体育の授業目的と方法を再定義する【あたらしい学校を創造する #19】

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あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員・蓑手章吾の学校づくり
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HILLOCK初等部スクールディレクター

蓑手章吾

先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。今回は、体育の授業目的と方法についてお話ししていただきました。

育むべき「学力」について考える【あたらしい学校を創造する 第14回】

全員に走ることを強いない体育

ヒロック初等部での授業の進め方として、基礎的学習については自由進度学習で行うという話をしてきました。ここまでは国語や算数などの教科を念頭にお話ししていたわけですが、体育の授業はどうするのかという話を、今回はしてみたいと思います。

今の学校で体育というと、公立私立を問わず、サッカーや野球、鉄棒や跳び箱といったスポーツのコンテンツを学習する内容になっています。ヒロックの体育では、それよりも、体の動かし方や自分の筋力を知るといった、いわば「ボディー・イメージをつかむ」ことに力点を置いていこうと考えています。そして何より、体を動かすのが嫌いにならないようにすることを最も重要視したいと思っています。そう考えると、やらない競技もかなり出てくるんじゃないかなと思っています。

もし鉄棒をやりたい子がいたら、スクールの近くの公園でやることはできます。でも、全員で鉄棒をする必要はありません。走りたい子は走る練習をしていいけれど、全員にそれを強いるつもりはないというのが、ヒロックの体育のスタンスになるわけです。

また、サッカーボールを蹴ったり、バットを使ってボールを打ったりといった道具を扱う動きは学習しますが、必ずしもサッカーや野球の試合をするわけではない。そこは子供の選択に任せようと思っています。そもそもヒロックに所属する子供の人数が少ないので、ゲームが成立しないものもあります。

公園で運動する子たち

地域のスポーツチームにもオルタナティブを

それでは、サッカーや野球の試合をやりたい子はどうするか。その場合は習い事としてやってもいいし、サッカーや野球の地域クラブがある場合はそこに入ることもまったくOKです。

そして、その発想の延長線上に何があるかというと、たとえば、その子たちが発信して地域のサッカーチームや野球チームがつくれるといいんじゃないか、ということを考えているのです。これは、新たな部活動を始めるときと同じ発想ですね。近隣の小学校にみんなで集まって、サッカーやろうよと呼びかけ、大人も巻き込んで、新しいサッカーチームができれば最高です。

バディ(ヒロックの運営に関わる支援者)などヒロックにかかわる大人がボランティアでコーチをする、あるいは、保護者が運営を手伝うということも十分にありうると思います。ヒロックでやるというより、地域とつながることで、それが実現するとおもしろいですね。

そういう意味では、放課後のスポーツの世界は、まだ多様性がないと言えます。僕も小学生のころ、自分の学校のチームでサッカーをしていました。それは、自分の小学校のサッカークラブしか選択肢がなかったからです。そうすると、そこのコーチとそりが合うとか合わないとかいう問題が生まれたりすることがあります。もっと試合に出場できるチームがあればいいと思ったとしても、ほかにサッカーをする場所がないわけです。学習だけでなくスポーツに関しても、もっと選択肢があっていい。つまり、オルタナティブの視点が必要なのは学校だけじゃなく、スポーツチームについても言えることです。

そう考えると、大人が場を用意しなきゃと思われるかもしれませんが、そうではありません。僕たちシェルパ(ヒマラヤ登山のガイドを意味する言葉。ヒロックでは教師をこう呼んでいる)は、スポーツチームをつくるというアクションを促してあげるということなのです。どのように呼びかけたらいいか、どうしたら人が集まるかということを考えながら、子供自身が組織をつくって運営していくことには、たくさんの学びがあると考えているからです。

日本は「出る杭は打たれる」という傾向が強くて、何かを主張すると損をするところがあります。表では何も言わないけれど、陰でこそこそ言うことで精神的にバランスをとったり、誰かが主張すれば糾弾したりするといった風潮は、健全ではないですよね。間違いなく、日本人の幸福度を下げていると思います。

ヒロックでは、自分が何かを「主張してよかった」と思える環境を担保しておきたいと考えています。これは、僕が公立学校に勤務していたときから心掛けてきたことです。自分が主張したことがきっかけとなり、みんなで何かを楽しむことができたり、身の回りの構造がちょっと変わったりする体験を持つことは必要だと思います。

自由がなく、責任ばかり負わされる環境はしんどいものです。大切なのは、失敗しても構わない、出る杭が叩かれないような環境を整えることです。

自分の思いをしっかり持ってそれを主張し、責任を請け負うことは楽しいというのが、本来の自然な世界観だと思います。 次回は、ヒロックでは道徳の授業をどう捉えているかについて話します。

〈続く〉

蓑手章吾

蓑手章吾●みのて・しょうご 2022年4月に世田谷に開校するオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクール・ディレクター(校長)。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京都小金井市立前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。著書に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる! 研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。

連載「あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員の挑戦」のほかの回もチェック

第1回「あたらしい学校を創造する」
第2回「ちょうどいい3人の幸運な出会い」
第3回「なぜオルタナティブスクールなのか」
第4回「多数決に代わる『どうしても制度』とは」
第5回「自分たちのスクール憲法をつくる!」
第6回「スクール憲法の条文づくり」
第7回「教師と子供をどう呼ぶべきか」
第8回「模擬クラスで一日の流れを試す」
第9回「学年の区切りを取り払う」
第10回「学習のロードマップをつくる」
第11回「教科の壁を取り払う」
第12回「技能の免許制を導入する」
第13回「カリキュラムの全体像を設計する」
第14回「育むべき『学力』について考える」
第15回「自由進度学習をフル活用する」
第16回「保護者の意識と学校の理念を一致させる」
第17回「クラウドファンディングでお金と仲間を集める」
第18回「クラウドファンディングでモノと人を募る」

※蓑手章吾先生へのメッセージを募集しております。 学校づくりについて蓑手先生に聞いてみたいこと、テーマとして取り上げてほしいこと等ありましたら下記フォームよりお寄せください。
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取材・構成/高瀬康志 写真提供/HILLOCK

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