菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #45 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<後編>
全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする連載。今回は、松山市立道後小学校の5年生に対する授業レポートの最終回。菊池先生の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。
目次
話し合いながら、学び合う力を身に付けていく
「大谷翔平選手は夢を実現しただろうか。したと思う人は○、実現していないだろうと思う人は×を書きましょう」
菊池先生が問いかけた。
○……19人
×……7人
「では、考えた理由を書きましょう。予想でいいし、夢に対する自分の感覚でかまいません」
力強い鉛筆の音が教室に響いた。
1分後、再び話し合いタイムが始まった。同じ意見同士4~5人が1グループになり、1分間作戦会議。そのままの位置で自由に意見を発表した。
事実や感想、どっちもあり。多様な意見がどんどん出てくることを期待し、「即興力で話そう」と、時間を短く切り、授業を加速させていきました。いろいろな人と交流しながら、仲間づくりを意識させる狙いもありました。
挙手指名、列指名でハキハキと意見を言える子供たちだったので、自由発表に持っていくことにしました。 話し合いを通して、子供たちに学んでほしいことは次の2つです。
A)話し合いを通して答えを見つけていく
B)話し合いをしながら仲間をつくり、思考力、コミュニケーション力、学び合う力を身に付けていく
対話型のコミュニケーションの授業のゴールイメージに結び付けるとき、必要不可欠なのはBへの意識です。「Aを導くためにAを指導する」という教授行為が単線ならば、「Aを導くために、Bも意識してともに取りあげていく」指導は複線であり、豊かな学びにつながっていきます。
<子供たちの意見>
(×派の理由)
●まだまだ進化し続けているから、自分の中で「もっとこうなりたい」という気持ちがある
●夢がかなったら、また新しい夢がある。高校のときの夢よりさらに上の夢ができた
●最初の夢を達成したら、さらに次の夢をつくった
●大谷選手の本を読んだとき、「目標はメジャーリーグで優勝して殿堂入りすること」と書いてあったから、まだ目標は達成していない。大谷選手がドジャースに移籍した理由は、エンジェルスではワールドシリーズに行けないと思ったから。強いチームを選んで世界一を目指している
菊池先生が微笑みながら、
「『やっぱりマニアックだなあ』と言い合いましょう」
と言葉をかけると、みんながニコニコしながら、
「やっぱりマニアックだなあ」
と言い合った。
(○派の理由)
●写真を見て、小さい頃から野球が好きだとわかった。野球でお金を稼いで野球人生を送っているので、一日一日、夢をかなえている
発表した男子の身振り手振りを見て、菊池先生が、
「君の『手にも物を言わせましょう』は、伝えたいからこそだね。拍手を送るしかないな」
とみんなに話しかけると、大きな拍手が送られた。
「5年4組は、『どうぞ』と言えば、きっと話してくれるはずですね」
菊池先生が言葉をかけると、みんながうなずいた。
「それでは、どうぞ」
●夢は1つだと思う。小さい頃からプロ野球選手になるという夢がかなった
●高校の時のドラフト会議で8球団から1位指名を受けて達成したので
●大谷選手は世界で活躍しているし、大谷選手をほしい球団がたくさんあるから
●WBCでも活躍しているから
身振り手振りで話す。
自ら進んで発表する──。
本人も気付いていないBの学びを価値付けてほめました。
教師は、その話し合いが“答え”につながっていること、すなわちAをほめることはありますが、Bを意識してほめることはあまりありません。 Bの部分にスポットを当て、価値付けてほめる。ほめるのは、子供たちに軽い負荷をかけて鍛えることでもあります。
全てのかかわりにおいて、子供たちのベクトルが話し合いのゴールへと向かうよう意識しています。
授業の最初と最後に、同じ問いを投げかける
発表後、子供たちが自分の席に戻ると、菊池先生がさらに新しい写真を見せた。
「これは何だと思う?」
「グローブ」
「大谷選手が使っているグローブだ」
口々に予想を話す子供たちに対して、菊池先生が、
「じゃあ、マニアックな人に聞いてみよう」
と男子に声をかけた。
「責任重大だぞ。3つグローブがあるんだけど、これは左右どっち利き?」
「右利きです」
「じゃあ、こっちは?」
「左利きです」
「写真を見ただけで、よくわかるなあ」
菊池先生と男子の言葉のかけ合いにみんなも笑顔だ。
「大谷選手はこのグローブを全国の小学校に寄付するそうです。左利きの人もいるから1つ入れたそうです。間もなく道後小学校にも届くでしょう。大谷選手はなぜ寄付するのでしょう?」 菊池先生が問いかけると、子供たちがさっと書き始めた。30秒後、
「自分の意見だから書いていなくても言えるはず。みんなには即興力があるから、すぐに鉛筆を置きます」
「書いたことを読むのではなく、書いていなくても自分の意見だから話せるね」「即興力で話そう」と伝えているので、あえて書く時間を与えず、短時間で意見交換させ、発表に持っていきます。
授業スピードをさらに加速していきます。
3回目の意見交換を行い、1分後、そのままの位置で意見を発表し合った。
●全国の子供たちにグローブを渡すことで野球に興味を持ってほしい
●昔の自分みたいに野球をする人を応援したい
●全国に配って野球に興味を持ってほしいし、野球を好きになってほしい
●野球人口があまり増えていないので、大舞台に出る人をもっと増やしたい
最後の意見は、例の男子のもの。菊池先生が、
「やっぱりマニアだなあ」
と言い、みんなも大笑いした。
菊池先生は、
「大谷選手は『僕がだめだったとしても、次の子供が出てくれればいい』と話しているそうです。大谷選手はこうしたことを通して……」
と話しながら、黒板に書いた。
授業の冒頭でみんなに投げかけた問いと同じ問いだ。菊池先生が話す前に、みんながさっと手を挙げた。
●伝えたい
●与えたい
●配りたい
●未来に託す
●増やす
発表後、席に戻った子供たちに、菊池先生が、
「全て正解です」
とほめ、黒板に続きを書いた。
<夢を持ち、育て、実現して広げ続ける>
「大谷選手のような実績は難しいかもしれないけれど、だれもが一人ひとり夢を持っています。夢を持ち、実現のために努力して、夢を広げ続ける。そういう人になってもらいたいと思っています」
菊池先生が話し終えるとみんなが大きな拍手を送った。
菊池省三先生による第45回解説
夢を見つけ、努力して実現することで閉じるのではなく、次の夢へとつなげていく。大谷翔平選手の生き方を見ていると、そういう広い世界の可能性を感じます。
夢はつかむもの、実現することが1つのゴールだと捉え、そういう展開をしている授業も少なくありません。
しかし、夢はつかんだら終わるのではなく、さらに広げて連続させていくものであり、そのような捉え方に気付かせたいと考えました。
夢を題材にした授業を行うと、「夢を持つことが大切」「夢を実現させるために頑張らなければいけない」という教訓や教示に偏った指導に陥ることがあります。
そうではなく、日々成長することで、「今の自分が未来につながっていく」という可能性を信じる方が、もっと広く物事を捉えられるのではないでしょうか。
「頑張ろう」とプレッシャーを与えるのではなく、様々な思いを抱えた子も、「一歩前に行こうかな」と思えるような、成長の授業になればいいと思います。
同じ問いを、授業の最初と最後に持っていきました。同じ問いでも、子供たちの意見は大きく変わっていました。 これは、オープンエンドの話し合いのための問いです。子供だけでなく、教師も一緒に考え、学んでいってほしいと思っています。
※次回は、3月12日(火)AM6時に公開予定です。
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取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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