インタビュー/小泉志信さん|教師がやりたいことをやれる社会に――『ヒト・モノ・カネ』を集める仕組み作り【注目の若手&中堅教師に聞く「わたしの教育ビジョン」vol.8】
1年間に1000人の大人と出会い、人生設計を考える探究学習「3Mプロジェクト」の実践と、教員と学校現場の枠を超えた社会をつなぐ起業家としての活躍で注目を集める小泉志信先生。現在、神奈川県鎌倉市が運営する「鎌倉スクールコラボファンド」で教師の“やりたい”を具現化するサポートを行っている小泉先生のこれまでの歩みと、活動の原動力となっている理想の社会実現への思いについて伺いました。
神奈川県鎌倉市教育委員会 一般社団法人まなびぱれっと代表理事
小泉 志信(こいずみ・しのぶ)
1996年生まれ。東京学芸大学教職大学院卒。教職1年目に起業、一般社団法人まなびぱれっとを運営しながら教育現場に立ち、2024年4月より神奈川県教育委員会勤務。教員1年目に寄り添う「はじめてのせんせい」プロジェクトやイベント等を通して、教員と教員以外の人が混ざり合う未来の実現に向け邁進中。2023年に板橋区板橋第十小学校で実践した「1000人の大人と出会い人生設計を考える探究学習」が注目を集める。
目次
苦しんだ子供時代から、教師を目指すまで
教職1年目に会社を立ち上げるという、スタートダッシュから異例のスタイルで仕事の枠組みを広げてきた小泉志信先生。そのエネルギーは一体どこから来るのでしょうか。
「小さい頃は、いわゆる“よくできた子”と称されるようなタイプの子供だったと思います。学校でも家でも褒められる機会が多かった記憶があります。ですが、それが理由で小6のときには、自殺未遂を起こすくらいの苦しみを感じるようにもなってしまっていたんです。
父がとても厳しく、求められるハードルが高くて、どんなに努力してもハードルは上がり続け、永遠に認められないようなプレッシャーがエスカレートしていきました。小学校高学年には、勉強漬けで夏休みに友達と1日も遊べないような状況になっていたりして、精神的に追い詰められ、限界に達したのだと思います。
そんな経験から、『(人に)寄り添いたい』という気持ちが生まれたのかもしれません。また、中学生まで柔道を習っていたのですが、同じ道場に通う自分より年下の子供たちを世話する機会が多く、子供と接することは、生活の一部になっていました。そこで、大学は教育学部を目指そうと決意しました」
ところが、数学がとても得意だった小泉先生が、得意の数学が受験科目にない文系の学部を目指すことに、両親や担任の先生は猛反対。それでも、最後まで理系学部を勧める周囲の反対を押し切り、教育学部へ進学。そこで特別支援教育を専攻した小泉先生は、人間に対する考え方が大きく変わるような刺激を受けます。
「聴覚障害が主な専門だったのですが、それ以外にもいろいろな障害のある子供たちと関わりました。最初は子供たちがやっていることや言っていることが全然分からなくて、挫折の日々でした。でも、4年間その子たちと関わって行く中で、徐々に彼らを『人間らしいな』と感じるようになっていったんです。
障がい者と言われる人々も含め、誰もが一人ひとり大切にしていることがある。それに気付いたとき、自分もそれを大切にしていきたい、と思うようになりました。何よりも変わったのは、『人の可能性』を信じるようになったことです」
特別支援教育で見えた「子供の可能性」と「教育現場の課題」
聴覚障害と発達障害を併せ持っていたり、深刻な課題を抱えていたりする子供たちも、一緒に過ごす中で日々成長していきます。去年まで心配されていた子が、今年は集団指導でサポートする側に回るようになった、というようなことも実際に起こります。そんな子供たちの成長していく姿がキラキラしていて、今も鮮明に記憶に残っている、と小泉先生は語ります。
「学生時代は、学外活動として、さまざまな種類の特別支援学級の支援員のアルバイトもしていました。月に1回特別支援学級の子供たちを遊園地や公園に連れて行く団体の副代表を務めたり、いろいろな学校で働かせていただいたりする中で、あらゆる子供、そして先生たちとの出会いをいただきました。今思うと、それが理論と実践を同時に学ぶ貴重な経験になっていたのだと思います」
大学卒業後は教職大学院へ。カリキュラムマネジメントを専門に、管理職を目指す現役の先生たちと共に学んだ2年間で、さらに世界が広がります。
「日本全国の学校を巡り、熊本の幼稚園から、島の学校、私立灘中学校・高等学校(兵庫県)などのエリート校まで幅広く現場に足を運びました。そのため、光も見たし、逆に闇も見ました。正直、『これだけすごい先生がいるのに、変われないのか?』と思う現実に遭遇したことも、『自分にはできないんじゃないか』と落ち込むこともあったんです。でも、今思えばそれら全てが自分の糧として生きていて、とても有意義な時間でした」
その後、就職活動に入ると、周囲から「あんな大変な仕事よくやれるね」や、「あんな世界に行ったらつぶされるよ」というような、教師という職業に対するネガティブな意見を受け取ったこともあるといいます。しかし、学生時代から教育現場に立つ素晴らしい先生方との交流を深めていた小泉先生には、「この仕事に関わっている人たちに価値がないとは思えない」という確固たる想いがありました。かくして、教師の道に進んだ小泉先生ですが、周囲の人たちが言うような教育現場の課題が存在することも否定できません。
「子供だけでなく、先生を幸せにしたい。それにはどうしたらいいんだろう」
この思いは、ある実践の経験から生まれます。
小泉先生に大きな注目が集まるきっかけとなった、1年間に1000人の大人と出会い、人生設計を考える探究学習「3Mプロジェクト」(※)。それは東京都板橋区の公立小学校に異動した1年目、教師になって4年目のことでした。4年生の子供たちが、大人1000人と出会って、一緒に話し合いながらマインドマップのような形で人生設計図を完成させるという取組を実施します。
人生設計図を完成させると、次は「自分の考えた人生設計に向かっていく自分自身にエールを!」というテーマで、1枚のアートとして表現するという授業を実施します。このとき集めたアーティストは100人。彼らと一緒に子供たちが絵を描き、SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)で発表会を行いました。
多くの大人へのインタビューと職業を体感するワークショップを行った1学期に続き、2学期には、企業と専門家を招いて作られた10のプロジェクトチームの中から、子供が好きなチームを選んで参加する課題解決型授業を実施。総合の時間と教科を横断し、およそ70時間をかけて行いました。
この圧倒的なスピード感と、規模と、行動力の裏側は――?
「これらは僕の思いから始まったにせよ、周りの支援があってこそできたことです。ただ、外部とのやり取りは膨大で、どうしてもそこは自分が請け負う形に。当時は、相当な業務過多になってしまいました。このときの経験から、先生が何かに挑戦するときには伴走者が必要だ、と強く実感しました。教員に全てをさせるべきではないと思います。教員は教育に専念することが一番ですから」
※「3Mプロジェクト」は、meet/make/mix(大人と出会う/大人と共に形にする/大人と子供が混ざり合う)の頭文字から付けた名称。(「未来の先生フォーラム」プログラム告知文より。)
【当時の学級の子供にインタビュー】
松野柳之介さん(5年生)
「僕は、去年小泉先生のクラスでした。1000人の大人と出会うプロジェクトは、最初は学校に大人がいっぱいいて緊張したけど、1年の間、毎週やっていたので、みんなすぐに慣れて、教室の自分の席の隣に大人が座っている風景が普通になりました。それに、人に自分が思っていることを話すのは、スッキリするのもあるし、伝えることって、楽しいことなんだと気付きました。楽しいことって、ずっとやっていられますよね。授業でプレゼンしたり、小説を描いたり、町にチラシ配りに行ったり。僕も将来、そんな楽しく学べる学校を作りたいなと思っています」
先生がやりたいことを実現できる“仕組みづくり”が自分の役目
自身の経験から、教師には伴走者が必要だと強く感じた小泉先生。現在は、神奈川県鎌倉市教育委員会に勤務し、市が運営する「鎌倉スクールコラボファンド」を基盤とした事業に携わっています。ここでは、教師が探究学習で挑戦したいことや教育現場で実践したいことを実現させるために、外部人材を探したり、伴走者をつけたりするサービスや、行政からの資金調達などの支援を提供しています。
「客観的に見て、先生になる人って、すごく純粋に誰かのために在ることができる人だと思うんです。それって素晴らしいですよね。僕は、周りにいる先生たちを心から尊敬しています。ですから、彼ら彼女らを幸せにしたい。これが、自分の原動力です」
もっと、『先生がやりたいことをやれる社会』にしたい、と小泉先生は語ります。先生がクリエイターとして力を発揮する社会が理想。それが実現すれば、子供も大人もきっと豊かな社会になるはず――。
「ですから、先生がやりたいことに『ヒト・モノ・カネ』(※)を集められる仕組みを作ることが自分の役目かな、と最近は思っています」
その理想の社会の実現に向けて、小泉先生が代表理事を務める「一般社団法人まなびぱれっと」では、新人教師のサポート業務や、オンラインサロンで開かれている異業種コミュニティ運営の他にも、企業と連携した教育関係者向けの研修事業や、現役教員が株式会社ロッテなどの民間企業の事業開発のコンサルティングをするなど、教育者が学校という枠を超えて活躍する機会を作っています。
「先生同士のコラボ、また先生と企業など外部組織とのコラボなどを企画して、先生の可能性を広げることは今後も続けていきたいと思います。
教育者とは、自分の人間性を問われる職業だと思っています。例えば、過去に、ある子が宿題のノートに『死にたい』と書いてきたことがありました。かなり難しい状況でしたが、こうしたケースにどう向き合うことが正解だったのか、今も自分に問い続けています。教育者という枠組みを超え、1人の人間として子供に真摯に対峙できる大人でありたいと思います」
教師や学校という枠を超え、縦横無尽に動きながら、教育業界、そして社会を新たに開拓している小泉先生。引き続き、さらなる活動に注目していきたいと思います。
※経営資源で重要とされる3つの要素。人材(ヒト)、物資(モノ)、資金(カネ)。
取材・構成・写真/田口まさ美(Star flower)