「叱る」ことの意味とは?【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話⑳】

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全国「授業実践レポート」 取材こぼれ話
「叱る」ことの意味とは?【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話⑳】

ある知人のお子さんの体験とベテランの話から「叱る」を考える

最近、ある知人から、お子さんが小学校に入学したときの、ある困った体験について聞く機会がありました。そこで、このお話を簡単に紹介したうえで、子供を叱ることについて、過去に取材したベテランの先生方のお話を交えながら考えてみたいと思います。

入学1週間後にいたずらで叱られた子供

さて、これは先にお話しした知人のお子さんが、小学校に入学したときのお話です。そのお子さんが小学校に入学して、わずか1週間ほどのことです。授業中にトイレに行きたくなったその子は、手を挙げて担任の先生にトイレに行く許可を得て、トイレに行きました。すると、そこで他のクラスの子供複数が何かいたずらをしていたようなのです。そこで、幼稚園の友達であるその子たちに声をかけられ、つい一緒になって遊んでしまったと言うのです。

その後、帰ってこないそのお子さんを見に来た先生に発見され、ひどく叱られた(この場合は怒られた)そうです。しかも「そんなことをするのは小学生ではないので、幼稚園へ戻れ」というような内容で、とても強い口調で。

その場は子供たちが謝って、いったん収まりました。しかし知人のお子さんは、日頃から間違ったことをしたとき、何が悪いかを考えさせるという保護者の教育方針で育ってきており、ひどく叱られたり、怒られたりした経験がなかったのです。そのため、学校へ行こうとすると、足がすくんだり、体のどこかが痛くなるようになってしまったと言うのです。

そこで、知人がその担任に相談をすると、そういう子はときどきいるとか、日頃、家庭で叱っていないのではないかというような反応。結局、管理職やカウンセラーに相談をして、事態の改善を図ったのだそうですが、登校できるようになるまで、ずいぶんと時間がかかったそうです。

ポイントは信頼関係と命・人権、そして…

さて、私がこれまで取材でお話を伺ってきたベテランの先生方の叱るポイントからすると、先の先生の行動には、いくつかの問題点があると思うのですが、これを読んでおられる先生方はどうお考えでしょうか?

まず、1点目は入学して1週間というタイミングでしょう。複数のベテランの先生から、「子供を叱るのは、子供たちと信頼関係が築けてから」という話を聞いてきました。叱るという行為は、叱られる側にとっても、叱る側にとっても強いストレスを伴うものです。いくら善意でやったことでも、信頼関係が築けていないうちに、これをやってしまうと、子供は先生を避けようとするでしょう。そうなっては、その事柄はもちろん、他の教育行為も意味をなさなくなるというわけです。

次に、気になるのは「幼稚園に…」というような、子供のプライドをひどく傷付ける言葉です。ベテランの先生何人かから、叱る必要のあることは「命に関わることと人権に関わること」と聞きました。それは、その場で叱っても子供にも分かることだからと言うのです。しかし、この場合はむしろ先生のほうから子供の人権にも関わってくるようなひどい表現で叱っており、これは許されないことでしょう。

そして、何より考えなければいけないのは、「何のために叱るのか」ということだと思います。学習指導要領の趣旨を考えるならば、すべての教育活動は、将来にわたって、どんな状況にあっても、自ら考え、適切に行動できる人を育てることにあるとも言えると思います。そうであるならば、問題のある行動をしたときに、その行動の問題点に気付き、自ら修正できる人に育てていくことが必要です。

そうするためには、「それはダメ!」と叱るのではいけないと思います。例えば、先の例に当たったとき、(先生の個性によっていろいろな表現があると思いますが)私なら、何をしているのか聞いたうえで、「今は何の時間かな?」「どうしたらよかったのかな?」と考えさせていくだろうと思います。

以前、「概念は教えられない」という金言についてお話ししましたが、どんな場面でも、子供自身に考え、気付かせていかなければ、どんな知識も簡単に剥落する可能性が高いのです。

授業でも、それ以外の教育活動でも、子供自身が気付いていくような働きかけが必要。
授業でも、それ以外の教育活動でも、子供自身が気付いていくような働きかけが必要。

「優しい言葉で考えさせるような甘い方法では、行動は変わらないのでは?」と考える先生もおられるかもしれません。しかし、簡単に叱って行動を変えるのは、悪く言えば教育的手抜きではないかと私は考えます。どんなときでも、自ら自身の行為の意味を考え、修正をしていける人を育てていくには、手間はかかりますが、そのたびごとに、子供自身に考えさせることが必要ですし、それを支えていくのが先生の仕事なのではないかと思います。

何だか、偉そうな表現になってしまいましたが、私のような単純な人間には、そのような地道な教育活動はなかなかできるものではないと思います。それも30人以上の子供を相手に。だからこそ学校の先生方には、「本当に頭が下がるな」と取材のたびに感じています。

【全国「授業実践レポート」取材こぼれ話】次回は、9月9日公開予定です。

執筆/矢ノ浦勝之

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