「話し合いは楽しい」と思える経験を【菊池省三流「コミュニケーション科」の授業 #6】
教師と子ども、子ども同士のコミュニケーション不足こそ今の学校の大問題! 菊池省三先生が、1年間の見通しを持って個の確立した集団、考え続ける人間を育てる「コミュニケーション科」の授業の具体案と学校管理職の役割を提示します。
第6回「コミュニケーション科」の授業は、<「話し合いは楽しい」と思える経験を>です。
対話・話し合い力
目次
話し合いの指導は学級づくりと連動している
対話や話し合いの指導というと、型にとらわれる教師が少なくありません。「始め」と「終わり」の言葉に始まり、つなぎの言葉、姿勢、声の大きさ……「3分間話す」ことのみに重点を置き、肝心の指導が抜けているのです。このような一辺倒の指導では、子どもたちにとっておもしろいわけがありません。つまらないからやる気も起きない。その結果、対話のスピードはいつまでたっても上がらず、対話の授業とは名ばかりの一斉指導にすぎません。
コロナ禍による授業の再開が、こうした問題点を一層浮き彫りにしました。授業の遅れを取り戻そうと、一方的に教科書やプリント学習をしゃかりきになって進めてしまうのです。
対話や話し合いの指導は、学級づくりと連動しています。自分で考え意見をつくること、友達の意見を聞いて他者の考えを知ること。学級全員がお互いを認め合い、どんなことを話しても大丈夫だという信頼感が生まれてこそ、本当の話し合いが成立するのです。「みんなと一緒に学び合うことが楽しい」というプラスの心を育てることで、メリハリある動きができるしなやかな体ができ、“柔らかくて早い”学級になっていきます。最初は時間がかかっても、心配いりません。後から一気に話し合いの質は加速していきます。
対話や話し合いの指導では、技術よりもまずそういう心を育てることが肝心です。コロナ禍で授業の遅れを心配する気持ちはわかりますが、教科書通りにきちっと進めることばかりに気を取られるのではなく、コロナ禍で断たれた学級の人間関係づくりに目を向けてほしいと思います。感染防止の観点から、ソーシャルディスタンスなど様々なルールが提示されていますが、できれば子どもたちと一緒に、学級のグランドルールを考えていってほしいと思います。
時々、ベテランの先生から「子どもとだんだん離れていくような気がする」という相談を受けることがあります。子どもとの年齢差が開くとともに、心の距離も開いていくと。心に距離が生まれるのは、教師と子どもがお互いダイレクトに向き合うからではないでしょうか。教師の目がその子に直接向くことで、理想と現実の姿に差が生じ、乖離が生まれます。教師を含めた学級全員で、目指す目標や価値語に向かって一緒の方向を見れば、子どもとの距離感は生まれないように思います。
コロナ禍の影響で家庭環境や人とのかかわりなどで複雑な思いを抱えている子どもも多くいます。そういう子どもに対して、教師はいつまでも「わかろう」とする気持ちが大切です。わかった気になって接すると、その子の状況が見えなくなってしまいます。
対話や話し合いの指導の前段階として、教師はこうした環境づくりや心構えを持つことが大切です。
一人ひとりの意見の違いを認め合う土台づくりを
こうした土台をふまえ、実際の対話や話し合いの指導に入ったら、最初は内容面よりかかわり方に重点を置きましょう。
まず大切なのは、「一人ひとり違っていい」ことを一人ひとりの子どもたちに実感させること。教師が子どもの意見を認めて価値づけることで、意見を出すのは楽しいと思えるようになっていきます。
たとえ見当違いの意見でも「そういう見方もあるね」「さっきの○○さんの意見がヒントになったんだね」とプラスにとらえることで、学級全体で認め合う空気が生まれてきます。
慣れてきたら、学級全員が話し合いを楽しめるよう少しずつルールづくりをしましょう。全員が意見を出せるようになっていくことで、子どもたちに「話し合いは楽しい」という経験をさせるのです。意見の正誤を評価するのではなく、一人ひとりの違いを出し合い、学び合うことの価値を見ていきましう。
そのためには、納得解をテーマにした話し合いから入るといいでしょう。ときには、普段は目立たない子や勉強が苦手な子の意見がきらっと光ることがあります。他の子どもたちも「○○さんの意見はすごいと思った。私は思いつかなかった」と気づきます。これまで、そういう場面をいくつも見てきました。勉強が不得意な子でも意見を話そうと思える、それを周りの子どもたちも認め、一緒に話し合いを楽しむことで、話し合いは一層深まっていきます。
そして、納得解の話し合いが充実していくと、子どもたちは絶対解の話し合いも楽しめるようになっていきます。
このような視点で見ていくと、グループでの意見交換や意見交流のための自由な立ち歩き、発表の指名方法、発表の仕方など、従来の指導一辺倒の話し合いのスタイルとは当然変わってくるはずです。
例えば、発表の場面では、一部の “できる子” が挙手するのではなく、列ごとに指名する。意見がまだまとまらなくて発表できないときには、他の子が“その子のつもりになって”発表を代わってあげる。すると、自分の意見をまとめきれなくても、その場で考えて即興で話せるようになってきます。他の子の意見を聞いて自分の意見を潔く変える、あるいは一人になっても自分の意見を貫き通す—このようなダイナミックな話し合いが生まれてきます。
実践!「コミュニケーション科」の授業
話し合いの基礎になる、5つのルール
対話・話し合い力
<高知県大川村立大川小中学校 中学2年生>
学校は明るいイメージの色
「〈コミュニケーション〉をひらがなや漢字で示すとどういう言葉になりますか?」と菊池先生が問いかけると、7人の生徒が考え込んだ。3人はすぐに思いついたが、4人はなおも考え込んでいる。
「それでは、わかった人のところに聞きに行きましょう」
席を立って他の生徒の意見を聞きに行くとヒントをつかめた様子だ。
●人と話す
●会話
●人とのかかわり
●意思疎通
●言葉のキャッチボール
●仲をかなえる
●人と人とのつながり
七人七様の意見が出されると、菊池先生はどれも正解であるとして、「今日はコミュニケーションの大きな要素である〈会話・対話・話し合い〉をしましょう」と話した。
「大川小中を色で表すと何色でしょうか?まずは自分の考えを書きましょう」
生徒たちは思い思いに書いた。
「話し合いにあたっては、いくつかの約束があります」と菊池先生がまず2つのルールを黒板に書いた。
①何を言ってもいい(人を傷つけたり下品な言葉以外)
②否定的な態度で聞かない
「まずはこの2つ。話し合いを進めながら、増やしていきます」
4人と3人の2グループに分かれ、さっそく話し合いがスタートした。
「グループでみんなが同時に色を言い、その後、理由を言ったり尋ねたりしてください」
生徒たちからは、次のような意見が出た。
●虹色……一人ひとり色が違うから
●黄色……明るくて元気、この学校のいいところだと思う
●オレンジ……学校に来たとき、みんな明るくてフレンドリーだった。だから暖色の明るい色
大川小中学校は、日本で一番人口が少ない村(離島を除く)の小中一貫校で、全校児童生徒数は27人。小5以上の子どもを対象に、村外からの児童生徒を受け入れる『ふるさと留学制度』を行っている。そのため、途中から転入してくる児童生徒も多い。大川村の色に加わった新しい色。生徒たちは、そんなイメージを明るい色として表現したようだ。
生徒たちが話し合っている間、菊池先生が黒板に書き込んだ。
●一人ひとり違っていい
●自分のことを自分の言葉で
●みんな個性豊か
「みんなの意見を聞いて思いついた?」と3人が、グループの残り1人に話しかける。「赤かな?」「何でなん?」「みんな元気だから、赤のイメージ」。尋ねていた3人がにっこり笑顔になった。
「いいねえ、おれも変えようかなあ」
2分間の話し合いの後、菊池先生が話し合いのルールの続きを書き足した。
③考えが変わってもいい
④お互いに問いかけ合う
⑤話さなくても一生懸命聞く
「こうしたことを続けていくと、話し合いが変わっていきます」と菊池先生が話した。
続いてのテーマは「大川小中学校を擬態語・擬声語で表すと」。今度は書かずに、思ったことを同時に発表した。
●ドーン……個性があふれているから
●ワイワイ……楽しそうだから
●ワー……元気でにぎやかだから
「ドーン」を考えた生徒が「どう思う?」と尋ねると、グループの3人が「なるほどと思った。○○っぽさが出ているよね」。みんなに尋ねた生徒が「だろー」とニコニコしながら返した。
学校のロゴマークを考える
2つの話し合いの後、菊池先生がNIKEとAppleのロゴマークを挙げた。菊池先生が「みんなは見たことがありますか?」と尋ねると、「靴やユニホームについているマーク」「スマホや電子機器についてる」と全員が口々に発表。
「このロゴマークのように、みんなに大川小中のロゴマークをつくってほしいと思います。時間が限られているので、今日は図形で示しましょう」
まずは各自考える。発表前に、菊池先生がコミュニケーションの公式を黒板に書いた。
〈スピーチ力・話す力=(内容+声+表情・態度)× ♡(思いやり)〉
「これからスピーチをする前に、自分はどれに力を入れて話すか決めましょう」
声と表情を選んだ生徒が各3人、1人が思いやりを選んだ。
「話し合いのルール」と「コミュニケーションの公式」の重点ポイントを意識し、全員がスピーチを行った。
●☆……一人ひとり明るく元気に話したり遊んだりしているので
●……成長する花のように、私たちも努力したい
●☁……優しくて温かい感じがするから。さっきのふわふわと絡めた
「前の発表と関連づけて、自分の考えたことや学んだことを入れた、とてもいいスピーチでした。今日の授業のように、これからも話し合いを重ねてみんなでつくっていったり磨き合って、すてきな教室にしてください」と菊池先生が授業を締めくくった。
授業後、「この人がこういう思いでいたんだと気づけた」「スピーチを聞きながら、クラスのみんなをよく見ていて深いなあと思った」と生徒たちは感想を話してくれた。少人数の学校だからこそ、その人らしさに気づける意見もあれば、意外な一面を知る意見も出た話し合いだったようだ。
『総合教育技術』2020年10月号より
構成/関原美和子
菊池省三(きくち・しょうぞう)
教育実践研究家。
1959年、愛媛県生まれ。山口大学卒業後、北九州市の小学校教諭として崩壊した学級をこの20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『菊池省三流奇跡の学級づくり』(小学館)他著書多数。