小6道徳「杉原千畝-大勢の人の命を守った外交官-」指導アイデア
小六道徳「社会正義の実現」指導アイデアです。「杉原千畝-大勢の人の命を守った外交官-」(日本文教出版「生きる力」)を教材として、多様な価値観に触れ、自己の価値観の更新・発見を促す授業を展開します。
執筆/愛知県公立小学校教諭・八神進祐
目次
教材について
学年・時期
6年・後期
指導目標
誰に対しても公正・公平に接する態度や社会正義の実現に向けての勇気や心構えを育てる。
内容項目
公正・公平・社会正義
準備するもの
・資料1 ユダヤ人難民の言葉 (PDFダウンロード)
・映像資料「終戦60年ドラマスペシャル 日本のシンドラー杉浦千畝物語・六千人の命のビザ」(DVD等)
■趣旨
新学習指導要領「第4節 道徳科の教材に求められる内容の観点」では、「先人の伝記には、多様な生き方が織り込まれ、生きる勇気や知恵などを感じることができるとともに、人間としての弱さを吐露する姿などにも接し、生きることの魅力や意味の深さについて考えを深めることが期待できる」と述べられています。
そこで、「先人教材」を生かし、心の迷いや葛藤について考え議論することで、生きることの魅力や意味を深く考えることのできる児童の育成をしようと考えました。
■教材
第二次世界大戦時、6000人のユダヤ難民の命を救った日本人「杉原千畝」についての授業実践です。
ビザ発給をめぐり、千畝を取り巻く環境や時代背景の中で迷い、葛藤する場面を子どもたちに考えさせたり、千畝の家族や日本政府、ユダヤ人とその家族、ドイツ国や世界の国々などの視点をもたせたりすることで、多様な価値観に触れ、自己の価値観の更新・発見に繋がると考えます。
本時の展開
【1】導入 ユダヤ難民の言葉を知る
何のことだろうね。 ([資料1] を掲示)
天国? なんで無料?
敦賀って福井の? 何百年て本当に?
今日は杉原千畝さんのお話をします。
あ、知ってる! テレビで見たよ。
知っている児童がいれば、どのような人物かを簡単に説明させると予備知識が共有でき、よりよいと思います。
【2】展開 本文を読む
「杉原千畝-大勢の人の命を守った外交官-」(日本文教出版『生きる力』)
資料の中に「ユダヤ人への差別」という表記があります。
どんな差別をしたのだろう。
仲間はずれ等とは違って、もっと命に関わることだよね。
追い出したりしたんじゃないかな。
ユダヤ人への差別については、千畝の伝記を用意し、一部を読み聞かせたり、挿絵を提示したりすると、より緊迫した様子が伝わります。
なんてひどいことをするんだ。
ユダヤの人がかわいそう。
【3】ビザ発給について考える
ユダヤ難民が初めに千畝の領事館に訪れたとき、千畝はビザを発給したでしょうか。発給したと思う人はノートに〇(まる)を、しなかったと思う人は×(ばつ)を書きます。
〇 そりゃすぐにビザを発給するよ!
× 条件を満たしていない人には、すぐには発給できないんじゃないかな。
「答えは×(発給しなかった)」であることを伝え、ビザを発給したのはさらに数日後であることを伝えます。
なんで数日かかったのだろう。
家族に相談していたのかな。
迷ったり、悩んでいたりしたんだと思う。
【4】ビザ発給をした場合に起こる良いこと、悪いことを考える
箇条書きで書き出した後、誰の視点なのかをマグネットシールで整理します。
【5】ビザ発給賛成・反対の意見を発表し合い、議論する
教師が千畝の役となり、子どもたちは賛成・反対(ビザ発給によって起こる良いこと悪いこと)の意見や考えを発表し、議論します。
【反対】千畝の家族や友達も差別されてしまう。
【反対】自分がビザを出してしまったら、日本政府に怒られてしまうし、家族も差別されてしまうかも。
そうだよね。やはり、ビザを発給することは難しいよね。やめよう。
【賛成】自分の心に従いたいんじゃないんですか。本当は、人の命を救いたいんじゃないのかな?
【賛成】人として、どうしたらいいか分かっているんじゃないんですか。
【賛成】ビザを出さなかったら、何千人の命が失われるかもしれないし…世界全体で考えたらビザを出したほうがいい。
そうか。確かに、多くの人の命に関わることだ。ビザを出そう!
【反対】待って待って、本当にいいの。今まで残した業績だけでなく、すべてを失ってしまう。
【反対】家族も困ってしまうし、ドイツからも責められるし、日本からも居場所がなくなってしまうかも。
【賛成】千畝は今まで日本のために頑張ってきたから、そんなに罰は与えられないかもしれない。
【賛成】人の命がかかっているのだから、ビザを出す意味がある。ユダヤ人にも家族がいる。
【6】千畝の決断の想いを考える。
ワークシートに、それぞれ千畝になったつもりでビザ発給の決断の想いを書かせます。
・私自身の行動一つで多くの命が左右されてしまうことを忘れてはいけない。日本政府にとっては正しくないかもしれないが、私は人として正しいことをしよう(正しいと思うことをしよう)。
・もし私がビザを出さなかったら、罪のないユダヤ人がたくさん殺されてしまう。しかし、私がビザを出したら、罪に問われるかもしれない。ただ、罪のない人の命が奪われるのは絶対にダメだ。
・日本政府に罰せらるかもしれないが、ビザを出そう。このままでは私も家族も一生後悔することになるから。
・何千人のユダヤ人を助けることは、私や家族のためだけでなく、世界のためになるはずだ。
・こうして悩んでいる間にも、殺されている人はいるかもしれない。決断しよう!ビザを出そう!
・日本政府から罰せられたり、悪い目で見られたりするかもしれないけれど、7月21日に領事館前で必死にビザ発給を頼んできたときの顔は忘れられない。やはり、出さなきゃいけない。
・ドイツとの関係は悪くなるし、私もただではすまないだろう。しかし、罪のない大勢の命が失われてしまう。今は、私自身の立場を守るときではない。人として正しい行いをすべき時だ。
・私にも大切な家族がいるが、ユダヤ人にも大切な家族がいる。自分にできることをしよう。
・ビザを出そう! 妻や子どもには、大変な苦労をかけ、申し訳ないが…これが正義だと理解してほしい。ユダヤ人を助けよう!
千畝は、決意した理由をこう述べています。
「私はついに、人道主義、博愛精神第一という結論を得た」
人道主義、博愛精神というのは、どのような人でも愛情をもって接するという考えだよ。みんなの考えと似ているね。
【7】映像資料を視聴する
汽車が出発する直前まで泣きながらビザを発給し続けるシーンを視聴します。(映像資料「終戦60年ドラマスペシャル 日本のシンドラー杉原千畝物語・六千人の命のビザ 」)
筆者の実践では、涙をためて視聴する児童もおり、当時の人々の苦しみや不遇、千畝の決断の意義などを感じているように見受けられました。
そして、[資料1]は敦賀に逃げることができたユダヤ人の言葉であったことを伝えます。
【8】まとめ・感想を書く
みなさんは、杉原千畝の生き方をどう思いますか。
・自分も杉原千畝みたいに正義感がすごい人になれたらなと思いました。
・千畝さんは、自分よりもユダヤ人のことを先に考えていてすごいと思った。私もその考えを真似したいなと思った。これからも、人に親切にしてあげたい。
・千畝は、ユダヤ人にとっても、僕にとってもヒーロー。電車の中でも書いていて、約一か月間も休まず書き続けて、あきらめないので、僕もそういう人になりたい。
・迷いに迷って出した答えなので、本当に正しいと思いました。
・「あと一日早く決断していれば」というところで、もっと救えた人がいたことや、救えなかった人がいたことを思うと、いろんな気持ちが出てきた。
・僕も千畝のように自分より人を優先できるような優しい人になりたいと思った。
・千畝の生き方は素晴らしいと思う。こんな素晴らしい千畝さんを尊敬しようと思った。千畝さんのことを忘れずに、生きようと思った。
このような日本人がいたことを知ることで、憧れや誇りを感じる余韻を残して授業を閉じます。予測不可能な社会を生きる子供たちとって、先人たちの生き方を学ぶことの意味の深さを感じてほしいと思います。
評価のポイント
・多様な価値観に触れることができたか。
・自己の価値観の更新・発見につなげることができたか。
八神進祐●1988年愛知県生まれ。教育サークルMOVE代表。斬新なアイデアと抜群の授業力で、自然体のまま子どもたちに「生きる力」をつける実践を行う。道徳教育だけでなく、学校図書館教育や人権教育、プログラミング教育など幅広く学びを深めている。Twitterでは@teacher16694123として“三行教育技術”を更新中。教育論文入賞多数、第5回・第7回全国授業の鉄人コンクール優秀賞、フォレスタネットグランプリ月間MVP、フォレスタネットselection監修。共著に「学校現場発、これが本物の道徳科の授業づくり 主体的・対話的で深い学びの原点は道徳科の授業の中にある」がある。