「アントレプレナーシップ教育」とは?【知っておきたい教育用語】
文部科学省は、失敗を恐れず、新たな価値やビジョンを創造できる人材の育成を推進しています。将来、イノベーションを起こしていく学生を育成するため、起業家教育ともいわれるアントレプレナーシップ教育に国が力を入れ始めています。
執筆/創価大学大学院教職研究科教授・宮崎猛
目次
「アントレプレナーシップ教育(起業家教育)」とは
アントレプレナーシップ教育は起業家教育ともいわれ、狭義には起業家(アントレプレナー)を育成する教育とされます。起業家教育は雇用環境や産業構造の変化にともなって2000年代頃より注目されるようになりました。
最近では、必ずしも起業家そのものの育成(アントレプレナー教育)を目的とするのではなく、アントレプレナーシップ教育として起業家に求められる性質や態度(シップ)を育成する教育として幅広くとらえられるようになりました。起業家に必要とされる精神(チャレンジ精神、創造性、探究心等)や資質・能力(情報収集・分析力、判断力、実行力、リーダーシップ、コミュニケーション力等)の育成に着目されるようになったのです。それらは社会人基礎力の根幹をなすものでもあることから、小学校から高等学校までの学校現場にも、総合的な学習の時間などに取り入れられるようになってきました。
背景には劇的に変化する現代社会を生き抜くために、現実の社会問題を解決し、より良い社会を構築していくことができる意欲や能力の育成が求められるようになったことがあります。「与えられた問題を正しく解く」ことだけではなく、「自ら課題を発見し、自分事として捉えて解決する」能力や姿勢が求められるようになったのです。
アントレプレナーシップ教育で育成される能力
経済産業省の調査報告によれば、起業家教育では次の3つの力を育成することができると説明しています。
①起業家マインド(起業家精神、アントレプレナーシップ)を育む教育
・チャレンジ精神(新たなことや目の前の新たな課題に挑む気概)
・志(やる気・動機)、情熱
・リスクを恐れない勇気など
②起業家的能力を身につける教育
・想像力、創造力、課題発見力、ポジティブ思考
・コミュニケーション力、論理的思考力、表現・プレゼンテーション力
・情報収集力、問題解決力、企画力、行動力、決断力など
③起業家的スキルを身につける教育
・経済活動(実社会)のしくみ・考え方の理解
・ビジネス、商売体験
・ビジネス実務知識(起業に必要となる知識)
このうち①と②が、アントレプレナーシップ教育と捉えることができます。また、小・中学校でのアントレプレナーシップ教育を実践してきた上西好悦氏はその最終的な目標は「自己発見」「自己開発」であるとした上で、創造力、イニシアティブ、チャレンジ精神、コミュニケーション力、決断力、判断、問題解決能力、チームワーク力といった技能を授業で使いながら培っていくものであると述べています。
アントレプレナーシップ教育と探究活動、キャリア教育
今般の学習指導要領には、総合的な学習(探究)の時間等で「探究活動」が幅広く取り入れられるようになりました。探究活動は実社会・実生活上の課題の解決に向けて、問題解決的な活動を発展的に繰り返す教育活動です。アントレプレナーシップ教育では、問題の発見やその解決に有益な方法論をもっており、探究活動の展開に役立つものとなります。
また、学校教育で行われるすべての教育はキャリア教育であるとされ、「一人ひとりの社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通してキャリア発達を促す教育」と定義づけられています。キャリア教育で求められる4つの領域「人間関係形成・社会形成能力」、「自己理解・自己管理能力」、「課題対応能力」、「キャリアプランニング能力」はアントレプレナーシップ教育が育成する資質・能力と合致しています。その意味でアントレプレナーシップ教育は今日求められる資質・能力を育成する教育方法として汎用性をもつものといえるでしょう。
アントレプレナーシップ教育の動向
近年、大学生による起業がメディアに報じられることも珍しくなくなってきました。大学生向けに様々なビジネスコンテストも開催されるようになりました。こうした大会への参加を通してアントレプレーナーの育成やそのための教育が行われるようになってきました。
一方で2021年の調査では、アントレプレナーシップ教育をカリキュラムとして組み込んでいる4年制大学は約3割にとどまり、アントレプレナーシップ教育は、大学(学部・修士)の1%の学生にしか提供されていないとされています。こうした状況を受け、文部科学省や経済産業省、中小企業庁等が助成金や補助金を拠出し、アントレプレナーシップ教育の普及に取り組んでいます。
高等学校では、2022年度より探究活動(総合的な探究の時間)が必修で取り入れられたことから、アントレプレナーシップ教育に類似した実践が行われるようになってきました。また、文部科学省は小・中学校段階からのアントレプレナーシップ教育も必要であるとして、2016年度に「起業体験推進事業」の取組を開始しました。その成果として2022年に、起業体験活動のモデルを全国に普及させることを目的とした実践事例集を作成しました。
▼参考資料
文部科学省(PDF)「アントレプレナーシップ教育の現状について」(2021年7月30日)
文部科学省(ウェブサイト)「小中学校等における起業体験推進事業」(2016年)
文部科学省(ウェブサイト)「小・中学校等における起業体験活動 実践事例集」(2022年)
経済産業省(ウェブサイト)「平成17年度版 新規事業発展基盤調査 起業家教育の実施状況及び 普及・定着に関する調査報告書」(2005年)
上西好悦 著『キャリア教育を支えるアントレプレナー教育』日本標準(2006年)
宮崎猛、桐山信一 著『サービス・ラーニングとアントレプレナー教育を取り入れた高大連携プログラム─「SAGE JAPAN」における社会貢献 プロジェクトの教育効果─』創大教育研究 第31号(2022年)