【教師のメンタルヘルス問題】壊れかけている学校組織の関係性-校長のマネジメント力が解決のカギ

特集
小学校教員の「学校における働き方改革」特集!

上越教育大学教職大学院教授

赤坂真二

コロナ禍の今、教師のメンタルヘルスを守るために学校は何をするべきでしょうか。校長のあり方やリーダーシップについて考察を続けてきた上越教育大学の赤坂真二教授に聞きました。

上越教育大学・赤坂真二さん
上越教育大学教授・赤坂真二さん

コロナ禍がもたらした変化

今年度、教師向けの研修はオンラインで行われることが多いのですが、ときには対面で行うことがあります。その際に、たくさんの若手教師から「子どもが落ち着きません」「指導が入りません」など、子どもに関することや学級経営の相談を受けています。以前は公的な研修では質問など出てこないのが普通でしたが、今は私の話が終わると、たくさんの若手教師が挙手して熱心に質問してきます。

若手教師が子どもについて悩むのはコロナ禍に限ったことではありませんが、以前ならば、各校の学年会で先輩教師に相談すれば済んだ話です。そのようなことをなぜ、わざわざ外部の研修会で挙手して質問するのか……。このことが意味するのは、多くの学校で、教師の関係性が失われている、ということではないでしょうか。

コロナ禍で一番の問題は何かというと、感染を防ぐために人と人の関係性を断ち切るような対策をとらざるを得ないことです。3つの密を避けましょう、人と話すときはマスクを着用し、十分な距離を保ちましょう、大人数での飲食は避けましょう……などを行うことで、人間たちをバラバラにしてしまうのが、このウイルスの怖い点だろうと思います。特に、学校は、人と人のつながりでできている空間です。そのつながりが失われれば、組織が壊れていきます。関係性が失われた環境では孤軍奮闘するしかなく、多忙な教師はより一層疲弊し、精神的に追い詰められていくのです。

求められるのはマネジメント

そもそもなぜ、学校がこれほど忙しくなったのかというと、それは「マネジメントがない」からです。国の政策としての教職そのもののマネジメント、地域の教育委員会をはじめとする地域コミュニティの教育のマネジメント、そして学校のマネジメント、これらの全てのコミュニティでマネジメントがないことが元凶ではないかと思っています。

では、マネジメントとは何でしょうか。それを理解するには、全体最適と部分最適の考え方を知る必要があります。「マネジメントの父」と称されるピーター・F・ドラッカーは、「いかに優れた部分最適も全体最適には勝てない」と、全体最適で物事を捉えることの重要性を説きました。

組織は全体最適、つまり、全体の調和を図ることで最も生産性を上げることができます。しかし、この国の現状を見てみますと、文部科学省は文部科学省にとっての最適を求め、地域の教育委員会は教育委員会の最適を求め、学校は学校の中での最適を求め、全てが部分最適を求めて動いているように見えます。そのため、教師が一生懸命頑張っても、部分最適の塊だらけになって、全体最適には到達できないのです。

例えば、校内研修で授業の研究ばかりしている学校が多いのです。しかし今、教師に必要とされている研修はそれだけではないはずです。保護者対応、特別支援教育、学級経営、ICTの活用など、様々な課題に対応するための研修を計画的に行う必要があります。それには全体最適の発想で何を学ぶかを取捨選択し、研修プログラムを再構成することが求められます。

そして、全体最適の視点を持って学校のマネジメントを行うのは、校長の役目ではないでしょうか。学校のしくみを変え、教師を救うことができるのは校長なのです。

ソーシャルサポートの充実を

教師のメンタルヘルスへの配慮として、学校に取り組んでほしいのは、ソーシャルサポートの充実です。これは、「社会的関係の中でやりとりされる支援のこと」であり、厚生労働省のホームページでも紹介されている概念です。ソーシャルサポートは以下のように分けることができます。

・情緒的サポート:共感や愛情の提供
・道具的サポート:形のある物やサービスの提供
・情報的サポート:問題の解決に必要なアドバイスや情報の提供
・評価的サポート:肯定的な評価の提供

情緒的サポートは、愚痴を聞いてやり、「君の言いたいことはわかるよ」などと共感してやることです。道具的サポートは、物やサービスを提供して直接、力を貸すことです。情報的サポートは、授業で困っている教師がいたら、「〇〇先生に聞いてみるといいよ」「この本を読むといいよ」など、必要な知識や情報を与えたり、情報のありかを提案したりすることです。評価的サポートは、「あなたのしていることにはこういう意味がある」などと肯定的に評価したり、教師の努力に対して「ありがとう」と労いの言葉をかけたりすることです。

これらのサポートを校長が行うというよりも、職員室でこのようなソーシャルサポートが保障されているかどうかが、学校経営においては重要です。組織にとって良好な関係とは、「仲良くなる」ことではありません。それ以上に大事なことは、援助・被援助の関係が成り立つかどうかです。それは援助要求が気軽に出せて、ためらうことなく援助できる関係です。これを言うと、「依存的な人が増えるのではないか」と危惧する人が出てきます。しかし、世の中には、生きていくうえで誰かの支援を必要とする人たちが一定数います。医師から何らかの不具合を認定された人には支援をするけれども、それがない人は「一人で何でもしろ」と突き放す、その発想を変えていく必要があるように思います。

おそらく、ソーシャルサポートについてこれまでに養護教諭が『保健だより』等で紹介したり、研修で学んだりした学校もあると思いますが、それだけでは職員室は何も変わりません。具体的なアクションへつなげるためにはシステム化する必要があります。校長がマネジメントし、全体最適の文脈の中で、「今、本校にはソーシャルサポートが必要である」との方針を打ち出し、その理由をメンバーに説明し、例えば、校内研修の後に交流する時間を設けるなど、人と人をつなげ、お互いを知る機会を意図的につくり、システムで保障します。その結果、日常的な人間関係の中でソーシャルサポートがあちこちで起こってくることが教師の精神的健康を高めるのです。

「職員室のいじめ」をなくそう

校長に早急に対応してもらいたいことがあります。それは「職員室のいじめ」です。おそらく校長の教員時代にも、職員室で「いじめのようなもの」はあったのではないかと思います。ただ、標的にされたとしても、今ほど職員室の関係性が希薄ではなかったため、学年団や同年代の教師とのつながりが個人を守ってくれており、休職や退職に追い込まれるほど深刻な事態にはならなかったのではないでしょうか。

もちろん現在も、全ての職員室でいじめがあるわけではないでしょう。いじめのある職員室とない職員室の違いは何かといえば、職員同士のつながりがあるかないか、それに尽きます。いじめというのは、関係性が薄くなっている場所で起こります。

前述のように、現在はコロナ禍によって教師の関係性が希薄になっています。ある教師をいじめたとしても、その教師を守ってくれる人たちが現れないので、いじめる側が報復される可能性は低く、いじめがやりやすくなっているわけです。

いじめを防ぐために必要なのは教師の関係性であり、人のネットワークがいじめを解消する唯一の手段です。そして、職員室でこの関係性づくりのマネジメントを行うべきなのは校長です。校長先生方にしてみれば、「そんなところまで面倒を見ていられない」と言いたくなるかもしれませんが、「いじめのない学級はない」のと同じように「職員室でもいじめは起こり得る」という前提に立ち、対策を講じるべきです。

具体的な対策としては、先ほどご紹介したソーシャルサポートを充実させていくことが求められますが、その前に、校長には今すぐにできることがあります。学級担任が新学期に「いじめや差別は許しません」と宣言するのと同じように、「本校では人権侵害に対しては、厳正に対処します」と、学校方針の中で明確な意思表示をすることが重要です。それに加え、校長がもっと職員の人間関係に関心を払うことが、職員室のいじめをなくすための第一歩となります。校長が一人一人をよく見ていて、表情が暗い教員がいたら、声をかけて話を聞くなど、学級経営をするような感覚で細かな配慮をすれば、今のシステムの中でもできることは十分あるはずです。

また、組織的な活動を行って目標達成に向かっていく中で、全員が均等に活躍するのは難しいことです。経験やスキルなどの違いから、どうしても上下関係が生まれます。だからこそ、それを緩和するシステムが必要です。それは癒やしです。現状では飲み会ができないわけですから、おしゃべり会、お茶会などを行うのも効果的です。

「#教師のバトン」と働き方改革

教師のメンタルヘルスと切り離せないのは、学校の働き方改革です。今年度は「#教師のバトン」が注目を集めていますが、管理職の中で、このプロジェクトの存在を知っている方はどれぐらいいるでしょうか。まずは、文部科学省が何を意図してこのプロジェクトを始めたのかを理解したうえで、今、SNS上で起きていることを知ってほしいと思います。おそらく管理職が見たら、「俺たちだって大変なんだよ」と反論したくなるかもしれませんが、日本の教育の未来のためにも、教師の声に耳を傾けてみてほしいのです。

そのうえで、各学校では「#教師のバトン」についてどう思うのか、職員から率直な意見を聞く研修や座談会を行うといいと思います。そして、ある程度思いを吐きだしてもらったら、コロナ禍を一丸となって乗り切るためにプロジェクトをつくり、職員と話し合いながら一緒に働き方改革を進めていくのです。自分たちでアクションを起こし、ルールを変え、1つでも2つでも状況が改善されれば、職員のモチベーションが高まり、結果として管理職への信頼も高まることになります。

理想の管理職像とは?

今の時代に求められる管理職像とはどんなものかといいますと、一つの選択として、セキュアベース(心理的な安全基地)としてのあり方が挙げられます。女子テニスの大坂なおみ選手と、元コーチのサーシャ・バイン氏との関係は、まさにこれだったと言われています。世の中全体がどんどん個人化し、人と人とのつながりがもろくなった中で、安全基地となって自分をいつでも受け入れてくれる他者の存在が、必要とされているのです。

組織心理学者のジョージ・コーリーザーは著書『セキュアベース・リーダーシップ ――〈思いやり〉と〈挑戦〉で限界を超えさせる』の中で「セキュアベース・リーダーの9つの特性」を挙げています。

  1. 冷静でいる
  2. 人として受け入れる
  3. 可能性を見通す
  4. 傾聴し質問する
  5. 力強いメッセージを発信する
  6. プラス面にフォーカスする
  7. リスクをとるように促す
  8. 内発的動機で動かす
  9. いつでも話せることを示す

このようなセキュアベース的な管理職になる必要があるのは、校長だけというわけではなく、教頭でも主幹教諭でもいいのです。一人一人の職員にとって、セキュアベースは1つではなく、職員室のあちこちにあることが理想です。

最後に、ご提案したいことがあります。そもそも教師は、子どもや保護者の悩みを聞き、高度な職務を遂行しなければならず、常にメンタルの危機にさらされる職業です。それは管理職にも言えることです。

たくさんの人から相談を受ける心理カウンセラーたちの間では、自分専用の相談相手(カウンセラー)を持つのが当たり前になっています。これからは教師も管理職も必要ならば、個人的なつらい心情を吐露できる相談相手を持ち、定期的にカウンセリングを受けたほうがいいのではないでしょうか。理想的なのは教育委員会から手当等を支給してもらい、学校の外でカウンセリングを受けることです。そうやって管理職がご自分のメンタルを守りながら、教師を守ってあげてほしいと願っています。

赤坂真二●あかさか・しんじ 新潟県生まれ。19年間の小学校での学級担任を経て2008年4月より現所属。現職教員や大学院生の指導を行う一方で、学校や自治体の教育改善のアドバイザーとして活動中。2018年3月より日本学級経営学会共同代表理事。『アドラー心理学で考える学級経営』(明治図書出版)など著書多数。

取材・文/林孝美

『総合教育技術』2021年10/11月号より

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