学級担任が行う教育相談の進め方【やき先生のとっておき学級経営の実践ノート】⑤

宮川八岐・元文部科学省視学官による「やき先生のとっておき学級経営の実践ノート」の人気の連載です。今回のテーマは、「学級担任が行う教育相談の進め方」。学級担任が行う学級経営の内容・課題として掲げられる教育相談について、基本的な考え方ややき先生の実践例などについて紹介していただきます。
執筆/元文部科学省視学官・宮川八岐

目次
「教育相談」のねらい
教育相談は、児童が現在及び将来において社会的な自己実現ができるような資質・能力・態度を形成できるように働きかけることで、学校生活のあらゆる場や機会の中で行われるべきことであり、特別なものではないと考えることが基本的な捉え方です。
特に、学級担任が行う教育相談は、学級集団において好ましい人間関係を育て、生活によく適応させ、自己理解を深めさせて、児童一人一人の心の成長や発達につながるよう、児童一人一人に寄り添い、支援することです。
「教育相談」を行う前提としての教師の姿勢
「教育相談」を行う教師の姿勢を考えていきましょう。
学級経営案に基本姿勢を明示する
学校経営の方針に基づいて学級経営案を作成しますが、そのなかに学級担任としての教育相談推進の基本的な姿勢を明確にする必要があります。やき先生は、年度初めに校内組織の 「教育相談部の計画」を踏まえつつ、やき先生なりの教育相談の見通しを立案しました。
やき先生が、所属していた学校では、年に1回「事例報告会・研修会」を実施していましたので、そこでの事例報告と校内の先生方の様々な取組について理解し、その後の学級経営に生かすようにしていました。
カウンセリング・マインドによる児童との関わり
教育相談における学級担任の児童との関わり方として、次の姿勢が基本とされています。
① 「傾聴」と「受容」ということ
まずは、児童の話を「じっくり聴く」という姿勢です。児童の話を聴いていて、教師としての様々な疑問や批判などがあっても、その都度そうしたことへの指摘など評価的な対応をせずに、まずはじっくり(まるごと)聴くことに集中することだといいます。つまり、児童の行為やそうならざるを得なかった気持ちなどを推し量るなどしながらまずは受け止めることだと言います。やき先生の初任の頃はなかなかできませんでした。
やがて、やき先生は必要があっていわゆる教育相談をする場合、相談者と向き合って座るのではなく、なるべく横に座るようにしていました。そして、「教師の立場から聞き出したいことを聞く」のではなく「児童が言いたいことを聴く」ようにしていました。

② 「共感」ということ
相談者の語りに共感的に聴き入るということが大切です。児童が語ることにあいづちをうったりうなずいたりしながら、時折児童が言ったことを繰り返したり、要約したり、やき先生が感じたことを言葉で伝えたりしながら共感的に聴くことです。
語る児童の立場に終始立って、児童の心情などをともに体験する気持ちで聴き入ることです。そのことで児童は「先生は聴いてくれる」という安心感(信頼)をもって語ろうとします。基本的には「共感的理解」ということであり、このことが「人間的触れ合い」の前提だと考えています。
③ 「児童の自己決定・自己選択を促す」ということ
児童自身の自己の可能性へのチャレンジ発揮の機会をつくることへの援助ということです。教育相談は、児童一人一人の発達と教育に関わる諸問題をめぐって、本人およびその保護者などに必要な心理・教育的援助を行うものであり、それぞれの当事者が問題を十分に捉え直し、その解決に向けて主体的に努力する過程を尊重し、その過程が円滑に生じるように側面から可能な援助をすることを基本としています。
従って、傾聴、受容、共感的理解などにより児童に寄り添ってともに考えたうえで、児童自身が今後どのような努力をするか、児童自身に決めさせることです。そして、児童自身が自らのチャレンジに自信をもつことができるように援助することです。
「生徒指導の機能」を生かす
やき先生は、大学で「教師論」「特別活動論」の他に「学校・学級経営論」と「生徒指導論」も担当しました。その学校・学級経営論のなかで、<教育相談を生かす学校・教師>の項目も設け、教育相談を充実する学校体制や学級担任が行う教育相談の意義と方法などを講義内容としました。生徒指導論においては、<生徒指導を充実する学校体制>や<生徒指導と教育課程><生徒指導と教育相談>などの項目を設けるなど、「生徒指導の機能の理解と指導のあり方」について、問題行動対応になりがちな学校の指導の現状などを踏まえて講義しました。
その講義を通してやき先生は、「教育相談の進め方」と「生徒指導の機能を生かす指導のあり方」には本質的に重なるところがあり、それを踏まえて関連を図ることが両者の充実にとって極めて重要であると考えました。
① 「生徒指導」と教育課程
戦後、文部省は、生徒指導の考え方や進め方に関する著書として昭和40年に『生徒指導の手びき』を刊行しました。学校においては長い間これを基本的なよりどころにしてきました。また、小学校においては、昭和56年度から平成2年度までの間に『小学校生徒指導資料』(1~7)を作成しています。
その後、生徒指導に関する研究や論文が数多く公になっていますが、文部科学省は平成22年3月に『生徒指導の手びき』を大幅に改訂して『生徒指導提要』とし、さらに令和4年12月に再改訂しています。現在の生徒指導の考え方や進め方等を理解する上で最も基本になるのは、文部科学省が令和4年12月に刊行している『生徒指導提要』ということになります。大変な分量であり内容ですが、ぜひ一読をおすすめします。
生徒指導という用語が我が国の学習指導要領に登場するのは、戦後になってからのことです。高等学校を中心に校内暴力などが多発するようになり、当時の文部省は、それまでの生活指導論ではない指導を模索し検討していたなかで、アメリカのガイダンス理論に着目し、それを生徒指導と訳して日本型の指導として教育課程に生かそうとしました。
具体的には、例えば、小学校学習指導要領においては昭和43年改訂から、「学級指導」として位置付けられることになりました(現在の学級活動(2)・(3)です)。
その学級指導は、学級における好ましい人間関係を育てるとともに、児童の心身の健康・安全の保持増進や健全な生活態度の育成を図ることをねらいに、学校給食、保健指導、安全指導、学校図書館の利用指導、その他学級を中心として指導する教育活動を適宜行うものとするとされました。
その後、改訂のたびに増加する生徒指導上の諸問題への対応が課題になり、学級指導の充実への要請も高まるにつれて、扱いが学級活動(2)・(3)による指導に変わり、様々な行政施策が打ち出されるなど、生徒指導の一層の充実が求められるようになり、前述のような改訂を経て今日に至っています。
② 「生徒指導の機能」の捉え方
生徒指導と言えば、ややもすると「問題行動対応の指導」と捉えられがちです。しかし、本来は児童がよりよく生きるために必要なことを自らの力で身に付けることができるように援助(導く機能)することであり、教師は児童一人一人の個性を生かし、児童が自ら成長し、自己実現できるよう援助することだと言われます。
従って、生徒指導は特別な児童を対象にするのではなく、しかも学級活動(2)・(3)の領域にとどまることなく、学校教育全体で行われる必要があるとの考えから、学校のすべての教員が、いつでも、どこでも、指導する機能であるという考え方が提唱されているのです。
その意味で生徒指導は、究極的には、児童が自己実現を目指して生きるための自己指導能力を育成する指導(機能)であると言われるのです。
やき先生は、昭和57年度埼玉県長期研修教員として、今は亡き元千葉大学名誉教授の坂本昇一先生(長く文部科学省の生徒指導充実の諸施策に指導的立場で貢献)のもとで、生徒指導論を学びました。そのときの講義のなかで、「生徒指導の機能」を次のように語られました。
【A 内容領域的機能】
主に、学級担任による学級活動の授業を通した生徒指導
①学級活動(1)……学級生活の充実を目指した児童による自主的、実践的な集団活動(自発的、自治的な学級集団による問題解決活動)
②学級活動(2)(3)……自己の課題の解決に向けて、めあて実現に主体的に取り組む態度(自己指導能力)を育てる活動(集団思考による個人目標の自己決定の授業)
【B 方法原理の機能】
いつでも、どこでも、だれでもが行う生徒指導
①自己決定の尊重
②自己存在感を与える
③人間的触れ合いを基盤にする
すでに述べているように生徒指導の目標は、究極的には児童が自己実現を目指して生きるための自己指導能力を育成する援助指導(機能)であり、その意味で「個を生かす望ましい集団活動」を指導原理とする特別活動は、特にその機能が生かされる領域であるとも述べておられました。
上記【A 内容領域的機能】の①は「自分たちで」の活動であり、②は「自分で」の活動の目標を決める授業です。
しかし、学級活動の指導だけでは、生徒指導の充実は十分なものにはなりませんから、学校のすべての教師が生徒指導に当たる【B 方法原理の機能】の考え方が必要になるというわけです。その①から③は以下のことです。
①自己決定を尊重する
児童が自分なりのめあてを決められるようにすることです。教科学習にしても生活や集団活動にしても、班の目標を立てて班員全員に同一行動を求める指導がよく見られました。しかし、今では「個を生かす指導」の観点から、児童一人一人が自分に合っためあてを決めて、その実現に取り組ませる」というのが基本になっています。例えば、係活動も班単位で仕事を担当するということがありましたが、係の所属を決める際には、児童一人一人の希望を尊重する取組になってきました。
②自己存在感を与える
戦後間もなくの頃は、学級の係は何人かの選ばれた児童のみの活動でした。いわゆる今で言うところの計画委員会の組織は、各班の班長が集まって議長団などと称して学級会の進行をするという形が珍しくありませんでした。学級の一部の児童の特別な仕事だったのです。しかし、それでは生徒指導の機能を生かした教育課程の指導にはなりません。どの児童にも活躍の機会が与えられてこそ、一人一人が存在感を得ることができるのです。
③人間的触れ合いを基盤とする
学習や生活の基盤として、教師と児童との信頼関係および児童相互の人間関係をよりよいものにしなければなりません。そのためには、教師と児童の人間的触れ合いを基盤とする教科指導や集団活動の指導や学級経営への取組が欠かせません。
そのため、4月の始業式、入学式のその日に「出会いの工夫」で児童が教師に対して親和的感情をもてるようにします。そこから徐々に児童一人一人との関わりを深め、信頼関係を育てていくようにします。その過程で集団のなかで児童理解や個を生かす指導に努めるとともに、個々の児童が抱える課題に共感的に寄り添い個別に対応する教育相談を工夫するなどして、児童の発達を支援していきます。