菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #38 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <中編>
全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。
今回は、東かがわ市立大内小学校の5年生に対する授業レポートの第2回。
学級崩壊立て直し請負人・菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。
目次
望ましくないつぶやきをさらっと指摘し、言い直したらほめる
2023年春に開催されたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)第5回大会で日本が優勝した瞬間と、日本の国旗を前に選手が集合した2枚の写真を、菊池先生が黒板に追加して貼った。
「これだけ多くの選手がいたら、調子がいい選手も悪い選手もいます。そんなとき、調子が悪い選手に対して栗山監督は必ず、ある言葉をかけるそうです」
菊池先生の話を聞きながら、野球に詳しい何人かが口々に、
「村上だ」「村上のことだ」
とつぶやいた。菊池先生が静かに5分の1黒板に書かれた<公の言葉>を指すと、その子たちが「村上選手」と言い直した。
「成長する教室は、運動会や体験学習など、普段と違う非日常の時間に頑張った力が成長につながります。今、すぐに『村上選手』と言い直したのはすごいことだね」
菊池先生がそう話しながら、5分の1黒板に書かれた<非日常の成長>の隣に、<修正力>と書き加えた。
「はい、ここで拍手!」
子供たちから大きな拍手が起こった。
普段から使っている言葉づかいのせいで、望ましくないつぶやきが、再びうっかり飛び出しました。2回目なので、さらっと<公の言葉>を指して思い出させると、子供たちはすぐに言い直しました。そこで、<修正力>と書き足し、さらにほめて、教室の空気の温度を上げました。
菊池先生が本題に戻って、みんなに、
「栗山監督は、どんな言葉をかけたと思いますか?」
と尋ねると、戸惑う表情の子も。
「学校で先生がみんなに質問するとき、多くは正解が決まっていますね。それらは調べたり勉強したりすればわかる質問です。
でも、今私が聞いたのは、『みんながどう思うのか』、という質問なので、答えは全部○です。栗山監督が言った言葉が正解ではあるけれど、一人ひとり違っていいし、どれも正解です。
では、どんな言葉をかけたのか、予想して書きましょう」
菊池先生が問いかけると、真剣に考える子供たち。シートに書き込む鉛筆の音だけが教室中に響いた。
なかなか鉛筆が動かない、不安そうな子供の表情が見られたので、念を押すように、どの回答も正解であることを話しました。
話し合いの経験がない子供たちには、まず自由に立ち歩くこと自体を目的に
「先生が質問したとき、考えて悩んで、それでも鉛筆が動かないときがあるよね? 鉛筆が動いていないのに、先生が『書けた人?』と言っても、絶対に手は挙がらない。でも、自分で悩んで書けなくても、友達と相談して写したり書き加えたりして、その後に先生が『書けた人?』と言えば手が挙がる。それが教室ですね。よし、今から紙と鉛筆を持っていろんな友達と写し合いましょう」
菊池先生がそう話すと、子供たちは元気よく席を立って意見交換した。
普段の授業で自由にいろいろな友達と話し合った経験がない子供たちにとって、自由に立ち歩いて意見交換する活動は、ハードルが高いようです。
その上で、さらに「一人ぼっちを作らない」「男女関係なく意見交換する」という条件を提示したら、子供たちは動けなくなってしまいます。
自由な立ち歩きでの話し合いに慣れていない様子だったので、この場面では、「友達と意見を写し合う」ことより、「自由に立ち歩くこと」を優先し、いつも示す条件はあえて言いませんでした。
意見交換のあと、指名された縦列の子供たちが発表した。
●やればできるさ
●がんばれ
●おまえに賭けるぞ
●日本一の野球選手になれ
●次は打てる
「うん、みんな正解ですね。じつは、栗山監督は『よかったなあ』と言うんだそうです。なぜでしょうか? 紙に書きましょう」
菊池先生が話すと、子供たちの切り替えスピードがさっきより少し速くなった。
意見を書いた後、再び友達と意見交換。席に戻ると、菊池先生が黒板に
<一人が美しい>
と書き、最後列に座っていた男子の様子をみんなに伝えた。
「さっき、みんながいろんな友達と意見を交換している間、彼は最後まで一人で書いていました。先生が『友達と写し合っていい』と言ったけれど、彼は自分で考えて納得するまで一人で書いた。すごいことだね。はい、ここで拍手!」
みんなが男子に向かって拍手をした。
「こういう姿を<一人が美しい>と言います。周りの空気に流されないで頑張る人は、成長するんだね」
とほめると、男子が恥ずかしそうに微笑んだ。
「それでは、理由を言えそうな人?」
菊池先生の問いかけに、挙手した子が立ち上がって次々に発表した。
●「よかったな」と言うと、選手は負けず嫌いになって、練習すると思う
●失敗は成功の元だから
●日本のために戦ってくれているから
●選手を悩ませないように言った
●自信を持って打ちに行ったから
●失敗しても、またできるようになったら成長できる
●失敗から学べることがある
●これ以上選手が悪くならないように調子づけた
2番目に発表した男子は、先ほど菊池先生が栗山監督について知っていることを尋ねたとき、菊池先生に “無茶振り” され、苦し紛れに「日本人」と答えた子だ(#37参照)。
菊池先生がその子に向かって、
「さっきはドキドキしたと思うけれど、今度は手を挙げて、自分の言葉で発表したんだね。……ここで拍手!」
みんなが大きな拍手を送った。
(このレポートは次回へ続きます)
菊池省三先生による第38回解説
普段の授業では、教師の発問は、絶対解を求めるものがほとんどです。子供たちは一つの正解を答えることが当たり前だと考えているので、納得解を求める問いに戸惑います。
さらに多くの教師は、せっかく納得解を出し合う問いにもかかわらず、子供たちの答えに対し、
「残念、はい、次」
「惜しい、はい、次」
「はい、次」
と、“正解”(この授業の場合だと、栗山監督が選手にかけた言葉)が出るまで、子供たちに発表させていきます。
そういう授業に慣れてしまうと、たとえ「正解はない」と言われても、子供たちは自由に考えて書くことができません。むしろ、「当たればラッキー」とばかりに、思いつきでいい加減に答えるようになります。
答える場面に参加しているように見えても、実際は “雑音” と言ってもいいでしょう。
納得解の答えを子供たちが自由に発表できるまで、教師は「全てが正解」「思い浮かばなくても、友達と意見を交換して写してもいい」ことを何度も説明し、安心できる空気をつくっていくことが大切です。
※次回は、12月5日(火)AM6時に公開予定です。
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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第2回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <後編>
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