インタビュー/元小学校校長 俵原正仁さん:必要なのは教師の力量向上。そのためにも6年生は週25コマに【授業時数問題 解決へのヒント⑤】
「授業時数が多すぎる」、そう感じている小学校の先生は、全国にたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。今までは学校や先生方の工夫で何とかこなしてきましたが、これから先もこのままでいいのでしょうか? 中教審で次期学習指導要領の議論が行われている今だからこそ、現場の声を上げ、具体的に何をどう変える必要があるのかについて考えてみませんか。連載の第5回は、適切な授業時数、持ちコマ数について考えてみたいと思い、5期の標準時数を実際に経験してきた、元小学校校長の俵原正仁先生にお聞きしました。

(プロフィール)
俵原正仁(たわらはら・まさひと)元小学校校長、学校支援スーパーバイザー。
1963年、兵庫県生まれ。兵庫教育大学を卒業後、兵庫県の公立小学教諭、教頭、市教育委員会事務局などを経て校長となり、2025年3月に定年退職後、現職。芦屋市を中心に教師の力量向上のための学校支援相談員として活動中。現役時代には「笑顔の教師が笑顔の子供を育てる」という「笑育」のコンセプトに基づき、楽しく笑顔あふれる学校づくりに取り組んできた。『管理職のためのZ世代の育て方』(明治図書出版、2023)、『プロ教師のクラスがうまくいく「叱らない」指導術』(学陽書房、2014)など著書多数。
目次
5期の標準時数を振り返って
私が教員&管理職生活の中で経験したのは五つの標準時数です(1977、1989、1998、2008、2017)。
新卒で教員になったのは、1986年ですから、1977標準時数の最後のほうです。あの頃は今と違って土曜日に授業がありました。子供を4時間目までで帰し、土曜の昼からはだらだらと仕事をして、結構のんびり過ごしていた気がします。ときには教員みんなでテニスをしたり、土曜日には給食がないので、機械を持ってきて家庭科室で流しそうめんをしたりしたことも、今となってはいい思い出です。
5期を振り返って、個人的には1998標準時数がいちばん良かったと感じます。現在ほど授業時数が多くはなかったですし、2002年度(1998標準時数)から学校週5日制になりましたので、やはり土曜日に休めるのはポイントが高いからです。1998標準時数は「ゆとり教育」が行われた時期です。後に子供の学力が低下したと大騒ぎになりましたが、モジュールを使い、授業時数にカウントしないで朝のスキルタイムとして「百ます計算」などを行っていた学校が結構ありました。世間が騒ぐほど学力は落ちていなかった気がします。「ゆとり教育」というぐらいですから、教員もそれほど疲弊している感じはありませんでした。疲弊するようになったのは、「ゆとり教育」の後からです。
授業時数問題よりも、先生たちを疲れさせているものがある
今回の取材を受けるにあたり、何人かの先生たちに「どの時代が良かった?」と聞いてみたところ、土曜日を経験している人たちは、「土曜日に授業があったときのほうが良かった」と言っていました。当時は週6日勤務ですから、担任の持ちコマ数は今よりもずっと多く、30時間を超えていました。それでも精神的にゆとりがあったのは、授業以外の部分にそれほどエネルギーを割かずに済んでいたからです。
その「授業以外の部分」とは何かというと、保護者の対応です。今、多くの先生たちが疲弊しているのは、授業時数が多いこと以上に、保護者の対応にエネルギーを使うせいだと思います。
そうなったのは、保護者の意識が変わったからです。最近は小さいことでクレームを入れるのが当たり前というか、それが当然の権利のように考えている人がどんどん増えてきています。この傾向が強くなったのは2000年代に入ってからかもしれません。SNSの影響も大きいのではないでしょうか。
例えば、昔は子供が家に帰って保護者に「先生に怒られた」と言ったら、もう1回自分の親から怒られたものですが、今は保護者が「先生に文句を言ってやるね」と言う時代になっています。子供がいたずらをしたときに、注意してくれるどころか、「それは先生が間違っていますよ」などと言われます。過剰に反応する方もいて、保護者の対応で苦労している先生はたくさんいます。どこの学校にも、どの学年にも、対応に苦労する保護者はいるものです。
今は、昔なら問題視されなかったような小さなこともクレームとして入ってくる時代になりました。野球でたとえると、昔はエラーをしても、あまり突っ込まれませんでしたが、今はエラーをしたら保護者から即攻撃されます。もちろん、エラーすることはよくありません。エラーしなければいいのですが、エラーを恐れるがゆえに守りの意識が強くなってしまい当たり障りのない実践が多くなっているような気もします。
ちなみに、エラーというのは、先生方の発言の中だけにあるわけではなく、授業そのものも該当します。そもそも授業が面白くないから、子供がいろいろなトラブルを起こすのです。授業のうまい先生のクラスは落ち着いています。
ですから、若い先生に意識してほしいことは、教師の力量を上げることです。力量が上がり、授業が落ち着いてくると、保護者とのトラブルも圧倒的に減るからです。
また、2017標準時数になってから、不登校が増えています。その原因の一つとしても、保護者の意識の変化が挙げられると思います。今は、保護者が子供に「学校に無理して行かなくていいよ」と言うのが一般的です。それは別に間違っていることではないと思いますが、以前は泣こうがわめこうが、無理やり学校に行かせる保護者のほうが多かったのです。そういう保護者に「今日はゆっくり休ませてあげてください」と言うのは学校の役目だったのですが、逆になっています。その結果、昔なら不登校まで行かなかったようなちょっとしたきっかけで不登校になる子供が増えているように見えます。
おそらく昔は、力ずくで学校に行かされることで、乗り越えられた子がいた反面、不登校が「解消」したように見えるだけで、実は深い傷を負っていた子供たちもいたことでしょう。ですから、どちらがいいことなのかは分かりませんが、不登校が増えた理由として保護者の意識の変化が影響していることは確かだと思います。
このように今の先生たちは、保護者の対応に特にエネルギーを割かないといけなくなり、疲れ切っています。この状況を改善するには、教師の力量を向上させて面白い授業をする必要があり、それには先生方が学ぶための余白の時間が必要です。だからこそ、授業時数をもっと減らしてほしいと考えます。