英語教育の目的はコミュニケーション能力を高めること 【全国優秀教師にインタビュー! 中学校編 中1〜中3を見通す! 「高校につながる英・数・国」の授業づくり #17】
前回は英語教育実施状況調査で良好な成果を示している福岡市の中学校英語教育研究会で、研究部長も務めていた、福岡市立下山門中学校の前田範幸教諭に、自身の考えを象徴する単元を紹介していただきました。今回はその背景となる単元・授業づくりの考え方について聞いていきます。
目次
「何のために外国語を学ぶのか」ということを子供に考えさせる
実は前田教諭は大学時代は理系だったと言い、その学びを生かして食品関係の仕事についた後、小学校時代からの憧れだった教職の道に進もうと思い、教職用の単位を取り直して教師になったと言います。そこに、実は英語を通して育みたい力があるようです。
「私は大学卒業後に選んだ仕事も好きだったのですが、ふと小学校時代にあった教職への憧れがよみがえってきたときに、『今、自分はどれだけ子供や次の世代にとって力になる仕事ができているだろうか』と思い始め、教師になろうと一念発起して英語の免許を取得しました。では、なぜ大学時代の専門ではない英語を選んだかと言えば、子供たちのコミュニケーション力を高めたいと思ったからです。
今もご指導いただき、学ばせていただいている中嶋洋一先生(元関西外国語大学教授)から、『英語教育の目的はコミュニケーション能力を高めること』と、改めて学んだ部分もありますが、私自身の中にもコミュニケーション力が大事だという思いがありました。
前回紹介した単元にもつながりますが、現代ではAI技術の進歩によって、他言語を学ぶ必要がなくなるのではないかというところもあります。前回の単元でも、『Why should we learn foreign languages ?』というのがビッグ・クエスチョンで、『何のために外国語を学ぶのか』ということを考えるわけです。私は英語教師だからと言って、『英語を話すべきだ』というつもりはなく、そこを子供たちに考えさせたいのです。
実際に子供たちの中には、『地元で生活するから英語を使う必要はない』と思っている子供たちも少なくありません。そういう子供たちにAI翻訳活用賛成派、反対派の意見や友達の意見を読んだり聞いたりしながら、『何のために英語を学ぶの?』『話せるのと話せないのは、どちらがいいの?』と考え、自分の学びにしてほしいのです。それが英語や国語といった言葉(コミュニケーション力の基盤)を学ぶことの醍醐味だと思います。
私自身、英語がすごく得意だというわけではありません。しかし、英語という言葉の学習であれば、多様な人と関わったり、多様な情報に触れたりしながら、内容は理科に関するものでも社会に関するものでも何でも学べるわけです。それが楽しいと思うのです」
アウトプットする回数がコミュニケーション力や英語の力を高める
さらにSNS全盛時代だからこそ、言語の学びを通して考えさせたいことがあると前田教諭は話します。
「SNSだと、感じたことをキーボードで簡単に打ち込んで、十分な推敲もないままボタン1つでポンと送れてしまうわけです。だからこそ、私の授業では互いの意見を交換する場を設けており、そのときにはちゃんと手で書き、一度見返して渡すようにしています。それは、前回の単元の話で紹介したチェーンレターに象徴されるのですが、自分の意見を自分の手で書いて、必ず1度読み返して熟考し、推敲してから渡すのです。それに対して他の人の意見があるわけです。
やはり適当に書いたものには、適当にしか返ってきません。前回の単元では、同じグループの中に、英語がとても苦手な子から非常に得意な子まで多様な子供がいますが、その中で全員に伝わるように、英語で書けるようになってほしいという思いがあります。英語が苦手な子も、白紙にならないようにと単元構成をしたつもりではありますが、それでも最初は自分の意見が書けない子もいるわけです。しかし、対話しながら1文でも2文でも書いていくと、他の子が意見を書いてくれます。そうすることで少しずつ、自分なりの考えを書こうという思いが出てくるし、最終ゴールでは、他者の意見も取り入れながら、少し書けるようになってきているのです。
それも大事なコミュニケーションではないかと思います。最初は『自分の意見はありません』という状態だったけれど、明確な理由や根拠はなくても『でも、こうかな』と書いてみると、周囲が『こうじゃない?』『自分はこう思うよ』と意見をくれる。すると、『ああ、それいいな。次はそれを使ってみようかな』と思ったり、『それとは少し違うな』と思ったりして、それが次の意見につながっていくわけです。そういったところで、人と関わる力やコミュニケーション力が高まるのではないかと思います。
そう言っている私自身、若手の頃には、一方的に教科書の内容を解説していた時期もありました。しかし、『それが本当に子供の学びになっているのだろうか』という思いもありました。やはりワークシートや問題を解いた数では、コミュニケーション力は高まりません。自分の思いや考えを相手に伝える。そのようにアウトプットする回数が、コミュニケーション力を高めるし、英語の力も高めるのだと思います。
もちろん、アウトプットの質や量が高まるためには、インプットの質や量を高めることも必要なわけです。インプットしたからアウトプットしたくなったり、アウトプットしてみたら、足りないことに気付いて、またインプットしたりする。そのようなアウトプットとインプットの往還こそが大事なのだと思います。
そのためには、子供たち自身が授業を『楽しい』と思ってアウトプット、インプットすることが必要です。もちろん、ただ『楽しい』だけなら『英語ゲームをやればよい』という話になってしまうでしょう。そうではなく、英語を通して他者とコミュニケーションを図る意味・意義のある内容について、考え、対話する過程で、主体的に対話したくなるし、それが楽しいし、英語の力も身に付くと考え、現在のような単元・授業づくりへと変わってきたのです」
文法的なことを黒板で教えるような授業はしていない
では、英語の学習を通してどんな子供を育てていきたいのでしょうか。最後に、前田教諭は次のように話してくれました。
「端的に言えば、英語が好きな子供を育てたいのですが、それは英語が上手に話せるという意味ではありません。ちゃんと相手の話を聞けて、自分の意見を伝えようとし、伝えられるようなコミュニケーション力を高めてほしいのです。
現代では、SNSに代表されるように短い言葉で伝え合う機会が多いと思います。その短い言葉を想像で補うことも大事ですが、何よりまずちゃんと伝えられていない、ちゃんと受け取れていないのに、分かったふうに感じて何かをしてもダメだと思います。関わり合いがあって理解し合おうとすることが大事で、それこそが人間だと思うのです。
ですから、文法的なことを黒板で教えるような授業はしていません。それよりも、自分で気付こうとすること、例えば表現に困ったら『先生、私はこう伝えたいのだけれど、どう言ったらうまく伝わりますか』と言えるような子供に育てたいのです。もちろん子供たち自身がそう言いたくなるような、教材や題材づくりをしているつもりです。
そのような学習を通して、人の思いをちゃんと受け取ろうとする、自分の思いをちゃんと伝えようとする、温かみのある、優しい大人になってほしいのです。自分はこうだから違う考えは拒否するというのではなく、周囲にいる異なる考えの人に歩み寄っていけるような人になってほしいのです。
全国的にも不登校や遅刻、欠席は増えています。しかし、自分が納得できないから1人になったり、異なる人のいる場を否定したりするという子供に対して、『その価値観だけでいいの?』と思います。子供たちが社会に出る時代には、私たちの時代よりももっと、多様な他者と関わる機会が増えるはずです。そういう時代になるからこそ、英語の学習を通して、他者と関わるコミュニケーション力を育んでいきたいのです」
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今回は、前田教諭の単元・授業づくりの背景となる考えについて聞きましたが、次回は、前回紹介した単元の中の授業にフォーカスして紹介をしていきます。
【全国優秀教師にインタビュー! 中学校編 中1〜中3を見通す! 「高校につながる英・数・国」の授業づくり】次回は12月27日公開予定です。
執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之