提言|神内聡(弁護士) 分かり合えない保護者にどう対応するか 【教師という仕事の価値を高め、失われた自信と信頼を取り戻すために 今、求められる教師像とは? #03】

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教師という仕事の価値を高め、失われた自信と信頼を取り戻すために 今、求められる教師像とは?
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世間からは「学校はブラック」だと思われ、保護者対応の難しさから自信を失い、教師という仕事に対する価値が以前よりも下がったのではないかと、感じている方もいるのではないでしょうか。そこで、どうすればその価値を上げられるのかを考えてみることにしました。教師たちの失われた自信と信頼を取り戻すために、今、求められている教師像を明らかにする8回シリーズの第3回目です。今回は、多くの教師を悩ませる保護者対応に注目します。そのために教師は法律を学ぶ必要があるのでしょうか。日本で唯一、現役教師でもあるスクールロイヤーの神内聡さんに話を聞きました。

神内 聡(じんない・あきら)
1978年、香川県生まれ。東京大学法学部政治コース卒業。同大大学院教育学研究科、筑波大学大学院ビジネス科学研究科修了。私立中高一貫校で弁護士資格を持つ社会科教師(兼務嘱託教諭)として週3日勤務しながら、弁護士として教育委員会などのスクールロイヤーとして活動。また、教職大学院准教授として学校経営論の研究を行っている。著書に、『学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場』(角川新書、2020)など。

本企画の記事一覧です(週1回更新、全8回予定)
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 提言|神内聡(弁護士) 分かり合えない保護者にどう対応するか(本記事)

スクールロイヤーの仕事とその役割とは?

スクールロイヤーには明確な定義はありませんが、一般的には学校が抱える様々な問題を法的に解決する弁護士として理解されています。現在のところ、スクールロイヤーで圧倒的に多いのは、教育委員会からの法律相談を専属で担当する弁護士です。自治体の顧問弁護士とは違い、スクールロイヤーとして活動しているのは、子どもの権利などが専門の弁護士さんが多いようです。そして、最近増えてきたのは、教育委員会の職員として弁護士資格を持った人を採用しているケースで、学校の負担軽減にとても役立っています。

私は2012年から私立中高一貫校で社会科の教師をしながら、スクールロイヤーの仕事もしています。教師であり、スクールロイヤーでもあるのは、今のところ全国で私だけかもしれません。

スクールロイヤーとしての仕事は、基本的に教育委員会の指導主事から相談の依頼があります。まずは教育委員会が学校の管理職から相談を受けて、指導主事から私にメール又は電話で相談の依頼が来ます。また、校長先生から直接、メール又は電話で相談が来て、私が教育委員会に事後報告するパターンもあります。

スクールロイヤーを担当する学校からの相談件数の合計は、簡単な相談も含めて年間100件程度です。例えば、学校で何か事件が起きて相談のメールが来て、メールで回答するパターンがほとんどですが、中には保護者が文書での回答を要求してくるケースもあり、その場合は、保護者に渡す文書を添削したりします。また、問題がこじれて保護者側が弁護士をつけてきた場合には、スクールロイヤーとして話合いの場に同席することもあります。ごくまれにですが、いじめの加害者と被害者の保護者同士で、顔を合わせて話をするときなどに、私が中立的な立場で同席し、場合によっては法律的な助言をすることがあります。もちろん、年に数件程度ですが、相談の中には簡単には解決できず、裁判までもつれてしまうケースもあります。

相談内容で圧倒的に多いのは保護者対応です。いじめ、学校事故、不登校、教員の不適切な指導といった、あらゆるトラブルがどれも保護者対応につながるからです。その中には、いわゆるモンスターペアレントと呼ばれるような、理不尽な要求をしてくる保護者も存在しています。こちらの言うことは全然聞かず、話が通じない人に対しては、例えば、「ここが学校の限界ですと言ってください。それ以上の対応はしなくて構いません」のように助言することもあります。

そのような保護者を見ていて感じるのは、正しさを求めるというより、とにかく、子どものために何かをしたいという気持ちが強いことです。子どもが苦しんでいるのなら、助けるのが親の役目だと感じ、学校に色々言ってくるのではないかと思います。中には、子どもとの関係がうまくいっていない人もいます。そういった人たちは、なおさら子どもにいいところを見せなければという思いが強すぎて、過剰に反応するのです。

スクールロイヤーが扱う案件の難しさは、当事者が多く、また利害関係が複雑であることです。普通の弁護士の仕事では依頼者とその相手の利害関係を見ていればいいのですが、スクールロイヤーの場合は、保護者同士が対立している構図でも、実際は子ども同士の対立なので、当事者が多い上に親子の利害関係も重要です。なぜなら、子どもの言い分と保護者の言い分が違うのはよくある話だからです。そして、学校側の当事者も、担任の先生が解決したい方向性と、校長先生のそれがずれていることがよくあります。

一方、スクールロイヤーにとってやりやすい案件は、個人情報や著作権などの相談です。これらは法律で決まっているので、法律的な見解を出して学校に伝えます。この他に、スクールロイヤーが役に立つのは、虐待のケースです。児童相談所や福祉施設、警察などにつなぐときに、弁護士が学校を代弁して法律的な見立てを示すと動いてくれやすいのです。

保護者とのトラブルを防ぐために教師に必要なこと

私も以前は毎年のように担任をしていましたが、もちろん、担任当時は保護者から苦情を受けることもありました。弁護士だからと言って、保護者対応がすべてうまくいくわけではないのです。

保護者対応で先生方に意識してほしいと思うことが二つあります。一つ目は、保護者が見ている景色を想像することです。保護者が見ている景色の中には、自分の子どもしかいなくて、入ってくる情報は学校から帰ってきた子どもの言い分のみです。それに対し、学校の先生が見ている景色には、たくさんの子どもがいます。他の子どもの言い分も聞いているので、入ってくる情報量が圧倒的に多いのです。

弁護士の仕事は、訴えた側と訴えられた側の応酬です。弁護士は常に、相手の弁護士ならどのような主張をするかを想定しながら仕事をしています。それと同じように、学校の先生方も、保護者が見ている景色を想像し、相手がなぜこのようなことを言ってくるのだろうかという背景事情を考えていくことが大切だと思います。

保護者対応で先生方に意識してほしいことの二つ目は、分かり合えない保護者は、絶対に存在するのであり、その人たちと分かり合う必要はない、ということです。教師としては、子どもへの愛情や保護者との信頼関係を大事にしたいですし、すべての子どもや保護者と、分かり合いたいと思う、その気持ちは理解できます。しかし、どうしても分かり合えない人は存在します。その時こそ法律の出番であり、弁護士に相談する必要があると思います。

教師に法律の知識は必要なのか

「理不尽な要求をしてくる保護者に対応するために、これからは教師にも、法律の知識が必要なのでは」とおっしゃる方もいるようですが、私は教師一人一人が、法律にそこまで詳しくなる必要はない気がします。民間企業の社員も、病院で働いている医師も、一人一人が法律に詳しいわけではありません。そのかわり、困ったときには弁護士に相談しているはずです。

私は民間企業や病院の顧問弁護士もしていますが、組織で働いている一般の社員や医師個人から弁護士に直接「法律相談をしてほしい」と言われることはほとんどありません。組織で対応するため、組織の責任者から弁護士に相談するのが当然だからです。一方、学校では、個々の先生から教育委員会や管理職を通さずに「弁護士に相談したい」と言われることが多いです。なぜなら、教師の仕事はそれだけ仕事が属人的で個々の裁量が多く、組織で統一的に仕事をしているというよりは、その先生のやり方で仕事をしているからです。

仕事が属人的であることは、決して悪いことばかりではありません。担任の先生がそれぞれ、こんなクラスを作りたいと思うのは当たり前の話です。学校では今、「個別最適な学び」が重視されていて、担任は子ども一人一人に応じた対応が求められます。属人的であるということは、それだけ教師が専門職として裁量をもって仕事に取り組めるということです。

しかし、保護者対応に関しては属人的な仕事のやり方がマイナスになることが多いです。先生方がそれぞれのやり方で保護者一人一人に対応しているため、それぞれの法的なニーズが発生してしまい、結局、個々の先生の負担が大きくなってしまうのです。

そもそも法律は、そのような個別な対応とは相容れないものです。法律はある程度画一的に対応するためのツールだからです。そのため、多くの民間企業では、消費者からのクレームを受けるための窓口を作り、対応を一元化していますし、病院にもクレーム対応を行う部署があります。このように、社会的にはクレーム対応は一元化してある程度画一的に法律を用いて対応するのが普通なのです。ところが、学校ではどうなっているかというと、学校にも教育委員会にも専門の部署がないため、各担任の先生が法的に対応しなければならない状態になっています。

例えば、担任の先生は個人事業主で、各クラスが個人商店のようなものだとしましょう。そうすると、学校は商店街です。商店街に並ぶ各店舗の店主が、それぞれ法律を勉強して、クレームを言ってくるお客に個々に対応していたらキリがありません。それよりも商店街に法務やクレーム対応の組織をつくり、各商店が抱える法的問題を、専門家がまとめて法的に対応する方がよいと思うのです。店主にとっても、法律の勉強とクレーム対応に時間を割くよりも、売り上げアップにつながる方法を考えたほうが有益です。

このように学校でも法的なニーズには一元化して対応する必要があるのですが、現在、スクールロイヤーの制度を導入している自治体は、市レベルであっても全国の5分の1程度です。スクールロイヤーがいない地域のほうがまだまだ多いのです。教育委員会に法的対応を担当する専門部署をつくり、スクールロイヤーに相談できるしくみをつくることで、先生たちの負担を軽減することが期待できるのではないでしょうか。

ただ、スクールロイヤーとして、たくさんの先生方を見ていて思うのは、先生方の中には専門家に相談することを恥ずかしいと思う人が多いことです。仕事でいつも子どもの間違いを指摘しているので、自分の間違いを指摘されるのが嫌なのかもしれません。民間企業は基本的にピラミッド型の組織なので、入社して平社員で過ごす何年間かは上司にチェックされたり、同僚にも指摘されたりする経験をたくさんしていますが、教師は上司や同僚から事細かに自分の仕事をチェックされたり、間違いを指摘されたりすることはあまりありません。そのため、先生方は専門家に相談して指摘を受けることを躊躇するのだと思いますが、病気になったら医者に行くのと同じように、専門家に相談するのは社会人としてとても大切なことです。

私が教師を続ける理由

私は現在も教師として私立中高一貫校で兼務嘱託教諭という身分で働いています。授業を担当する科目は「公共」と「世界史」です。また、部活動顧問も担当していて、ボランティア活動を行う社会福祉部という部の顧問をしています。学校には週3日、半日ですが定期的に勤務しています。

これ以外には兵庫教育大学の教職大学院に週1~2日勤務し、主に現職の先生方である院生に対して、教育法規、学校の危機管理、学校経営の在り方などを講義しています。弁護士の仕事は教師と大学の仕事の合間を縫って行っていることが多いです。

私が教師を続けている理由は二つあります。一つ目は、教育現場の現実を知っておきたいからです。学校教育は誰もが経験しているので、教育問題に関わる際にはどうしても自分が経験した学校教育に影響されがちですが、それはあくまでも個人的経験や印象に基づくものです。個人的経験を離れて、今の学校現場で実際にどのようなことが起きているかを客観的に知るためには、できるだけ現場で働いたほうがよいと思うのです。

二つ目は、単純に教師の仕事が楽しくて、魅力的だと思うからです。教師は未来のある子どもたちの人生に関わっていける、素晴らしい仕事だと思っています。教師の仕事では未来のある子どもたちと毎日会えますが、弁護士の仕事では基本的にトラブルを抱えた人しか会いません。また、依頼を受けて裁判で勝ったとしても、裁判をした相手からは嫌われてしまう仕事です。

この他にも教師のよい点をあげるとしたら、適度にアバウトなところです。弁護士の場合は、法律にのっとって正確な文言で文書を作成しなければならないし、裁判所の手続きは非常に厳格です。しかし、学校では、板書する際に一字一句指定された書き方があるわけではなく、授業の内容や時間配分も細かく指示されることはありません。また、教師の仕事は子どもたちからの評価がダイレクトに分かるところも気に入っています。今日の授業が下手だったら、生徒は「分かりにくかった」とすぐに言ってきます。もちろん、それが嫌いな先生もいると思いますが、私には向いています。

結局、教師の仕事には向き不向きがあると思うのです。教師に向いているのかどうかは他の仕事を経験するとわかります。同時に、他の仕事をしてみると、教師という仕事のよいところもわかるはずです。しかし、学校の先生で、他の仕事の経験がある人は、1割もいないのではないのではないでしょうか。そのため、不向きなのに教師でいる人、教師という仕事の魅力に気づかないまま働いている人がいるのではないかと思います。

「下げられてしまった」価値を上げるには

教師という仕事の価値が下がっているのかどうかは微妙なところです。確かに、昔と比べると保護者の学歴が高くなり、教師よりも学歴や社会的地位の高い保護者が増えています。そういう意味では、教師の威厳、専門性が尊重されなくなってきていることはあるかもしれません。しかし、それは他の職種でも同じで、弁護士も実は専門性が低下しています。なぜなら、インターネットで検索すれば、いくらでも法律の知識が得られますし、ChatGPTを使えば、完全な正解ではなくても、8割程度の正解を教えてくれる時代になったからです。そういう意味では、これからの時代、専門職の専門性がますます下がってくるのは仕方がないと思うのです。

それでも、先述したように、子どもの人生に関わっていけるという、教師という仕事の本来の価値は変わりませんから、他の仕事と比べて教師の価値が特に下がっているとは思えないです。

ただ、最近はあまりにも「教師はブラックだ」という主張が多すぎて、教師という仕事の価値が必要以上に「下げられている」と感じています。

例えば、「教師はブラックすぎて辞める人が増えている」という話をよく聞きますが、実際には民間企業と比べると教師の離職率ははるかに低いです。また、教師を辞めた人が他の仕事で成功しているのかどうか、追跡調査を行っているわけではありません。教師を辞めた人が他の仕事でみんなうまくやっているのであれば、原因は学校にあるのかもしれませんが、そうでないならば学校ではなく個人の問題である可能性があります。

確かに教師という仕事にはブラックな面がありますが、どんな仕事にもメリットとデメリットがあると思うのです。

例えば、小学校の先生は1年目から担任を任されますが、民間企業で入社して1か月の新人に、1社の取引を全部任せることはまずありません。新人であっても責任のある仕事を任せられ、大きな裁量を与えられることにやりがいを感じる人もいれば、これが負担で「ブラックだ」と感じる人もいます。

教師は残業をしても残業代が出ないことを、デメリットと感じる人が多いと思います。しかし、その代わり教師は一人一人の仕事内容を組織からきっちり管理されているわけではありません。もしも残業代を民間企業と同じように出すのであれば、教師一人一人の仕事内容を厳密に管理することになりますが、属人的な仕事のやり方をしている教師にとっては仕事を管理されることに苦痛を感じる人もいるでしょう。

また、売り上げのノルマや利益を上げるプレッシャーを感じなくてよいのは、教師という仕事のメリットの一つだと思うのですが、その半面、頑張っている人が報われません。授業が上手い人も下手な人も同じ給料ですし、年功序列型賃金なので、授業が上手い若手よりも下手なベテランのほうが給料は高いです。

「教師はブラックだ」と盛んに主張している人たちが、メリットもデメリットも挙げたうえで議論をしているのなら納得がいくのですが、ことさらにデメリットだけが一方的に挙げられることが多いため、フェアではないように見えます。しかも、現状は「教師はブラックだ」と主張する人たちしかSNSやネットに書き込まないため(中には「忙しい」と言いながら勤務時間中にSNSに書き込んでいる人もいます)、それ以外の意見が言いづらい空気になっています。そもそも教師は他の仕事を経験している人が少ないため、他の仕事と比べた教師のメリットとデメリットが議論しづらいのです。

このため、教師の仕事は実際以上に「ブラック」だと思われてしまい、その状態が何年も続いているので、優秀な人が教師という仕事を選ばなくなってしまう悪循環に陥っていて、採用倍率も低下しています。さらに管理職になりたい人はそれ以上に減ってきているので、組織としての持続可能性が失われつつあり、このままではトラブルがさらに増えて、解決もできなくなるのではないかと心配しています。

今後は必要以上に下げられてしまった教師という仕事の価値を上げるために、見方を変えて考える必要があります。例えば、教師が属人的に仕事をすることや、ある程度の仕事の裁量が認められていることのメリットとデメリット、売り上げのノルマや利益を上げるプレッシャーを感じなくてよいことのメリットとデメリットなどを教師が意識することが重要でしょう。さらに、他の仕事と比べて教師のメリットとデメリットはどうなのかということも考えて議論や改革を進めていく必要があると思います。

取材・文/林 孝美

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