#44 無駄なことは一つもありません【連続小説 ロベルト先生!】

連載
ある六年生学級の1年を描く連続小説「ロベルト先生 すべてはつながっています!」

前文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官/十文字学園女子大学教育人文学部児童教育学科 教授

浅見哲也

今回は授業参観の最後に、ロベルト先生が1年間の感謝と今後へのエールを込めたメッセージを贈ります。ロベルト先生も子供たちも保護者も涙涙のシーンです。

第44話 手紙

泣きながら手紙を読むロベルト先生

「6年3組の皆さん、皆さんと過ごした1年はとても楽しい毎日でした。そして、様々な行事の中でたくさんの思い出をつくることができました。それと同時に皆さんと、たくさんのことを学ぶことができました。

私が初めてこの緑ヶ丘小学校に来た、今からおよそ1年前の春、この六年三組を担任させていただくことが決まり、初めてみんなの前に立って、『ブン、ブン、ブン』を歌ったことがなつかしく感じられます。

学校が変われば1からのスタートということで、子どもたちのことを少しでも早く理解しよう、また、自分のありのままの姿を早く知ってもらおうと考えていたところですが、皆さんから話しかけてきてくれたので、すぐに打ち解けて、安心して生活することができました。

ときには、休み時間のサッカーの試合中にボールを顔面にぶつけられたり、皆さんの『えー、無理だよ』攻撃を受けたりしたこともありましたが、そんな悪者にも勇敢に立ち向かって正義を貫き、おかげで、こんなにたくましく成長することができました。(笑い)

そのような中でも特に印象に残った思い出を話したいと思います。

6年生の思い出と言えば、まず、修学旅行です。自由行動では、迷子になったり、忘れ物をしたりしながらも、なんとか全員水族館にたどり着くことができました。夜も興奮状態で皆さんががなかなか寝てくれないので、恋話で盛り上がりました。(えーっ、そうだったの?)

あの時の押し入れの中での冷や汗は、今でも忘れられません。その晩は、夜中の見回りで、私は寝不足になりましたが、皆さんが普段見せない、天使のように可愛い寝顔を見ることができて、疲れも吹き飛びました。また、重なって寝ている女の子もいてとても苦しそうでした。(大笑い)

そして、おそらくクラス全員の心に強く残った思い出は、間違いなく親善運動会で本気になってがんばった長縄跳びだと思います。

これまでの緑ヶ丘小学校には、まだそれほどの伝統や記録はありませんでした。ですから、4月に練習を始めることを皆さんに告げた時には、様子もわからず抵抗があったと思います。それでも、見えない相手と競い合いながら、毎日のように練習に励みました。

縄跳びの得意な子もいれば苦手な子ももちろんいます。跳び方だって人それぞれ違います。それなのに3組の皆さんは、とにかく記録を伸ばしていこうと心を一つにして練習しました。

また、苦手な子には誰一人として文句を言わず、反対に励ますことができました。一度ひっかかると恐怖心も出てきますが、それも自らの勇気と友達の励ましで乗り越えていきました。縄を回した2人も、みんなが跳びやすいように声をかけて回しました。

記録は順調に伸びていったかというとそうではありません。途中には何度もスランプがあり、なかなか700回が超えられずに、幼稚園に迎えに来たお母さんたちに見てもらったこともありました。

おそらく、何でこんなことしなくちゃいけないの? と感じた子もいたかもしれません。先生の怒鳴り声にもめげずに黙々と練習に励みました。そして、貴重な2時間目休みや昼休みも練習に費やし、ついに700回を超え、本番前には800回も超えました。

いよいよ本番。みんなこれまでの辛くて苦しい練習の成果を発揮し、声をからしてハイペースで跳び続けました。自分でも1、2、1、2と声を出していましたが、5分を過ぎたあたりから声が出なくなってきたことを覚えています。

みんなの真剣な表情、心を一つにしてがんばる姿、すべてが輝いて見えました。そして、7分間跳び終え、記録は790回。記録に満足している子は誰一人としていませんでした。

みんなでがんばった長縄跳びの経験は、一生、皆さんの忘れられない思い出として残ることと思います。そして、これからの緑ヶ丘小学校に受け継がれていくことだろうと思います。

また、この後に作った映画も、一人一人の名演技によって予想以上に素晴らしいものとなりました。フリー参観日に集まった108人の観客動員数は、間違いなく緑ヶ丘小学校の伝説となることでしょう。

持久走大会でも、自己ベストの記録を目指してみんながんばりました。途中で苦しくなった時、自分の心との戦いがあったと思います。しかし、その苦しさに打ち勝った時の何とも言えない爽やかさと自分のたくましさに気づいたことと思います。

この他にもたくさんの思い出がありましたが、どれも皆さんの心の成長につながっています。だらだらやっていたり、努力を惜しんだりすれば、自分の成長はストップしてしまいます。だから先生は『面倒臭い』という言葉は嫌いです。そんなのやろうと思えばいつでもできると思っている人に限って、結局、力を出さないまま一生が終わります。

たった2、3秒でできることを怠る人は、どんなことでも、都合のよい理由をつけてやらないのです。さらにそうした口だけの人は友達からも嫌われます。寂しい人生が待っているのです。

しかし、何でも一生懸命にやったなら、無駄なことは一つもありません。試合で負けたり、テストの点が悪かったりしても、努力する力を普段から出していれば、次もまたがんばれます。それを繰り返しているうちに必ずよい結果が出ます。

そして、そんなふうに熱くがんばっている姿が輝いて見え、友達を引き寄せ、楽しい生活を送ることができます。結局、よい方にも悪い方にも、すべてはつながっているのです。

6年3組の皆さんと一緒に生活し、朝サッカーをしたり、愉快なおしゃべりができたりするのも残りわずかだと思うと…、(涙で声が…)本当に寂しい気持ちでいっぱいです。皆さんとの思い出は語り尽くせません。

今こうして考えてみると、このような楽しい思い出をつくることができたのも、今、私の目の前にいる保護者の方々の、家庭や学校でのご支援、ご協力があったからこそだと思います。支えとなる陰の力はなかなか人目につかないことが多いものです。しかしその力は、大変なご苦労ではなかったかと思われます。

今日、参観日で子どもたちが感謝の気持ちを込めた手紙を発表しましたが、私も保護者の皆様に感謝をしたい気持ちでいっぱいです。

いつも温かく見守ってくださり、子どもたちだけでなく、私まで育ててくださった保護者の皆様、そして、とびきり明るい3組の子どもたちとともに、3月23日の卒業式を迎えられることを…(涙で前が見えない)とても幸せに思っています。本当にありがとうございました。

本当は…、本当は…、みんなを優勝させたかった…。ごめん。本当にごめん…(号泣)」

「先生! 先生は悪くないよ!」

「先生、すんごく楽しかったよ!」

「先生!」

「最後に…うまくいくかどうかわかりませんが…私から子どもたちに『声援』という歌を贈りたいと思います」

私はキーボードの弾き語りで歌った。


「エールを君に」

教室の机があちこちにからだを向けて
1日の出来事を楽しそうに話している

あいさつをしたり くつをそろえたり
迷いながら 今日も走り続ける

重ねる勇気は栄光の兆し
あなたが流したその涙 いつか笑顔に変わるでしょう

今日はみんなで 明日は一人で
未来の一歩を踏み出そう

そう、すべてはつながっているんです

がんばろう がんばれ がんばって よろしくね
それは君へのエールです

がんばろう がんばれ がんばって ありがとう
それはわたしのエールです

がんばれ。

みんな。

先生は、ずっと応援してるからな。

そう心を込めて歌った。
 
「先生、やられました。先生、ありがとうございます」

「いえ、私もやられました。もう力が入りません。心地よい脱力感です」

私も子どもたちも保護者たちも涙でぐじょぐじょになった。

次回へ続く


執筆/浅見哲也(文部科学省教科調査官)、画/小野理奈


浅見哲也先生

浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追究中。

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