしてしまう可能性が高いと言えます。また、様々な人々と容易に知り合うことができる環境では、本人の知識のなさから、深刻かつ重大な被害にあう危険性と常に隣り合わせだと言えます。
だからこそ子どもたちに、正しく振る舞えるだけの知識を伝えることは急務だ、との強い危機意識をもっていました。
そんなときに、S市で「生きる力をはぐくむワークショップ」というプログラムで、小学校6年生の子どもたちを対象に授業をしてもらえないか、というお話をいただきました。
授業のテーマは「友だち関係でストレスたまってない?―こころのスキルアップ講座―」としました。これは子ども家庭庁の参与をしておられる社会福祉士の辻由起子さんが、私の校長時代に子どもたちに授業をしていただいたことがベースになっています。
由起子さんの、血の通った温かい言葉を通して、
●ありのままの自分でいいと思えるようになること
●「安心できる」ということの大切さ
こうした大切なことが胸に響き、子どもたちが見る見る変容していったのを目の当たりにしました。
同じように、私が授業をすることでS市の子どもたちに気持ちが伝わり、みんなの安心や自己肯定感につながったら嬉しいことです。
実施校の皆さんとの打ち合わせでお願いをしたことは、たった一つ。
「その学年の全ての子どもが教室で一緒に学んでほしい」。
支援が必要な子どもも、どれだけ重度であっても、この時間は特別支援学級ではなく、一緒に授業を受けることだけを頼みました。「みんな一緒が当たり前」こそ、私の教育観の基軸だからです。
もちろん、先生方は快くOKをしてくださいました。
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さあ当日。
「みんなの学校マイスターって何?」
「この人どんな人なんや?」
という顔の子どもたち。
私は、
「学校にはいろいろな人がいるよね。お互いに違うことが当たり前で、一人ひとりが違うから面白いんちゃうかな。
あなたも大事な一人であるなら、あなたの隣の人も大事な一人であること、みんなが安心できる学校をつくっていく、ということを大切にしているんだよ」
と伝えました。
そして授業のテーマとして、
「今日は、これからの社会で生きていくみなさんの命と安全を守るためのことを、伝えに来ました」
と話しました。
「命と安全…どんな重い話が出てくるんや?」
そんな子どもたちの心の声が聞こえてきます。
私はおもむろに、ある動画を見せました。
全編英語のムービーなので、適宜日本語で説明していきます。
まず、ムービーの最初で質問をされます。
「白い服の人が、何回バスケットボールをパスするでしょうか?」
そしてムービーが始まります。画面では、白いTシャツと黒いTシャツを着た、それぞれ3人ずつの男女が出てきて、次々とバスケットボールをパスしていきます。ボールが2つあり、スピーディーにパスしていくので、数えるのは大変です。
30秒程度のムービーが終わり、
「何回パスされましたか、数えられましたか? 答えは15回です」
と、案外アッサリと正解が出されますが、ミソなのはここからです。
「ただ、ゴリラが出てきたのに気づきましたか?」
そう聞いてみると、子どもたちは
「えーっ、全然気づかなかった」「そんなん出てきたん?」
と驚きの声をあげました。
一緒に見ていた担任の先生ですら、「分からんかったー!!」とびっくりしていました。
そうです。一つのことに集中することで、他のことに気づけないってことがある、ということ。
それを身をもって実感した瞬間でした。
自分が「ちゃんと言うたのに!」と思っていても、相手には伝わっていないということもあるのです。
これを導入として、
●脳の働き
人間は、大きく分けて2つの脳からできている、ということ。
古い脳は睡眠や食事、争い、好きな人と仲良くなりたい、といった人間の本能というべきことを司っていること。
新しい脳は、記憶や思考・想像といった人間の知的な活動と、古い脳の働きをコントロールする「理性」を司り、学習や経験をすることによって発達していく脳であるということ。
●思春期のイライラはなぜ起こる?
思春期になると、脳が発達し、脳から男性ホルモンや女性ホルモンがたくさん出る。そのホルモンが身体だけではなく、心の動きにも影響を与えること。
●プライベートゾーンについて
<プライベートゾーンのルール>
自分のプライベートゾーンは、
●見せてはいけない
●見られてはいけない
●さわらせてはいけない
●さわられてはいけない
他人のプライベートゾーンを
●見てはいけない
●見せてはいけない
●さわってはいけない
●さわらせてはいけない
●メラビアンの法則
コミュニケーションで相手に伝わる要素のうち、言葉の内容は’たったの7%にすぎないこと。
声のトーンや話の早さなどの聴覚情報が38%、しぐさや態度・表情・見た目などの視覚情報が55%も占めるということ。
●「ごめんなさい」の伝え方
「ごめんなさい」と謝ることを
●笑いながら
●携帯をいじりながら
●相手の目を見て申し訳なさそうに
実際に演じてみて、どれが一番心に届いたか?
●心のコップ
コップに黒い色のハートとピンク色のハートを入れる。
黒い色のハートは「苦しい」「悲しい」「つらい」「つかれた」そんな気持ちでいっぱいになると「いかり」となってあふれてくる。
でも「うれしい」「たのしい」「自信がついた」「安心」というピンクのハートで心が満たされると、出てくる気持ちは「ありがとう」になる。
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●ストレスの解消の方法
自分の心が黒いハートでいっぱいになったら、自分で怒りに変わる前に解消できる方法をみつけておく。
自分らしいどんな方法でもいいけど、例えば、歌う・お菓子を食べる・体を動かす・誰かに聞いてもらう・ゲームをするなど自分らしい出し方を知っておくと、黒いハートはたまらない。
●人との出会いの大切さ
出会いで人生は変わる。自分にしんどい人とは距離を置くのも必要である。
と話を進めていきました。
また、私の娘の反抗期の話もし、いじめにもあったけど、今は素敵な大人になったことも付け加えました。
この授業を通じて私が最も伝えたかったことは、
正しい知識は自分を守ってくれる
失敗はしてもいい、経験がふえるだけ
今から始まるのは未来。未来は自分次第でどんな風にもつくることができる
ということです。
そして「なりたい自分になれますように」とまとめ、授業を終えました。
「性教育」から、「生教育」へ
思春期ならではの心と身体の変化。それを正しく理解することで、子ども同士や社会でのトラブルを回避できるようにすること。
今、「性教育」ではなく、生きることにつながる「生教育」が必要だと考えています。
子どもたちに正しい知識を伝えるのは、学校の役割です。子どもたちが知識をもつことは、自分の命や安全を守ることにつながります。正しい知識を知らないと、ネットで調べたことをそのまま疑いもせず、信じてしまうことにもつながっていく危険性があるのです。
知らないからこそ、DVを受けているのにも関わらず、それを愛情と間違えてしまうことも実際に周りで起こっているのではないでしょうか。
もう一つは困ったときに相談できる、知らないときには教えてもらえる、信頼できる大人が自分の周りにたくさんいることを知ることです。子どもにとっての安心できる大人が周りにいることが必要なのです。もし、困ったときに、相談する人を間違えたら、本当に怖いことにつながっていく現実もあるのですから。
授業をした私は、子どもたちにとってそんな存在になれたならいいな、と思っています。
授業を終えた子どもたちからは、こんな嬉しいメッセージをもらいました。
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子どもたちって本当にすごいです。
私自身も、たくさんのことを子どもから学ばせてもらっています。
今回の授業の詳しい内容については、また別の機会にご紹介したいと思います。
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イラスト/フジコ
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宮岡愛子(みやおか・あいこ)
みんなの学校マイスター
私立の小学校教員として教職をスタートするが、後に大阪市の教員となり、38年間務める。教員時代に木村泰子氏と出会い、その後、木村氏の「みんなの学校」に学ぶ。大阪市小学校の校長としての9年間は「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに取り組んだ。現在は、「みんなの学校マイスター」として活動している。