ページの本文です

【シリーズ】高田保則 先生presents 通級指導教室の凸凹な日々。♯22 ―通級指導で指導する学習方略(2)――精緻化と分散学習の実践

連載
通級指導教室の凸凹な日々。 presented by 高田保則先生
関連タグ

北海道公立小学校教諭

高田保則
連載「通級指導教室の凸凹な日々。」バナー

通級指導教室担当・高田保則先生が、多様な個性をもつ子どもたちの凸凹と自らの凸凹が織りなす山あり谷ありの日常をレポート。情熱とアイデアに満ちた実践例の数々は、特別支援教育に関わる全ての方々に勇気と元気を与えるはずです。

執筆/北海道公立小学校通級指導教室担当・高田保則

はじめに

北海道オホーツク地方の小学校で、通級指導教室を担当している高田保則(たかだやすのり)です。日々、子どもたちと向き合う中で感じたことや考えたことを綴っています。ここに記す事例は、これまでに出会った子どもたちのエピソードを組み合わせて作った架空のお話ですが、実際に過ごした時間の空気感を込めています。

通級指導教室の指導は、自立活動の時間です。自立活動は、子どものつまずきの原因に直接アプローチして、「やりづらさ」を「自分でできる」に変えるための指導と言えます。しかし、自立活動の理念には共感できても、実際の指導となると何をすればよいのか迷うのが現実ではないでしょうか。私はそうした指導者の迷いを「羅針盤のない船を操縦している」と表現しました。

前回の記事では、認知心理学の知見に基づく「学習方略」という視点で通級指導を見直してみることを提案しました。「学び方」を指導するということです。今回の記事では、「学習方略」の指導について、実践を交えてもう少し掘り下げてみたいと思います。前回の記事と併せてご覧いただければ幸いです。

1カンニングやコピペは学習方略か?

昭和の終わりごろ、「ザ・カンニング IQ=0」というフランスのコメディ映画が公開されました。勉強が苦手な学生が、あの手この手の方法を編み出して、テストの合格点を目指すお話です。靴底に辞書を忍ばせたり、袖から解答を書いた紙を引っ張り出したりするなど、学生たちは涙ぐましい工夫をします。「そんな暇があるなら、ちゃんと勉強しろよ!」と突っ込みながら笑った記憶があります。

さて、彼らが行ったカンニングの工夫は、学習方略でしょうか。もちろん違います。彼らは学習をしていないからです。カンニングは「答えを書き写す」という作業であり、自分の知識を更新していないのです。自分の頭の中にある「知識の地図」を、新たな情報を取り込むことで書き換えるのが学習です。知らなかったことを知り、人生を豊かに切り拓いていくのが学習なのです。

令和の現在は、生徒や学生がネットで拾った情報をコピペしてレポートに仕立てるのが問題になっています。生成AIを使えば、あたかも自分で書いたようなレポートを簡単に作ることもできます。しかし、AIをどう使うかが問われています。思考を代替させる道具にするのか、問いを深める道具にするのか。情報モラルの指導とあわせて、「学びをどうプロデュースするか」という視点を小学校段階から丁寧に育てることが、教育現場の喫緊の課題だと感じます。

カンニングやコピペという「作業」でごまかせるのは、他人の目だけです。自分の脳という「知識の地図」を書き換えるためには、脳が情報を処理する仕組みを知り、自分自身を司令塔として操る力を味方につける必要があります。では、具体的にどうすれば「本物の学習」が始まるのでしょうか。次節から記していきたいと思います。

2知識を自分のものにするために:記号接地理論

認知心理学者の今井むつみ氏は、学習を「外にある情報を脳にコピーする作業」ではなく、「自分の中にある知識のネットワーク(システム)を書き換えていくプロセス」だと定義しています。その鍵を握るのが「学習方略」です。

ここで重要になるのが、「記号接地理論」という考え方です。少し難しい言葉ですが、要するに、言葉や情報は自分の体験と結びついたときに初めて“わかった”ものになる、という考え方です。ネットの情報をコピペしただけの状態は、記号が脳内で浮いているだけで「接地」していません。自分の経験という地面に知識を着地させて初めて、それは生きた知恵となるのです。

連載の前回記事では、「体制化」「即時強化」という学習方略の実践を紹介しました。今回は、記号接地を促すための強力な手立てである「精緻化(せいちか)」「分散学習」を中心に、実践事例を紹介します。

私が携わる通級指導の現場では、これら複数の学習方略を組み合わせて指導しています。個々の子どもの困り感や「知りたい」という願いに寄り添うとき、バラバラだった知識が接地し、ネットワークが書き換わる瞬間に何度も立ち会ってきました。学習方略の指導は、子どもたちの学びに劇的な変化をもたらすと感じます。また、子どもたちが自身の学び方の特徴を知り、自分にフィットした学習方法を考えることは、自立した学習者になるための強力な手立てになると実感しています。

3学習方略を組み合わせた通級指導の実践 

中学生のCさんの事例を通して、具体的な支援の形をご紹介します。Cさんの指導では、複数の学習方略を組み合わせることで、停滞していた学びに劇的な変化が生まれました。

【野球用語辞典を作る】(精緻化と体制化)

Cさんに活用したのは、「精緻化」という学習方略です。これは、新しい知識をバラバラな点として覚えるのではなく、自分の持っている「既知の体験」という地面に、深く太い根として結びつける方法です。いわば、知識を「ひとりぼっち」にさせない作戦です。 

中学生のCさんは、学業成績の不振を主訴に、自ら通級指導を希望しました。一方、保護者は、Cさんが体調不良で時折欠席するのを心配されていました。休みがちなために、授業についていけないのではないかと懸念していたのです。そこで、Cさんが学ぶ楽しさと自信を感じられれば、体調も改善し、欠席も減るのではないかという仮説を立てて、通級指導を開始しました。

Cさんにインタビューしました。彼は地域の選抜チームで活躍するほどの野球少年であることが分かりました。試合の敗因を論理的に分析できる高い知能を持ちながら、国語や社会などのテストでは「すぐに忘れてしまう」と語りました。知能検査の結果が良好にもかかわらず、本来の能力が発揮できていない、いわゆる「アンダーアチーバー」の状態でした。

彼の課題は、状況を理解する力は高いものの、それを表現するための「語彙力の不足」にありました。そこで私は、彼にこう提案しました。

「小学生の野球部員が読める『野球用語辞典』を、スライドで作ってみない?」

イラスト1/知識が着地する瞬間   by高田保則 (生成AIを使用して作成)
イラスト1/知識が着地する瞬間 by高田保則 (生成AIを使用して作成)

最初のスライドは、説明文が並んだだけの“教科書の写し”のような出来でした。そこで私は、画面を指さして問い返しました。

「それ、小学生が読んで本当に分かるかな?」

『野球用語辞典』を見せる対象は、野球用語を「漢字の羅列」としてしか捉えられない小学生の後輩たちです。Cさんは、自分の経験を総動員して解説を考え始めました。

「犠牲フライ」:何を犠牲にして、何を得るプレーなのか? そもそも「犠牲」とはどういう意味か。

「申告敬遠」:誰に何を「申告」するのか? なぜ遠ざける(敬遠)のか。

「犠牲」や「申告」といった抽象的な言葉が、彼の頭の中にある「野球の戦術」という鮮明なイメージとガッチリと結びつきました。これがまさに、今井むつみ氏の言う「記号接地」の瞬間です。ただの記号だった漢字が、自分の経験という地面に「着地」したのです。

この取組は、既有知識に根を張る「精緻化」であると同時に、バラバラな用語を野球という軸で整理し直す「体制化」の方略でもあります。好きな野球を通じることで、彼は「学ぶ楽しさ」を取り戻していきました。

イラスト2/野球用語辞典を作る   by高田保則 (生成AIを使用して作成)
イラスト2/野球用語辞典を作る by高田保則 (生成AIを使用して作成)

【家庭学習に目覚めたCさん】(分散学習と「問い」の予習)

認知心理学の研究では、一度にまとめて学ぶ「集中学習」よりも、時間を空けて繰り返す「分散学習」の方が記憶の定着に有効であることが示されています。しかし、現場の教員なら誰もが知っている通り、この「コツコツ」が子どもにとって最も難しいのです。これを「根性論」ではなく、いかに「仕組み」として導入するかが、支援の腕の見せ所です。

野球の強豪校への進学を志し、受験勉強に本腰を入れ始めたCさんに、私は新たな戦略を提案しました。それが、「問いを立てる予習」を通じた分散学習の習慣化です。

一般的に予習といえば「内容を予習して覚えること」と思われがちですが、私の狙いは違います。教科書をざっと眺め、自分なりの「?」を見つけること。これだけで十分なのです。予習で「問い」を持ち、授業で「答え」に触れ、テスト勉強で「定着」させる。この流れを作るだけで、無理のない三度の分散学習が成立します。

通級指導の時間、Cさんに歴史の教科書を開いてもらいました。彼は太平洋戦争の導入ページにあるイラストを情報端末で撮影し、スライドに投稿しました。

「イラストを見て、疑問に思ったことを書き込んでみよう」

そう促すと、彼は注意深く画面を見つめ、次々と問いを書き込みました。

「グラウンドで訓練している生徒は、戦闘の練習をしているの?」

「『ぜいたくは敵だ』って、どういう意味?」

わずか10分ほどの活動で、Cさんの手元には四つの「問い」が生まれました。

「これなら負担じゃないでしょ?」という私の問いに、彼は「はい、家でもできそうです」と力強く答えました。

 私は彼に、野球に例えてこう伝えました。

「予習はアップ、授業は練習、テストは試合なんだよ」 この言葉に、Cさんは深く腑に落ちた様子でした。

イラスト3/分散学習は、アップ-練習-試合   by高田保則 (生成AIを使用して作成)
イラスト3/分散学習は、アップ-練習-試合 by高田保則 (生成AIを使用して作成)

特別な教材も、鋼の意志も必要ありません。学びの入り口を少し整えるだけで、分散
学習という強力な方略は動き始めます。自分に合ったやり方で学びをプロデュースす
る「自己調整学習」の芽が、確かにCさんの中に育ち始めていました。

定期テストの成績が上がったCさんは、登校前の家庭学習を習慣化することができました。そして、いつの間にか、欠席も次第に減っていきました。

まとめ

Cさんの事例が教えてくれるのは、成績不振の原因が必ずしも「能力」や「やる気」にあるのではない、ということです。Cさんに必要だったのは、膨大な知識を詰め込むことではなく、自分に合った「学び方の地図」を手に入れることでした。

通級指導の現場で大切にしたいのは、目先の点数を上げること以上に、生涯にわたって自分を助けてくれる「学習方略」の習得を促すことだと考えます。

自分の強みを活かして知識を耕す「精緻化」、脳の仕組みを利用して定着を図る「分散学習」、そしてこれらを自分の状況に合わせて選び取る「自己調整学習」。これらは、学校を卒業した後も、未知の課題に立ち向かうための「生涯にわたる武器」になります。

「何を学ぶか(コンテンツ)」が溢れる現代だからこそ、教育現場には「どう学ぶか(プロセス)」を教える視点が不可欠です。子どもたちが自分自身の「司令塔」となり、学びをプロデュースする。そんな「学び方を学ぶ」経験を通級指導を通して広げていくことが、通級指導担当者の役割になると信じています。

〇参考文献
『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか』 今井むつみ・秋田喜美 著/中央公論新社
『認知心理学者が教える最適の学習法: ビジュアルガイドブック』 ヤナ ワインスタイン・メーガン スメラック 著/東京書籍      
『使える! 予習と復習の勉強法 ――自主学習の心理学』 篠ケ谷圭太 著/筑摩書房

高田保則先生写真

高田保則先生プロフィール
たかだ・やすのり。1964年北海道紋別市生まれ。オホーツク地域の公立小学校教諭。公認心理師。特別支援教育士。開設された通級指導教室の運営を任され、新たな指導スタイルを模索している。趣味はバンド演奏。

この記事をシェアしよう!

フッターです。