「この人になら話せる」と思われる学年主任になるためのケーススタディ
「学年主任が完璧すぎて話せない」。一担任としてどんなに優秀でも、学年というチームにとってそんな存在になっていては、学年主任としては改善の余地ありです。ここでは子供のトラブルに遭遇した学年の、あるあるケースを例にしながら、良いチームを作る「さらけ出す力」「プラス20パーセントの頑張り」について解説していきます。
執筆/兵庫県公立小学校校長・俵原正仁
目次
隣のクラスでいじめが?
学年主任 内藤先生の場合
気になることを子供から聞いた 。
「昨日、矢野くんが鈴木くんたちのランドセルを持たされていた。」
矢野も鈴木も隣の美穂先生のクラスの子供である(①)。美穂先生はこのことを知っているのだろうか。
「内藤先生、明日の体育のことで、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど、お時間いいですか 。」
こう言いながら美穂先生が教室に入ってきた。ちょうどいい機会だ。聞いてみよう。
「美穂先生、矢野くんのことですが。」
美穂先生の表情が少しゆがむ。
「内藤先生、何か聞いているんですか?」
「いや、うちのクラスの子から、矢野くんが他の子のランドセルを下校時に持たされている姿を見たという話を聞いたので。自分なんかも小学生の頃、じゃんけんで負けたらみんなのランドセルを持つという遊びはよくやっていたんだけど、そういう遊び的なものならいいんですけどね。俺、じゃんけんが弱かったから、よく持たされてたんだよなあ(笑)。」
「今度、聞いてみます。」
そう答えて、美穂先生は、足早に教室を出て行った(②)。あれ、体育の話は?
【①】
このように、高学年の場合、子供たちのトラブルの情報は、隣のクラスから入ってくることが多いものです。学年がチームである必要性の一つがここにあります。
【②】
何か違和感を持った時は、スルーしてはいけません。これは私が30年以上かけて得た経験則です。何度、あの時、ああすればよかった……と後悔したことか。
そしてその日から3日後。
放課後、美穂先生が、深刻な表情をして教室に入ってきた。
「矢野くんのことなんですけど……。」
話を聞いてみると、ここ3日間、矢野くんは学校に来ていないらしい。連絡帳には「体調が悪いのでお休みします」と書いているものの、本当の理由は別のところにあるかもしれない(③)。
しくじった。あの時、美穂先生には、「矢野くん、いじめられているんじゃないの」と、はっきり言っておくべきだった。5年目だということで、少し遠慮してしまった(④)。
「で、このことは、高橋先生や管理職には話した?」
「いえ、まだです。」
そういえば美穂先生は去年クラスがうまくいかない時期があって、教頭先生から何度もダメ出しをされていた。同じ学年の高橋先生は3年後輩だし。それは言いにくいわな(⑤)。
「とにかく、今から高橋先生のところに行きましょう。学年で今後の方針を決めた上で、管理職に話を持って行くことにします。」
この後すぐに、内藤先生は美穂先生と共に高橋先生のところに行き、矢野くんへの対応を話し合い、今後の方針を管理職に報告、相談します。
【③】
実際にいじめられていても、「いじめられているから学校に行きたくない」と言えない子供は多いようです。また、「学校には言わないでほしい(かえっていじめられるから)。」と保護者に言っている場合もあります。教師は自分のクラスにいじめは起こってほしくないと思っているので、「体調が悪い」ということを額面通り信じようとする傾向があります。ここは「いじめ」が原因であると仮定して、学年主任として子供たちへの対応を行う必要があったのです。
【④】
「もう5年目だし、任せても大丈夫だろう。細かいことをぐちぐち言って迷惑がられるのも嫌だし。」という思いを持つことがあります。今回の場合、細かいことをぐちぐち言わずに、この後、どうすればいいかというポイントをはっきり告げればよかったのです。「自分の場合は遊びだったけど、このことがいじめにつながることがあるから、一度本人に様子を聞いてみたらいいよ。」
「いじめがある」と断言されるより、「つながる」と表現した方が、自信を無くしかけている先生にとっては、素直に受け止めやすいかもしれません。
【⑤】
実は内藤先生自身も気付いていません。自分も美穂先生にとって、相談しづらい人の一人だったということに。もし、内藤先生が美穂先生にとって話しやすい人であったのなら、最初の段階で相談しているはずです。では、相談しやすい雰囲気をつくるためにはどうしたらよかったのでしょうか。それについては、後の「チームづくりのポイント」で述べます。
「教頭先生、矢野くんの欠席の理由が、もしいじめからくるものでしたら、これはいじめの重大事態になる一件です(⑥)。校内のいじめ対策審議会を開いたうえで、教育委員会にも報告する必要があります。」
「えっ、そうなの 。なんでそんな重大なことを今まで黙ってたんだよ。」
ああ、いつも教頭はそうだ。だから、美穂先生があんたに相談できないんだよ(⑦)。
【⑥】
大げさでも何でもなく、このことは「いじめ防止対策推進法」の第28条に明記されています。紙面の都合があるので、詳細は後で各自調査してください。なんにせよ、法律的なことも学年主任としては、頭に入れておかなければいけないということです。
【⑦】
このような嫌な管理職ほど、早め早めの報告が必要になってきます。それは、管理職から叱られないためではありません。責任を管理職にシェアしてもらうためです。聞いたからには、最終責任は管理職にいきます。いざとなったら、管理職にお願いすることができるという気持ちで、対応を行うことができます。
私のクラスでいじめが?
5年目 美穂先生の場合
「美穂先生、矢野くんのことですが。」
矢野くん……。学年主任の内藤先生から出てきた言葉に、一瞬表情がこわばる。ヤバい。矢野くんの保護者から相談があったことを内藤先生は知っているのだろうか(⑧)。
たぶん、そのことだ。自分なりに、矢野くんに話を聞いて、対応したつもりだったけど。
あ~、今年はうまくやっていたつもりだったのになぁ(⑨)。
「内藤先生、何か聞いているんですか?」
「いや、うちのクラスの子が、‥‥‥‥。」
内藤先生の表情を見ていると、そんなに深刻には捉えていないみたい。大ごとになる前に、何とかしなくちゃ(⑩)。
「今度、聞いてみます。」
これ以上つっこまれる前に教室を出ていこう。
【⑧】
美穂先生はこの段階で、学年の先生に話をするべきでした。他のクラスの子供が関係していることもあるからです。たとえ自分のクラスの中だけの話だったとしても、多くの目で子供たちの様子を見ることによって、トラブルを早期発見、早期対応することができます。
【⑨】
自分なりの対応がうまくいっていたかどうかを確認するためにも、第三者の目が必要だったわけです。自分では、うまくやっているつもりでも、周りから見ると危なっかしいことはよくあります。
【⑩】
中学校と比べて、小学校の教師は、一人で抱え込む傾向があります。抱え込む限り、チームとして機能することはありません。
「弱みを見せたくない。」
弱みを見せていいんです。
「借りをつくりたくない。」
借りをつくっていいんです。
某有名海賊漫画で、主人公でもある船長は、
「おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!!!」
と言っています。それぞれの弱みを、別の人がフォローして目標に向かって進んでいく。
それがチームです。
学年主任として取り組むチームづくりのポイント
内藤先生の場合、チームで対応という意識はあるものの、無意識のうちに美穂先生が相談しづらい空気をつくってしまったことが、何よりの改善ポイントです。
これは内藤先生が「できる先生」だからこそ、起きた弊害と言えます。美穂先生にとって、内藤先生は完璧すぎたのです。
以前私は、ももいろクローバーZの百田夏菜子さんとの対談で、次のような話を聞きました。
「いつもポジティブで明るい人は、悩みがある人にとっては、相談しにくい相手かもしれないということ。誰でも『実は私、悩んでいるんだけど』と弱みを見せられたほうが、自分の悩みも話してみようかなという気持ちになれますよね。」(小一教育技術2017年10月号)
学年主任だからといって、いつも完璧である必要はありません。もし、仮に(まぁ、そんなことはほぼありませんが)完璧だったとしても、過去の失敗談など話せばいいのです。
このように、まず、自分から話すことによって、「失敗を恐れることはない」ということを若手教員にインプットしていきます。
失敗を恐れなくなると、周りの人にどう思われるだろうかという目先のことにとらわれなくなり、本質的なことに目が向くようになるからです。
いいチームを創っていくためには、一人一人の先生方が自由で、創造的な意見交換が行われることが絶対的な条件となります。そのためにも風通しのいい雰囲気をつくらなければいけません。それを実現するのがリーダーの役割りです。
まずリーダーがさらけ出す
ことで、その第一歩が踏み出すことができるはずです。
若手でも心がけたい日常のコミュニケーションのポイント
学級崩壊を起こす教師に共通していることは、「さらけ出す力」がないということです。今回の美穂先生の場合も、周りの人に悪く思われたくないという思いが最優先事項になってしまいました。実際の現場では、周りの人が知った時には、すでに手遅れの状態になっていることもよく見かけます。そうならないためにも
若手もさらけ出す
ことを意識しましょう。
ただし、「さらけ出す」と言っても、マイナスのことばかりさらけ出すのではありません。プラスのこともさらけ出します。
「今日、田口くんがお笑い係でバカ受けした。」
「私、こう見えてもバレーボールでインターハイに出たことがあるんですよ。」
等、クラスの子供たちの頑張りや自分の得意なこともさらけ出すのです。いいことも悪いことも一人で抱え込まず,さらけ出しましょう。
また、いくら借りをつくってもいい‥…と言われても、借りっぱなしでは、ちょっと気が引けるものです。だから、そのような思いにならないように、時々、あなたからも得意なことをGIVEするのです。でも、そのGIVEは無理をしてまでする必要はありません。
プラス20%程度の頑張り
でいいのです。例えば、パソコンが得意な人は、自分が作ったワークを隣のクラスの分まで印刷しておくという感じです。自然な感じで無理なくできる範囲で行うのです。プラス20%程度の頑張りなら、見返りがなくてもさほど気になりません。
このような善意の積み重ねが、日常のコミュニケーションを円滑にしてくれます。
イラスト/大橋明子
『小六教育技術』2018年9月号より