【木村泰子の「学びは楽しい」#30】想定外を生き延びる力をつけるために
子どもたちが自分らしくいきいきと成長できる教育のあり方について、木村泰子先生がアドバイスする連載の30回目。今回は、2024年8月8日に宮崎県日向灘で起きた地震を機に、想定外の事態を乗り越える力を子どもたちにつけるために教員ができることについて考えていきます。(エッセイのご感想や木村先生へのご質問など、ページの最後にある質問募集フォームから編集部にお寄せください)【 毎月22日更新予定 】
執筆/大阪市立大空小学校初代校長・木村泰子
目次
「世の中いつ何が起きるか分からない」
8月8日16時43分ごろに起きた日向灘の地震。私は同時刻に東京から新幹線で大阪に帰るときでした。東京駅を出てすぐに新幹線が急停車し、車内の電気も冷房も切れ、はじめは何が起きたのか分かりませんでした。その後、スマートフォンからは緊急情報が流れ、事の重大さを知りました。まさに、世の中いつ何が起きるか分からない。そんな中での「学校づくり」が求められている今を再認識しました。
子どもたちの日常も、水温が上がりすぎてプールに入れない日が来るなど想像すらしていませんでした。これまでの当たり前が当たり前ではないと心して、子どもに向き合わなければならないですね。
学校における私たちが何を置いても守り抜かなければならないのは、「子どもの命」です。意図的に計画された「避難訓練」はすべて過去の経験からつくられています。いつどこで何が起きるか分からない日本社会の中の学校現場です。これまでの慣習や教員の指示通り行動させる日常を問い直す必要を強く感じます。
「誰一人取り残すことなくすべての子どもの命を守り切る」ために
今回、学校の外の人からの声が編集部に届きました。それも消防士の方です。今、この瞬間を想定していたかのようなタイミングを感じました。
■教員ではなく消防士なのですが、学校における避難訓練(火災、地震)を、今行われているシナリオ型から実践を意識したブラインド型の避難訓練に転換することを提案したいと考えています。木村先生みたいな行動を実践してくれる学校はなく、どこへどのように提案していけばいいのか悩んでいます。 可能であればアドバイスをください。
まず、このコーナーを学校の外の方が読んでくださっていることに感謝と喜びを感じます。そして、シナリオ型から実践を意識したブラインド型へ避難訓練の転換をとの提案は、まさに今、すべての学校現場に必要不可欠です。未曽有の災害が次々に予測なしに起きています。これまでの当たり前の上につくられた避難訓練のシナリオが通用するわけがありません。何が起きてもすべての子どもの命を守り切るのが大人の使命です。できるかできないかではなく、やるかやらないかに発想を転換するときです。
2011年3月11日14時46分に起きた東日本大震災のとき、私は一人で職員室にいました。子どもたちは教室です。その瞬間に、校長がどれだけリーダーシップを発揮して子どもの命を守ると公言しても、誰一人の命も守り切れないと思い知ったのです。大川小学校で起きたことも自分事に返しました。
ここから、職員室の対話を重ね、これまでの計画されたシナリオ型の「避難訓練」を捨てました。ところが、何を新しくつくればいいかは誰にも分かりませんでした。その日は、捨てるだけ捨ててそれぞれ考えようと別れました。
次の日、私は授業中に前触れもなく「今すぐ講堂に集合します」とだけ校内放送を入れたのです。学校の中はどうなったと想像しますか? 教職員たちは自分の意志で行動することができなかったのです。(朝の打ち合わせで言ってた? 職員室に確かめに行こう……)などと教職員同士が相談している間に、子どもたちは全員、先生たちの指示を待たずにバラバラに走って、あっという間に集まりました。ところが、教職員の姿はほとんどありません。普段のように職員室に電話をしても教頭は出張で誰もいません。私はすぐに講堂に走りました。
私と同時くらいに5人の男の子たちが走ってきました。私の顔を見るなり、「校長先生どうした? 何があった?」と緊張した表情で聞きました。「放送しただけ……」と答えた私にこの子たちは怒りました。さすがに「ごめん」と謝ったのですが、いち早く飛んできたこの子たちは、普段の授業で先生たちが「私の指示を聞かない」と困っている子どもたちでした。そこからです。私たちは子どもにどんな指示を出しているのかを問い直し始めました。
支援が必要と言われる子どもが多く学び合う学校ですが、あっという間にすべての子どもが集まりました。想定外を生き延びる力は子ども同士の関係性の中で育ち合うことを、今さらながら全教職員が子どもに教えられた出来事でした。
この日のやり直しをもとに「命を守る学習」を新たにカリキュラムに位置づけました。
「自分の命は自分が守る」
「となりの人の命を大切にする」
このめあてを各教科や領域の中で常に確認し、互いに自浄作用を高め合いました。
読者のみなさまからの声
読者のみなさまからのメッセージはそのつど編集部から確実に届けていただいています。お一人お一人に返信することができていないのですが、大切に読ませていただいています。今、現場におられる読者のみなさまからの声は、できる限りこのコーナーに生かして、みなさんとご一緒に学び、子どもに返していきたいと願うところです。
次回は小学校の校長先生からいただいた下記のメッセージから学びたいと思います。読者のみなさんも次回までにご自分の考えをもってみてください。
■中学は当然染髪禁止の校則があります。 校則は教師がつくって子どもに守らせるもの、子どもはそれに不満をいだきながらも黙って守る。このような意識で10年後の社会で生きていく力を育むことはできません。 学校はなりたい自分になるために来るところだから、なりたい自分になるために自分を律することは何かを各自が考える力をつけさせたい。 そこで、教師主導の校則変更を中止させ、子どもにルールメイキングしてもらうことを提案して進めてもらっています。子どもにもそんな力をつけて、と呼びかけています。
それでも、なお一方で青い髪の毛やプリンのような色の髪の毛を受け入れられない意識をもつ自分が心の中にいます。6年生で中学入学前に黒に染髪することも、染髪しているのだから中学校のルールを守ったことにはならないよ、と言いたい自分がいます。6年生のこの時期は中1の0学期、ここからの頭髪いじりはやめよう、とまで言いたい自分がいます。
多様性、スーツケースでは息が吸えない子どもがいる、最上位の目的、断捨離、これらを踏まえるとなさけない限りの古い意識です。 校長を務めてもなお、このような些末な迷いが消えません。先生はどのようにお考えでしょうか。
〇いつどこで何が起きるか分からない日本社会の中で、学校現場もこれまでの慣習や教員の指示通りに行動させる日常を問い直そう。
〇何が起きてもすべての子どもの命を守り切るのが大人の使命。従来のシナリオ型の避難訓練のあり方を問い直し、「命を守る学習」を日常に位置づけていこう。
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※木村泰子先生へのメッセージを募集しております。 エッセイへのご感想、教職に関して感じている悩み、木村先生に聞いてみたいこと、テーマとして取り上げてほしいこと等ありましたら、下記よりお寄せください(アンケートフォームに移ります)。
きむら・やすこ●映画「みんなの学校」の舞台となった、全ての子供の学習権を保障する学校、大阪市立大空小学校の初代校長。全職員・保護者・地域の人々が一丸となり、障害の有無にかかわらず「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに尽力する。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」流・自ら学ぶ子の育て方』(ともに小学館)ほか。