提言|岡田治美 理想と現実の狭間で、今、学校で何が起きているのか 【教師という仕事の価値を高め、失われた自信と信頼を取り戻すために 今、求められる教師像とは? #06】

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教師という仕事の価値を高め、失われた自信と信頼を取り戻すために 今、求められる教師像とは?
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世間からは「学校はブラック」だと思われ、保護者対応の難しさから自信を失い、教師という仕事に対する価値が以前よりも下がったのではないかと、感じている方もいるのではないでしょうか。そこで、どうすればその価値を上げられるのかを考えてみることにしました。教師たちの失われた自信と信頼を取り戻すために、今、求められている教師像を明らかにする8回シリーズの第6回目です。今回は、校長の立場から語っていただきます。教頭、校長をそれぞれ10年間経験した武庫川女子大学非常勤講師の岡田治美さんに話を聞きました。

岡田治美(おかだ・はるみ)
大阪市立小学校で41年間、教員を勤め、そのうち、教頭職を10年間、校長職を10年間経験。校長時代には熱い思いで子どもに寄り添いつつ、先進的な取組にもチャレンジしてきたことで知られる。2023年4月に定年退職し、現職。大学では、社会科教育と教職実践講座を担当している。

本企画の記事一覧です(週1回更新、全8回予定)
 提言|合田哲雄 教師という仕事の価値は下がるどころか、むしろ高まっている
 提言|前田康裕 ICTを活用したクリエイティブな学びと情報発信
 提言|神内聡(弁護士) 分かり合えない保護者にどう対応するか
 提言|成田奈緒子(小児科医) 発達障害かもしれないと思ったら、教師がすべきこと
 提言|赤坂真二 令和版、尊敬される教師とは?
 提言|岡田治美 理想と現実の狭間で、今、学校で何が起きているのか(本記事)

教師という仕事の価値は不変である

私は教師という仕事の価値が低下しているとは思っていません。

最初にお話ししておきたいのは、 授業が上手にできて、子どもたちをしっかりしつけられる先生が、価値の高い仕事をしていると私は思っていないことです。学校には、授業中に教室を抜け出す、暴れるなど、いろいろな問題行動をする子どもたちがいくらでもいます。問題行動が起きたときに、教師が一方的に「ちゃんと座りなさい」と言うのではなく、その子どもの言葉に耳を傾けることが何よりも重要だと思っています。そして、どうすればいいのかを子どもと一緒に考え、一緒に悩んで、教師も成長していくのです。そうやって、すべての子どもの学ぶ権利を保障するのが教師の仕事であり、その価値は不変だと思うのです。

若い教師たちの理想と現実

最近の若い教師は、学生のころから、一斉指導型の学習ではなく、子ども同士の対話を元にした学び合いの学習のしかたを学んできています。デジタルスキルも高く、調べ学習、表現活動、話合い活動などに生かしています。子どもに寄り添って、子どもの声を聞くことの重要性を、理念としては理解しています。あれこれ口を出さずに、子どもの主体性を大事にし、一人一人の子どもの良い面を伸ばしたいと思っています。

しかし、そんなふうに理想を描いて教師になるものの、学校では、理念と現実の乖離が起きているように思います。実際に教師になってみると、自分のクラスで様々な問題行動をする子どもが出てきて、その対応に追われるのです。それは、自分が思い描いている理想と、現実に起きたことをどうつなげるか、そのスキルがないせいです。それから、子どもを未熟な存在であると思い込んでいるせいでもあります。子どもにはできることがたくさんあり、自分たちで考えて行動できるのですが、教師が自分一人でいちいち指示をしなくてはいけないと思い込んでいる場合が多いのです。

結局、「私はこんなことをするために先生になったわけではないのに……」などと思いながらも、「教師は教師らしくしなければいけない」という意識から抜け出せず、ベテラン教師たちがしているように実に細かい指導を始めるのです。その結果、子どもは自分でものを考えなくなりますし、息苦しさを感じる子どもも出てきます。

つまり、若い教師たちには、子どもたち一人一人を大事にしたいという理想があったはずなのに、うまくいかなくて、結局、元の一斉指導に戻っていっているという現実があります。それで、子どもたちを枠に閉じこめようとするのですが、閉じ込めようとすればするほど、そこから出ていく子どもが増えてしまいます。その悪循環に陥っているのが今の学校なのではないかと思っています。教師という仕事の価値が上がったとか下がったとか、そういうことには関係なく、迷走している感じがします。

何もわからないからこそ、一緒に学んでいく

現在、理想と現実のギャップに苦悩している多くの教師が新たな一歩を踏み出すために、必要なことを二つ挙げておきます。

一つ目は、教師自身が「教える人」「導く人」という呪縛から解き放たれることです。「教える人」として出発すると、問題行動を起こす子どもとよい関係を築くことが困難になるからです。

教室から抜け出す子ども、不登校になる子ども、障害のある子ども、外国にルーツがある子ども、家庭に課題のある子どもなど、実に多様な子どもが集まっているのが教室です。彼らに向き合っていくには、まずはその子や周りにいる子どもから「話を聞く」ことが重要です。それを受けて、教師は自分の考えを変え、学ぶ姿勢が求められます。「困っていない子どもなどいない」というマインドに立ち、子どもからも保護者からも学ぶことで少しずつ解決への道が見えてきます。

例えば、教室を抜け出す子どもがいたときに、個別で「何がしたいの?」と話を聞くのは大事なことです。必ず、その子なりの理由があるからです。そして、「先生は何ができる?」と聞くことです。時間はかかっても、その子との対話を続けていく必要があります。また、周りの子どもたちには「〇〇さんのことはどうしたらいいだろう?」と聞いてみます。そうすると、「先生、あいつは、家に帰ったら、こんなことになっているよ」などと子どもが事情を教えてくれるかもしれません。結局、一人一人の子どものことを何もわかっていないという自覚があり、ちゃんと子どもと対話できる教師が、価値ある仕事をしている教師だと思います。逆に、子どものことをわかったつもりになっていることは危ういと感じます。

教師が一人で問題を抱え込まないことが大切

二つ目は、教師が問題を一人で抱え込まないことです。子どもにも、同僚にも、管理職にも、「助けて」と言えることが大切だと思っています。それは、自分の弱さをちゃんとわかっているからこそできることです。

しかし、実際は問題を一人で抱え込み、一人でなんとかしようと思ってしまう先生が多いのです。だから、つらくなってしまうのです。「チーム学校」という言葉が盛んに使われますが、実際には機能していないことが多いのではないでしょうか。

それを防ぐために、私は校長時代に学級担任制をやめました。学年担当制とし、1学年を2人で見ることにしたのです。2つの学年を4人で見ることもありました。例えば、普段は5年生の指導をする先生が、フレキシブルに動いて、6年生が大変なときは6年生に入ることもあります。

その際の指導教科の分担は、チームを組む先生たちで相談して決めてもらいました。その結果、自分たちは教科担任制でやろうと決めた学年もありました。管理職がすべてを決めてしまうのではなく、教師に任せて、自分たちで組織を運営していくのはとても大切なことです。

このように学校の仕組みを変えたことで、若い教師が多かったこともあり、子どもがどんどん生まれました。教師が結婚して出産して、産休に入り、育休に入り、男性教師も育児時間をとるようになりました。私が校長をしていた10年間に、生まれた子どもの数は20人を超えます。「この学校でなら子どもを産んで育てられる」という声も聞かれるようになりました。

また、ある年は6年生担当の先生に、6年生のお子さんがいたのですが、卒業式の日程が、重なってしまったことがありました。こういう場合、仕事を優先するのではなく「自分のお子さんの卒業式に行ってください」と私は言いました。これは学級担任制ではないからこそ、できることです。その先生は素敵なビデオレターを作って卒業生にメッセージを贈ってくれました。教師自身が、家庭生活を大切にして幸せを感じることで、学校では一生懸命、たくさんの子どもを教育しようと思えるのではないでしょうか。今の教師にとって大事なのは、自分の仕事に対して誇りを持ち、家庭生活にも幸せを感じ、教師になってよかったと思えることです。そして、教師自身が家庭を大切にできるように配慮することは管理職の仕事だと思います。

もしも教師が家庭に心配事を抱えていれば、パフォーマンスが低下します。管理職は、個々の教師の変化にいち早く気付けるためのアンテナを持っていたいものです。そのためには、教職員をよく観察し、日ごろから声かけをして、信頼関係を築いておくことが重要です。声かけをするときのポイントは、学級の子どもの成長をほめることです。それは教師にとって、一番うれしいことだからです。「子どもたちがこういうふうに育っているね。この前、こんなことを私に言ってきましたよ」などと、子どもの変容を見つけたら、どんどんフィードバックしていました。こういった声かけを日常的に続けていくことが、風通しの良い職員室をつくることにもつながります。

モンスターペアレントなどいない

保護者との関係は、「この学校の先生は、私たちの子どもに対して真剣に関わってくれている」、そう思ってもらえることが大切です。それには、子どもの成長を願う仲間同士だという教師側からの発信が必要であり、個々の子どもについて、保護者にしっかりと連絡をとり、ときには相談して、信頼関係を築く必要があります。

先生方に間違えないでほしいのは、保護者が相談にくることがあったとしても、「じゃあ、こうしたらどうですか」などと教師から助言されたいわけではない、ということです。まず話を聞いてほしいのです。そしてその気持ちに共感してほしいのです。その上で、一緒に問題の糸口を考えてほしいと願っています。私は10年間、校長をしていましたが、モンスターペアレントのような保護者は一人もいませんでした。そもそもモンスターペアレントなどいません。大事なのは、簡単にわかった気にならないことです。子どもへの対応と同じで、保護者に対してもどのようにしたいと考えているのかを常に問い続けることが大切なのです。

また、子ども同士のトラブルが発生すると、中には「あの子さえいなければ」という排除の意識で苦情を寄せる保護者がいます。その意識を変えていくのは難しいことですが、粘り強く対話を続けて理解を求めていくのが、校長の仕事だと思います。

子どもたち同士の関係も対話をしながら作っていくことができます。このトラブルをどうしていったらいいのか、それを考える力を子どもはもっていますので、その過程を保護者全体に伝えていくことで、教師への信頼感が高まり、協力者を増やしていくことができます。

例えば、遠足で5年生は毎年、山登りをするのに、今年は足が不自由なAくんがいるとしたら、「Aくんがいるから、遠足で山登りは無理だよね」と決めつけないことです。Aくんも楽しめる場所はないかと、子どもたちと一緒に新たな遠足先を探してみるのもいいと思います。あるいは、Aくんが「どうしても山に登りたい」と言うのなら、「Aくんが山に登るにはどうしたらいいのか」をみんなで考えるのです。そうやって、排除しない学校をつくりましょう。それが共に生きていく社会へとつながっていきます。

教師はもっと広い世界に目を向けよう

教科の指導法、デジタルスキル、子どもとの接し方など、今の教師に学んでほしいことはいろいろありますが、それだけで満足してしまうと、一人の人間としての幅、教養が狭くなってしまい、世の中のことが見えなくなってしまうと思うのです。

やはり、教育以外の広い知識を学んでほしいと思います。例えば、政治・経済、文化・芸術、海外の暮らしや文化などに興味を持ってほしいのです。

もっと学校の外に出て、いろいろな人に会い、いろいろな話を聞き、いろいろな本を読み、社会に目を向けてほしいと思います。子どもたちはつらさや苦しみをわかってくれる先生に、相談しにきます。

校長をしていたとき、校長室の扉は、常に開けてありました。校長室は1階にあったので、子どもたちは登校してきたら、まず校長室に入ってきて、「校長先生、おはよう」と言ってから、そのまま隣の職員室へ入り、そこを通り抜けて教室へ行っていました。中には、校長室に朝、ランドセルを置いて、そのまま一日中校長室で勉強する子どももいました。

ほぼ1年間、校長室で過ごしていたBさんがいました。Bさんが話したいときには黙って聞いていました。そのBさんが高校生になったとき、私に相談したいことがあるといって、小学校へやってきました。Bさんは家庭でいろいろあったらしく、「私って生きている価値がないのかな」と言うのです。そのときにも私は「あなたはどうしたいの?」「私には何ができる?」という言葉がけしかできませんでした。励ましや勇気づける言葉ではなく、ともに悩み、考えることしかできないのが教師という仕事です。それでも、寄り添ってくれる大人がいれば、子どもは立ち上がり、歩き出す力をもっています。教師である前に一人の大人として、人として、子どもと向き合うことこそが教師の仕事の価値だと思います。

取材・文/林 孝美

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