【木村泰子の「学びは楽しい」#11】10年後の子どもの姿を想像していますか?

連載
木村泰子の「学びは楽しい」【毎月22日更新】

大阪市立大空小学校初代校長

木村泰子

1年間のまとめの時期となる三学期。あれもこれもと焦って、目の前の子どもと向き合うことを忘れていませんか?今回は、最近会った卒業生の言葉と読者からいただいたメッセージを紹介しながら、子どもとの関わりについて考えていきます。(エッセイのご感想や木村先生へのご質問など、ページの最後にある質問募集フォームから編集部にお寄せください)【 毎月22日更新予定 】

執筆/大阪市立大空小学校初代校長・木村泰子

イラスト/石川えりこ

新たな気持ちで「子どもを主語」に

2023年がスタートしました。新たな気持ちで子どもと学びを楽しんでいますか? まとめの時期だからあれもこれもとしなければならないことに焦っていませんか? 少々残していても大丈夫! それよりも目の前の子どもの事実に向き合う時間を大切にしてください。(困っていないだろうか)(無理していないかな)……。

先生に余裕がなくなると、常に主語が先生になってしまって、子どもの事実を見なくなってしまうものです。それどころか、自分の仕事のペースを乱す子どもが邪魔になってしまいます。私にもそんな失敗は数えきれないほどありました。毎日の授業を進めることが目的になり、(わからないのは子どもが努力しないから)と子どものせいにしてしまうのです。気づいたら、「はい」と言わない子どもを排除してしまっているのですね。

授業の目的は子どもを育てるためではありません。子どもが育つことです。何度も何度もやり直しをしてきました。一日の終わりに、子どもが「さよならメッセージ」としてそのときの自分の本音を言葉にして自由に書いて帰るのですが、私はその「さよならメッセージ」を読みながら、次の日にやり直しをしたものです。

卒業生と読者の言葉から

今年のお正月は卒業生から教えられることがとても多くありました。
年末に一人の卒業生からお正月に帰省しているから会いたいと突然電話があり、数時間話しました。大空小での6年間、彼は困り感をもちながらも悩みながら自分らしく学んでいました。中学は自分らしく学ぶ環境ではなく、「ふつう」のことをと言われ、学校に行くことをやめました。得意だったサッカーを生かし、高校は強豪校に入学し、今は夢だったJリーガーになり活躍しています。

そんな彼が、大空小で大切にしていたことは社会の当たり前ではないことに気づいたと言い、誰よりも努力してオリンピックやワールドカップに出て知名度を上げ、学校に行くことができていない子どもたちに「あきらめるな」「自分のやりたいことを伸ばせ」「未来は自分がつかむんだ」と伝えたいと語りました。小学校の時は、先生って嫌やったけど、現役選手を引退したら先生になりたいとも言いました。

そんな姿を小学校時代の彼の行動から想像できたかと言うと、自信がありません。彼だけではなく、子どもは限りない可能性をもっていることを突きつけられた気がしました。目の前の子どもの10年後の姿を想像すれば、誰一人排除したり、人と比べたり、否定したりできません。

こんなことを考えているときに、12月の「学びは楽しい」を読んでいただいた方からメッセージが届きました。

 
今回は特に身に染みました。
今はもう大人になっている二人の私の子。

当時、小学5年生の男の子、ユウタは学校から帰ってくると、玄関先でお漏らしをしました。
泣きながら「身体は大きくても、心の大きさはみんなとおんなじだ」と叫びました。
学年で一番大きくてしっかりとしているように見られ、負担に感じていたのでしょう。
誰とけんかをしても、人一倍大きなユウタが我慢させられたようでした。

この日から学校に行けなくなりました。
体が反応して起き上がれませんでした。
吐き戻すこともありました。
それでも「学校へいく」と言い、遅刻覚悟でゆっくりと体を動かし、私が付き添い学校へ行きました。でもすぐに連絡が来て迎えに行きます。
私も覚悟を決めました。
仕事でどうしても留守にするときは、明るく「吐きたいときはこの洗面器にね」「ご飯はこれ食べて」と外出しました。

唯一理解を示してくれたのは児童心療内科の先生。行くと、先生とはゲームの話ばかり。「先生だって大人だけど仕事行きたくない時があるんだよ。子どもだってあってもおかしくないよ。今度、なんのゲームしたか話をしよう」。それだけでしたが、毎回楽しみにし、心を開いていきました。そうやって少しづつ、ユウタの深淵をさぐっていられるようでした。

5.6年と行ったり行かなかったり。
「中学校はどうする?」と聞くと、「行きたい」と言う。入学予定の中学校の校長先生に私が交渉に行きました。小学校からどういう報告が来るかわからないので、お話しさせてくださいと。
中学からは先生方のサポートが厚く、無事に通い切ることができました。

小学校の校長先生は
「担任は私よりも先輩なのでなかなか難しい」と言い、担任は「私の対応は間違っていない」。
なんの解決の話にもならず、学校の対面だけを気にされていました。のちにこの担任の先生は、ある小学校の校長になっていました。
一度も前向きな話はできませんでした。

ユウタが成人したときに、「あの頃ずっと記録していたノートをあなたにあげる」と渡しました。
ユウタは「あの頃の記憶が抜けているんだ。全く覚えていないんだ。勇気が出たら、一人で読むよ」と受け取りました。私と振り返って話をすることは、もうありません。

こんな子育てをしていました。
毎日毎日、ユウタの心の中の言葉を聞けるように向き合っていたような気がします。

当時、「ごきょうだいがいらっしゃれば、その子に影響し不登校をされるかも知れないので気をつけてください」と診療内科の先生から言われました。3歳上の姉がいましたが、大学4年の時、やはり学校へ行けなくなりました。休ませてまた同じように程よく付き合いました。本人が落ち着いた時、「弟を見てた時、お母さんが弟にかまけていて弟が嫌いだった」と教えてくれました。

ユウタはもう35歳。小児科専門の看護師を中学から目指しました。今は大学で看護を教えています。3歳の娘をとても可愛がっています。
今、きょうだいの仲がとてもいいです。2人の間に3歳のメイちゃんがキラキラしています。

落ち着いた頃に、「この経験はなかなか他人には理解してもらえないこと。糧として忘れないでね。同じような経験をしている子の気持ちはきっと人一倍わかるはずだから、大事に忘れないで」と話していました。
 

いただいたメッセージから、それぞれに今の自分の子どもへの関わりを問い直したいですね。

どの子も限りない可能性をもっているということを忘れずに、目の前の子どもの心の言葉を聞き、子どもに向き合っていこう。

 

※木村泰子先生へのメッセージを募集しております。 エッセイへのご感想、教職に関して感じている悩み、木村先生に聞いてみたいこと、テーマとして取り上げてほしいこと等ありましたら、下記よりお寄せください(アンケートフォームに移ります)。

 

きむら・やすこ●映画「みんなの学校」の舞台となった、全ての子供の学習権を保障する学校、大阪市立大空小学校の初代校長。全職員・保護者・地域の人々が一丸となり、障害の有無にかかわらず「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに尽力する。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」流・自ら学ぶ子の育て方』(ともに小学館)ほか。

 

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