子供たちの個性と価値観を学級文庫に反映させる【あたらしい学校を創造する #43】
先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。
今回は、”自分たち自身で選ぶ”学級文庫についてのお話です。
目次
電車に乗って図書館へ行くという冒険
ヒロック初等部で4月に行った「自由」の授業の話を続けます。今回紹介するのは「電車に乗って隣駅まで行き、公立図書館で本を借りてみる」という学びです。
ヒロックの所在地は東京都世田谷区。東急田園都市線の用賀駅が最寄り駅になります。その隣の桜新町という駅には、漫画『サザエさん』で有名な長谷川町子記念館がありますが、今回の僕らの目的地はその地にある区立中央図書館です。
入学後1週間経ったころに実施しました。公立学校であれば、入学して1週間で、校外活動をして電車に乗るなんてことはまずないでしょう。切符を触ったことがないなど、親以外の人と一緒に電車に乗るのが初めての子ばかりだったので、まさに学びの連続でした。
ある子が、待てど暮らせど改札を通過して来ない。振り返ると、切符を買ったのはいいのですが、切符を一生懸命にICカードのセンサーのところにかざしているんです。「いくら切符をタッチしても、ピッと鳴らない」って。「ああ、今どきの子だ」と思いました。切符にICチップが埋め込まれているもの、と思っていたわけです。
図書館では、読んでみたい本を自分で選んで借りてもらいました。ほとんどの子にとって初めての経験です。借りた本はそれぞれかばんにしまって、また電車を利用してスクールまで帰りました。子供たちにとってはかなり新鮮な体験でした。
子供たち自身で選んだ学級文庫の付加価値とは
多くの小学校のクラスには学級文庫があり、たいてい保護者や担任など、大人が用意した本が並びます。ヒロックでも開校前に、学級文庫をどう整備するか話し合いになったのですが、僕は「大人が選ぶのではなく子供たち自身でつくるべき」と主張しました。僕は国語科が専門なので、読書活動には思い入れがあったのです。
僕が子供ならば、大人が用意した本など決して読みません。大人が読ませたい本は読まないという、可愛げのない子供でした。きっとそう思う子は他にもいるはず、とはいえ読書は大事……そう思っていた上でのアイデアでした。「図書館で自分の好きな本を借り、その借りてきた本を自分のロッカーに置けばいいじゃないか」と。
図書館ではひとり3冊まで借りられるから、18人全員が借りれば結構な数の本がそろいます。誰が選んで借りてきたかをわかるように本棚を工夫して、それらを学級文庫として誰でも自由に読めるようにしました。読み終わったら、その子の名前のある場所に戻します。こうすることで、単なる「クラスの学級文庫」ではなく、「〇〇が選んだ本」という付加価値のついた学級文庫になるのです。
それぞれの本に「誰が選んだ本か」という付加価値がつくのは、読書活動にとってとても重要です。「この人が薦める本だから読む」という動機づけがあるのは、大人でも同じ。また教師側にとっても、その子がどのような本を借りてきたかというログをたどれるので、興味の移り変わりを追うことができます。
図書館には毎月通いたいと思っています。常に移り変わるヒロックの学級文庫を通じて、「自分では絶対選ばないような本に出合えた」「あの子とは本の趣味が合う」「今度は続編を借りよう」など本を読む回数が増えたり読書への興味の幅が広がること、そして借りてきた本を通して、子供同士で価値観の相互理解が促進されることを期待しています。
〈続く〉
蓑手章吾●みのて・しょうご 2022年4月に世田谷に開校したオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクール・ディレクター(校長)。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京都小金井市立前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。著書に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる! 研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。
取材・構成/高瀬康志 写真提供/HILLOCK