自分の “正義” を押しつける大人たち(前編) ~スクールソーシャルワーカー日誌 僕は学校の遊撃手 リローデッド⑩~

連載
スクールソーシャルワーカー日誌 僕は学校の遊撃手 リローデッド

一般社団法人Center of the Field 代表理事/スクールソーシャルワーカー

野中勝治
スクールソーシャルワーカー日誌
僕は学校の遊撃手
リローデッド

虐待、貧困、毒親、不登校──様々な問題を抱える子供が、今日も学校に通ってきます。スクールソーシャルワーカーとして、福岡県1市4町の小中学校を担当している野中勝治さん。問題を抱える家庭と学校、協力機関をつなぎ、子供にとって最善の方策を模索するエキスパートが見た、“子供たちの現実”を伝えていきます。

Profile
のなか・かつじ。1981年、福岡県生まれ。社会福祉士、精神保健福祉士。高校中退後、大検を経て大学、福岡県立大学大学院へ進学し、臨床心理学、社会福祉学を学ぶ。同県の児童相談所勤務を経て、2008年度からスクールソーシャルワーカーに。現在、同県の1市4町教育委員会から委託を受けている。一般社団法人Center of the Field 代表理事。

いきなり「一時保護しろ!?」

「5年生の男子がネグレクトされている! 対応しないといけんので、野中さん、すぐ学校に来てくれますか!?」

昼休みに、校長先生がすごい剣幕で電話をかけてきました。何事かとすぐにA小学校を訪ねると、「5年生の広務君が十分な養育を受けていないようです。きっとネグレクトだと思います!」と校長先生が興奮した様子で一気にまくし立てました。

広務君も、4歳上の兄が小学生だった頃も、学校から相談を受けたことはありません。児童相談所や警察への通報も聞いたことがなかったので、私は慎重に尋ねました。

「先生、ちょっと落ち着いて。こっちに座って、広務君の様子をもう少し詳しく教えてくれんね」

校長先生には、ひとまずソファに座ってもらいました。

「風呂にもろくに入ってないようだし、服も着替えていない。あざのようなものも見えるけ、家で何かあったに違いないと思うんです」

「広務君はなんて話してますか?」

私が尋ねると、校長は「いや、身なりについては気になっていたんですが、あざは今朝発見したばかりなので、まだ本人と話していません。専門家の野中さんと一緒の方がいいと思ったけ、すぐに来てもらったんです」と早口で答えました。

「それなら、まずは広務君から話を聞きましょう」

校長室に入ってきた広務君は、なぜ呼ばれたのかわかっていないのか、きょとんとしていました。伸びかけた髪にしわが目立つ服装ですが、何日も着たままには見えません。広務君の顔や首には、ただれが見えました。

「広務君、首どうしたん?」

私が尋ねると、広務君は「かゆくて掻いちゃった」と隠す様子もなく、答えてくれました。よく見ると、汗疹を掻きむしった痕のようです。

「そうか。最近暑かったもんな」

私が笑顔で話すと、広務君もニコッと返してくれました。

(これは校長先生が心配のあまり、先走ってしまったんだな)

広務君の屈託のない笑顔に、私は安心しました。

ところが、広務君を教室に帰すなり校長先生が「あざじゃなくて、汗疹だったんですね。でも、あんなにひどくなるまで病院にも連れて行かないなんて、同じ母親として考えられません。とりあえず、一時保護の方向で考えた方がいいんじゃないですか!?」と話しかけてきました。

極端な結論にびっくりした私は、校長先生に「家の様子はどうなんですか?」と尋ねると、「だから、あざは今朝気づいたので……」と歯切れが悪い返事です。

「じゃあ、少し様子を見てみましょう」

「はあ、そうですか……」

私の提案に、不満げな表情で校長先生がうなずきました。

それからというもの、毎日のように校長先生から電話が入るようになりました。

「昨日の夕ご飯を尋ねると、コンビニ弁当だったそうです」

「昨日はやきそばだけだったようだ」

「今日は、汗染みの洋服を着ている」

まるで業務報告のようです(笑)。

「それで、保護者と話はされたんですか?」と尋ねると、「こういう話はこじれると大変だから……」と口ごもります。

「わかりました。それなら、念のため児相さんと一緒に、私が家庭訪問に行ってきます」

「ありがとうございますっ! よろしくお願いいたします」

校長先生の声のトーンが上がったのがわかりました(笑)。

祖母と父親を相次いで亡くし、ひとりで子育てしていた母親

数日後、児童相談所の職員と一緒に、広務君宅を訪ねました。庭先には洗濯物がたくさん干してありました。布団干しをしている母親に声をかけ、家の中に入れてもらいました。家の中にも取り込んだ洗濯物がそのまま積み重ねられ、おもちゃや本が散らばっています。

「散らかっていてすみません」

母親が本やおもちゃをどかしながら部屋に招いてくれました。

「広務君ですが、実はこういうことがあって、学校が心配しているようです」

私が説明すると、母親は「そうですか……本当にすみません」と恐縮して何度も謝ってきます。

家庭の様子を聞くと、広務君の祖母と父親が前年に病気で相次いで亡くなり、病院の清掃スタッフをしながら、母親ひとりで3人の子供を育てていることがわかりました。

「いっぺんに家族を失ってしまい、毎日生活に追われて、子供たちのことを細やかに見ることができなかったけ、学校にも心配をかけてしまって……」

その後、学童保育から帰ってきた広務君と私たちがおしゃべりをしている間に、母親は保育園に末っ子を迎えに行ってきました。広務君と末っ子が母親にうれしそうにじゃれつき、母親もにっこり笑顔です。

「何か困ったことがあったら、いつでも連絡してくださいね」

広務君宅をあとにしながら、「心配するようなことは何もなかったね。今度、生活が厳しくなって連絡が来たら、そのとき対応しましょう」と児相職員と話しました。

翌日、家庭訪問の様子を校長に知らせると、「ああ、そうですか。わかりました」と素っ気ない言葉が返ってきました。「ネグレクトされている子を一時保護しなければ」という自分の “正義” が通らず、納得のいかない様子でした。

(本当に心配だったのなら、一度でもいいから家庭訪問に行って母親と話をすれば、ちゃんと事情がわかったのに)

そう思いましたが、心に留めておきました(笑)。

その後、A小学校から連絡が入ることはありませんでした。

*子供の名前は仮名です。

取材・文/関原美和子 撮影/藤田修平 イラスト/芝野公二

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