ライブ(授業)の醍醐味は一人ひとりの即興力【菊池省三流「コミュニケーション科」の授業 #7】
教師と子ども、子ども同士のコミュニケーション不足こそ今の学校の大問題! 菊池省三先生が、1年間の見通しを持って個の確立した集団、考え続ける人間を育てる「コミュニケーション科」の授業の具体案と学校管理職の役割を提示します。
第7回「コミュニケーション科」の授業は、<ライブ(授業)の醍醐味は一人ひとりの即興力>です。
即興力
目次
書いたことだけが意見ではない
先生方から、「話し合い活動をしても、活発にならない」という悩みが多く寄せられます。「一人ひとりの意見がばらばらで、深まらない」というのです。
多くの教師は、自分の意見をノートにまとめてから発表させていると思います。しかし、いざ発表が始まると、子どもたちはノートに書いてあることをただ読むだけ。ノートを読むので顔は下を向き、みんなに声が届きにくい。さらに、書き終えていない子は「まだ書いていません」、似たような意見の場合、後に続く子は「Aさんと一緒です」「私も同じ意見です」でおしまい。これでは、話し合いが活発になるわけがありません。
こうした話し合いを行っている教師の普段の授業を見てみると、教師主導の挙手指名と発言が中心になっています。「発表を3回しよう」「1日5回は手を挙げよう」など回数だけにこだわり、書いていない子やわからない子は順番が来ても黙り込んでしまいます。話し合い活動は、普段の授業の積み重ねが表れます。このような授業の延長上に、活発な話し合いはありません。
話し合い活動は、子どもたち一人ひとりが次の視点を持つことが大切です。
①考えたことを自分の言葉で言う
②一人ひとり意見が違うのは当たり前だと思える
③意見を出し合い、認め合い、成長し合う
④話し合いながら、答えをみんなで見つけ出していく
発表の際、私もまず子どもたちに自分の意見を書かせます。しかし、それはその子の意見の一部にすぎません。人の意見を聞いているうちに、自分の意見を練り直したり、新たな意見が出たりします。話し合いにおける “自分の意見” はいつも流動的です。全員が意見を出したことはゴールではありません。様々な意見が出たところで、答えを見つけていく本当の話し合いがスタートするのです。
話し合いの要は、人の意見を聞いて自分がどう考え対応するか、その場で創る即興力です。話し合いは即興力のかけ合いであり、それこそが話し合いの醍醐味なのです。教師が即興力を重視し、子どもたちの話し合いに活かしていくことで、話し合いは大きく変わっていくはずです。同じ授業は一つとしてないライブのようなものです。プレーヤーである学級全員(もちろん教師も含みます)が即興を楽しみましょう。
知識・技能を知恵に
即興力と言うと、深く考えずにその場の思いつきで発表するようなイメージをもたれるかもしれませんが、それは大きな間違いです。誰かが発表したことをよく聞き、その意見に対して的を射た質問をする。その質問に対し、きびきびと答える。その答えに対し、また新たな質問が出る。「いいな」と思った意見が出たら、気持ちを込めて拍手を送る──すべて即興力が必要なのです。
「拍手をすると子どもたちの思考が途切れてしまう、ととらえる教師が多い」とある先生から聞いたことがあります。白熱した話し合いの中では、拍手が自然に起こることが多々あります。拍手は、相手の意見に対する称賛です。思考が途切れるなど、もってのほか。すばらしい即興力と言えるのではないでしょうか。
即興力は、どのように返せばいいか、その場で判断し、機敏に対応する力です。自分の言葉や態度で伝える力であり、自分らしさを発揮する力なのです。
即興力を育てるにはどうするか──子どもたちに経験を積み重ねさせることが大切です。
最初は学習ゲームなどを通して、様々な考えがあることを、学級全員で楽しむといいでしょう。
さらに話し合いの場面では、発表前に「最近小学生の間で “困った病気” が流行っています。それは、書いたことしか話さない・話せない人がいる病気です。このクラスには、そんな人はいませんね?」と牽制し、一人の子に向かって「このクラスには、発表のときに『同じです』『一緒です』と言う人はいないよね? たとえ一言でも違うはずだよね?」と話しかけ、その子がうなずいたら、にっこりと握手をします。すると、発表者は一生懸命工夫して表現しようと試みます。まだ途中の子には「書いていなくてもいいから、続きを話してみて」と話しかけたり、発表を終えた後で、「今の話をもう少し具体的に教えて」と問いかけます。最初にノートに書いてあることとは異なる言葉を即興で考えて話すわけです。即興で話すことができたら、「ノートに書いていないことも発表できたあなたはすごいね」「お互いを認め合える教室だから、反対の意見も言えるんだね」「この教室は○人いるんだから、○通りの意見があってあたりまえ。一人ひとり違っていいんだよね」と価値づけてほめます。
学びは、単に知識や技能を教えるだけではいけません。得た知識や技能をもとにどうアウトプットするか、知恵として根づかせることが大切なのです。
コロナ禍で、いかに遅れた授業を取り戻すか。学校の関心は、知識・技能の習得に目が向きがちです。それを知恵に高めていくかどうかは、教師自身の教育観にかかっています。
実践! 「コミュニケーション科」の授業
一人ひとりの自分らしさが光る即興力
即興力
<山口県下関市立養治小学校6年1組>
トークゲームで即興力を楽しむ
菊池先生が、〈即興力〉と黒板に書きながら次のように話した。
「即興力とはどういう力でしょうか? 思いつきや当てずっぽうでいいから考えましょう」
まずは自分で考え、周りの子と相談タイム。
「すぐに、かなあ」
「それは、即興じゃなくて速攻では?」「あ、そっか」
楽しそうに意見を交換したり、友達の意見を聞いてノートに写したり。教室の空気がみるみる温まってくる。
話し合いの後、一言でも書いた人が発表。「早く自分の気持ちを伝える」「自分のことをすぐにすること」「自ら進んで何かできる力」「すぐに取り組むこと」などの意見が出た。子どもたちの発表を受けて、菊池先生が「何かを用意していなくても、自分で考えて自分の言葉で表現する力を即興力といいます」と説明。続けて黒板に〈チャーリー・チャップリン〉と書き、「どんな人だか知らなかったら、周りの大人に聞きに行ってみましょう」と呼びかけた。何人かが恥ずかしそうに、参観者に尋ねに行った。
聞きに行った数人が「イギリスの人」「映画の人」「喜劇王」「イギリス出身の喜劇役者」と発表。菊池先生が「そうですね。チャップリンは、その場その場で即興力を発揮して世界中から愛されました。その場で演じたり話したりできるよう、チャップリンはトレーニングをしていたそうです。今日はみんなにもそのトレーニングをやってもらいます」と話すと、子どもたちは期待の表情でいっぱいになった。
トレーニングの名は、チャップリントーク。3人一グループになり、一人5枚メモ書きの大きさの紙に、1枚ずつ思い浮かんだモノの名前を書き込む。グループ分のメモを裏返してシャッフルし、真ん中に置く。一人ずつ順番で、立ち上がると同時に一番上のメモをめくり、すぐにメモに書いてあるモノについてトークをするもの。トークの基本型は、「私にとって、○○(メモに書いてあるモノ)は~~です。なぜかというと、……だからです」。メモを見た瞬間にトークをするのが、即興力を鍛えるポイントだ。
菊池先生の掛け声でトークスタート。あるグループは1枚目をめくると、「国会議事堂」。いきなりの難問に、発表者の男子が「え? 何これ」と思わずつぶやいた。
「え……と、私にとって国会議事堂は、生活に携わる物事を決めるところです。なぜかというと、こういうところがないと会議ができないからです」と答えた。
次のお題は、デパートの「松坂屋」。
「私にとって、松坂屋はいろいろ必要なものを売っているところです。なぜなら、ないと困るからです」
四苦八苦する子どもたちに、菊池先生が「このトークはとても難しいよね。大人にとっても難しいんです。繰り返しやっていくことでだんだんできるようになっていきます。慣れてきたら、『お題』と『説明』のつながりが離れていたほうが意外性があっておもしろいですよ」とアドバイス。例えば、お題が「ノート」で説明が「ペンで書くもの」だと当たり前だが、説明が「初恋」だと「え? どういうこと!?」と興味をもたれる。同じお題でも説明や理由に一人ひとりの自分らしさが出てくるし、それを一緒に楽しめるのがいい教室なのだ。
一回りしたところで、次は発表者の答えに対して2人が質問し、発表者が答えるという、かけ合いのルールが付け加えられた。
「私にとって『定規』はものを測るものです。なかったら、どれだけ長いかわからないからです」
「○○さんは、普通の定規と三角定規、どっちが好きですか?」
「どっちかというと三角定規かなあ」
「私にとって『鉛筆削り』は『来年使えなくなるもの』です。なぜなら来年は小学校を卒業するからです」……6年生ならではのトークに、思わず2人も「そうだねえ」とうなずいた。
即興力の要は思いやり
トーク後、菊池先生が即興力の公式を黒板に書いた。
〈即興力=(内容+声+姿勢・笑顔)×思いやり〉
「( )がそれぞれ10でも思いやりが0なら、結果は0。小さい声だったり、うまく言えなかったりで( )の中がそれぞれ1だとしても、思いやりが100なら、結果は300になります。( )の中ももちろん大切だけど、思いやりがないと即興力は伸びません。自分の考えを自分の言葉で、いろいろな人と伝え合うことはとても大切です。中学校生活に向かって、これからも思いやりを育てる教室をつくってください」
菊池先生の言葉に、子どもたちは大きくうなずいた。
授業後、子どもたちは「発表した人にみんなで拍手をしたり、席を立って意見を交換したりするのが楽しかった。今日のトークのように、発表の一つひとつが即興力につながっているんだなあと思った」「うまく発表できないときも、マイナスで言うのではなく、プラスに変えてほめてくれたのがとてもうれしかった」と感想を話してくれた。
一人ひとりの違いを楽しめるのが、 このトークのポイントです。トークの内容はもちろん、どんなモノを書くかにもその子らしさが出てきます。それにしても、「国会議事堂」を選ぶ辺りは、さすがに安倍晋三元総理のお膝元だけあって、ひねりがきいていましたね。(笑)
『総合教育技術』2020年11月号より
構成/関原美和子
菊池省三(きくち・しょうぞう)
教育実践研究家。
1959年、愛媛県生まれ。山口大学卒業後、北九州市の小学校教諭として崩壊した学級をこの20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『菊池省三流奇跡の学級づくり』(小学館)他著書多数。