『失敗』からの教育~子どもの破損事故に、教師はどう対応する?~【マスターヨーダの喫茶室】

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山田隆弘
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子どもたちが何かを壊したり、汚してしまったりと、失敗することはよくあります。そして教師は、そんな子どもたちを「指導」しなければなりません。これが本当に難しいんだと思っている皆さんも多いと思います。ただ𠮟って終わりにするのではなく、子どもたちの成長につなげるために。今回は、マスターが教員生活の中で学び身に着けてきた、破損事故への対応の方法、考え方を聞いてみましょう。

失敗を成功につなげるために・・・


学校では毎日、制度に基づいた教育課程が営まれています。その中で児童生徒は多くの成功と小さな失敗を毎日のように経験しています。わたしの学生時代、ある心理学の講義を受講していた時、担当の教授が「学校では毎日さまざまな事象が起きるが、みな心理学的な課題解決の連続であり、その対応である」と言っていました。このひと言がとても印象に残りました。どういうことなのだろうと…。実際に学校に勤務してみるとまさにそのとおりの環境でした。毎日毎日直面する新しい課題ばかり。その対応に成功すれば充実感はあるでしょうが、失敗することの方が多いのも現実です。そして、失敗経験から学ぶことはもっと多いです。実は、児童生徒だけでなくわたしたち教職員も毎日課題が満載で、課題解決に成功もすればさまざまな失敗もします。次は成功させようと誰もが思うことでしょう。では、失敗したことを成功に結びつけるにはどうすればいいのでしょうか。今回は、「破損事故」に焦点をあてて考えてみます。

1 破損事故が起こったとき、教師は学びの機会と心得て対応すべし<牛乳瓶事件>

こんなエピソードがあります。20数年ほど前、当時勤務していた学校では、牛乳は牛乳瓶で提供されていました。学校はエリア一、二番の大規模校、4階建ての校舎でした。物品搬送エレベーターは使用不可になっていたので、牛乳瓶が何十本も並んだ重い牛乳瓶ケースの左右を高学年児童が二人がかりで持ち、階段で運び上げていたところ、一人の児童の手が滑ってしまい、ケースは階段下まで滑り落ちてしまった…そして、ガッチャーン!と大きな音を立てて割れました。あたりは牛乳の海です。たいへんです!

そこで、若い担任団が協力して、立ち入り禁止の規制線を貼り、児童が近寄らないようにし、牛乳瓶を片付け始めました。そして、ほかの担任が牛乳の手配などをしました。おおっ、完璧!…。

しかし、あとで校長先生から呼び出しを受け、関係した若い担任団一同叱られました。わたしも含めて一同冷や汗が…。「わたしたち何かやっちゃったのか…」
校長先生は静かな口調で、『キミたちは、教育の機会を奪ったんだ』と…。わたしたちは頭が真っ白になり、そのあと、何を返事したか、何を話したか覚えていません。

振り返ってみると、その場を処理しなければならない、給食配膳を進めなければならない、牛乳を完全にではないにせよ多くの児童に行き渡るようにしなければならない、ケガがないようにしなければならない…とさまざまなことを考えた行動でしたが、確かに最終的には当事者や給食当番は何か学んだことがあったのかと思いました。

やはり、時間がかかっても、給食を食べるのが遅くなっても、ここは当事者に非難が集まることは避けながら給食当番全員、あるいは学級全体で何ができるかを考えさせるべきだったのだと思います。
こういう時こそ、やんちゃ坊主たちが学校を巡って、欠席者の牛乳をかき集めてきてくれたかもしれないし、片付けから帰って教室で落ち込んでいる当事者をなぐさめてくれる友もいたかもしれないのです。校長先生は、わたしたち若い担任団に考えさせる機会を与えてくれたのです。

失敗したことを大人がすべてカバーすることがベストではなく、児童生徒の成長を支援する視点、つまりは教育の視点をもち対処することがとても大切なのです。

2 では「子どもたちの学び」とはどのようなことか?

A 窓ガラス事件で、個人の学び

こんなシーンがよくあります。担任する児童A男くんから「先生、ガラスを割りました」と報告がありました。担任の先生は、
『ああ、けがはなかったですか? どうして割ったのですか?』
と聞きます。A男くんはその時の状況を話します。状況の把握が終わると、担任は、そこでどうにかしなければと考えます。
『じゃあ、ガラスを片付けておくから、職員室に行って教頭先生に謝っていらっしゃい』
と言います。うわあ、優しい先生です。

ところが・・・。教頭先生の前に来たA男くん、「あれれ?」となります。
何をしたいのか、何を言いたいのかさっぱりわかりません。
教頭先生は、「どうしたの?」と聞きますが、一向に進みません。A男くんは固まったままです。
教頭先生は、これがいちばんダメだと言います。つまり、

  • 状況がつかめない
  • 担任が破損後何を指導したのかわからない
  • これからどう指導すべきかわからない

のです。

ですから、こういったとき、担任の先生は、
まず事件事故の概要説明と指導したことをすぐに教頭先生に報告し、指導してほしいことを伝えるべきです。
そのあと、当該児童に対して教頭先生の前で話す内容を確認し、話し方を練習させます。まり謝り方を指導するのです。
そして最後には、当該児童といっしょに職員室へ行きます。あとは教頭先生の指導アレンジにお任せすればいいのです。

さて、ここからは教頭先生によって対応はまちまちでしょう。次のア、イ、ウのような指導になるのではないでしょうか。

「そうですか。よく話してくれたね。謝り方も立派でした。今度から気をつけましょうね」
 
「なるほど、そういうことだったのですね。もし、あなたやクラスメートがケガをするようなことがあったらたいへんなことになったね。何もなくてよかったですね。まず、割ったガラスを片付けることが責任のとり方ですね。先生のご指導できちんとやりましょうね」

「わかりました。きちんと先生に報告したこと、謝りに来たことはとてもいいことです。大きな 事故にならなくてよかったです。以前、ある学校で体育館のガラスが割れて下にいた子の目に入って目が見えなくなったたいへんな事故が起きたことがあるんですよ。気をつけないとね。 ところで、ガラスを割ってしまったからには、直さなくてはならないね。直せない場合は、『弁償』するということだね。どうすればいいかな」

一般的にはなどではないかと思いますが、わたしの場合は、で進めたいと考えます。こんないい教育の機会を見逃してはいけません。物を壊したら「弁償」するということが基本です。社会のルールを教えなければならないのです。交通違反をすれば、罰金を支払ったり、減点されることと同じです。
「弁償」という言葉は、児童にとってはインパクトが強いかもしれません。でも、考えさせるきっかけをつくるという意味で使います。あくまで「弁償」させることが目的ではありません。支給された修理費や保険などでカバーできることも多いです。

これを教育に変えていくために、このガラス破損の事例では当事者の発達段階や過失の程度にもよりますが、例えば、

  • 小遣いで弁償させる(実際はないとは思いますが、指導の一環でふれることもあると思います)
  • 保護者と協議して弁償していただく(当事者に保護者の生き方を見せたいものです)
  • ガラス破損修理代と同じようなボランティア活動をさせる(特別清掃、除草などの作業を決める)

などの指導が考えられます。直せる場合は、自分で直したり、学校の技術スタッフの方に依頼をしたりし一緒に直すということもいいでしょう。いずれにしても、その時の状況に応じてさまざまな対応となると思われます。実際に履行されるかどうかは条件によるでしょうが、考えさせる手段としてどんなことがいちばん当事者が成長するかを見極めていきたいです。

B コロッケ事件で、集団の学び

給食の配膳盛り付けでよくありがちなスープ系こぼし事件、これだけならどうにかなります。でも、「ひとり1個」もののコロッケなどを落とす事件、これがたまにあるのです。そういう時、担任は、
『当番さんが1個落としちゃったんだけど、どうすればいい?』
と聞きます。ほぼ100%の子が、
「先生のコロッケをあげればいい」
と答えます。日本の文化として多くの父母が自分のものを犠牲にして子どもたちに食べさせている結果が、「先生のものをあげるべし論」になるのでしょう。
ただ社会は、自己犠牲を押し付けられない、平等な立場の人間どうし、というのがルールです。

ここで教育です。

『先生だって食べたいんだけど、あげたらなくなっちゃうし困っちゃうな。』
というと児童は考え始めます。
「落とした人のものをあげればいいよ。」
と当事者責任論が出てきます。ここは担任が指導として、
『それは、違うよ。それは酷というものだろう。うっかり間違ったんだし…。それ以外で考えてみて』
と答えます。
「うちのクラスは休んだ子がいないから、休んだ子のいるクラスを探してみる。」
と気がきく一人の子が言います。言うと同時に調達しにクラスから飛び出していく子もいます。いいぞ、その調子! もっとアイディアのある子は、
「少しずつ分けて、最後に落とした子の分のコロッケをつくる。」

これでまずまず、いや上等です。まあ、かき集めた分が担任の先生の分になってもいいのですけどね。1個分より多くなるかな…。

わたしは、学校は楽しいところだと思っています。命に関わるようなこと、心身に大きなダメージが残ることは論外ですが、毎日どんな失敗が起きるか、そしてどのようにその失敗を「教育の視点」に変えていくかを考えることがけっこう楽しいのです。「学校とは心理学的な課題解決の連続であり、その対応である」とした教授のことばをリフレインしながら日々を過ごしています。

「『失敗』からの教育」、そこには「叱る」という行為が伴うことが多いです。欧米的な考えの一部には、「叱る」ということは上から目線で対等な関係ではない。だからやってはいけないという主張もあります。しかし、「叱る」という行為の中には、わが国の文化に基づき、「相手に気づかないことを気づかせる」という大原則があることも事実です。「叱る」ことは年上の人間、大人の義務です。心に余裕をもって、「叱る」ことを恐れないようにしたいものです。そして、叱ったあとには、フォローが必要であることはいうまでもありません。その日のうちに、もう一度叱った相手と話してみることです。経験上、より思いが伝わります。叱りっぱなしでは絶対だめです。「叱る」ことは相手の成長の支援なのです。その時は反発することがあっても、時間をおいてきちんと相対し、失敗したことをきちんと謝罪する気持ちを養うことが重要です。時間をおくと自分を見つめ直し、素直になることが多いものです。

手間暇かけた「『失敗』からの教育」を心がけ、わたしたち教職員も失敗からたくさんのことを学んでいきたいです。今日はどんな失敗があるかな…。


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山田隆弘(ようだたかひろ)
1960年生まれ。姓は、珍しい読み方で「ようだ」と読みます。この呼び名は人名辞典などにもきちんと載っています。名前だけで目立ってしまいます。
公立小学校で37年間教職につき、管理職なども務め退職した後、再任用教職員として、教科指導、教育相談、初任者指導などにあたっています。
現職教員時代は、民間教育サークルでたくさんの人と出会い、さまざまな分野を学びました。
また、現職研修で大学院で教育経営学を学び、学級経営論や校内研究論などをまとめたり、教育月刊誌などで授業実践を発表したりしてきました。
『楽しく教員を続けていく』ということをライフワークにしています。
ここ数年ボランティアで、教員採用試験や管理職選考試験に挑む人たちを支援しています。興味のあるものが多岐にわたり、さまざまな資格にも挑戦しているところです。

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