管理職になるべきかどうか【現場教師を悩ますもの】
「教師を支える会」を主宰する『現場教師の作戦参謀』こと諸富祥彦先生による連載です。教育現場の実状とともに、現場教師の悩みやつらさを解決するヒントを、実例に即しつつ語っていただきます。
目次
【今回の悩み】管理職試験を受けるべきか迷っています
自分で言うのもなんですが、クラス運営もうまくいっていますし、保護者との関係も良好です。校内研究担当として周囲からリーダー的に見られることも多くなってきました。
「管理職試験を受けてみないか」と、校長から勧められています。やりがいがありそう、とは思うものの管理職が大変なのは十分理解していますし、子供も小学校に上がったばかりです。
キャリアのターニングポイントをどう考えていけばよいでしょうか。
(小学校教諭・30代女性)
クラスを自由にできるという権限を手放すこと
今、管理職志望者が若手に少ないのが現状です。たしかに管理職は責任ばかり多い仕事です。何かあれば地域からクレームが来るし、保護者からもいろいろな意見が届きます。眠れない日々が多くメンタルヘルスを損ねてしまう人も少なくありません。多くの自治体で管理職候補を探すのに苦労しています。なかなか管理職になってくれる人がいないので候補者探しから力を入れないといけないわけです。
これは学校だけでなく、企業や大学にも当てはまることかもしれません。上り詰めれば相当な権限がある、という場合は別ですけれども、多くは中間管理職であり、責任だけが重くなって、退職金もそれほどの違いはない場合が多いのではないでしょうか。よほどの見返りが伴わない限り「管理職にはなりたくない」という人が多いのかもしれません。
本来なら「出世できるのだったら出世したい」というのが健全な職場です。みんなが出世したがらない職場や社会というのは、やはりどこか健全さを欠いているのかもしれません。
学校の先生は自分のクラスを自由にできるという意味で権限は大きいのです。でも、管理職になるとそれを手放し現場と教育委員会に挟まれた中間管理職になるのだ、と感じている先生のほうが多いように思います。校長になっても「出世した」という感じが今はしないのです。それで担い手が本当に少なくなっているのだと思います。
何かを犠牲にする必要はない 全部どりの気持ちで
ご相談の先生が健全なのは、そうした現状を見て「やる人がいないのだったら、私がやるか」という気持ちになっていることです。責任感の強い健康な心の持ち主だと思います。もし、期待に応えたい気持ちのほうが強いのであれば、引き受けるのがいいと思います。その気持ちがある人のほうが伸びるからです。
特に女性の先生には「何も失わなくていい、欲しいものは全部手にするぐらいの姿勢でやってください」と言いたいです。現場からできるだけ離れたくない。自分の子供のケアもしたい。女性らしさも忘れたくない。それらは何も捨てる必要はありません。
下手に何かを捨てる覚悟でやってしまうと、あとで後悔することになりそうな気がします。今の時代は全部やりたいことをしていい時代だと思います。そうした時代にならないとおかしいです。ですから力まなくていい。「全部どりの姿勢」で管理職になることをお勧めしたいです。
もし、誰かに相談をするとしたら「やってみなさい!」というノリの人ではなく、親身になって相談に乗ってくれそうな女性管理職の先生がいいのではないでしょうか。これまで勤務された学校で、1人は女性管理職はいたと思います。「この先生が校長をやれるんだったら私もなってみてもいいかな」と思える、そういう校長先生。ちゃんと出世コースを歩まれてきたんだな、と思わせる先生で、人間としても教師としても魅力がある人。そういう人に相談しましょう。
キャリアの自己決定は教員の世界にも必要
できる先生は早いと30代後半、40代前半で管理職になる時代です。でも、ちょっと立ち止まって考えてほしい部分もあるのです。
若いうちに管理職になると、子供と接している年数より現場を離れている年数のほうが長くなってしまいます。現場だって実力のある先生のサポートを必要としています。力のある先生を現場から減らすことになる今のやり方を見ると、「そんなに現場は余裕があるんですか」と言いたくなります。「もうそういう時代ではなくなってきているのでは」とも思います。
子供たちにはキャリア教育で自己決定や自己選択が大事だと言いながら、現状では教員のキャリア上の自己決定や自己選択はほとんど認められていません。これは、学校教員の世界の理不尽なところです。希望して指導主事になれる道が拓けるような自治体はまだ少ないと思います。これからは「優秀な教員が若くして管理職になりすぎる問題」も見直される必要があると思います。
諸富祥彦●もろとみよしひこ 1963年、福岡県生まれ。筑波大学人間学類、同大学院博士課程修了。千葉大学教育学部講師、助教授を経て、現在、明治大学文学部教授。教育学博士。臨床心理士、公認心理師、上級教育カウンセラーなどの資格を持つ。「教師を支える会」代表を務め、長らく教師の悩みを聞いてきた。主な著書に『いい教師の条件』(SB新書)、『教師の悩み』(ワニブックスPLUS新書)、『教師の資質』(朝日新書)、『図とイラストですぐわかる教師が使えるカウンセリングテクニック80』『教師の悩みとメンタルヘルス』『教室に正義を!』(いずれも図書文化社)などがある。
諸富先生のワークショップや研修会情報については下記ホームページを参照してください。
https://morotomi.net/
取材・文/長尾康子