【教科調査官インタビュー】加固希支男さん(算数科)「失敗を恐れず、すべての子供が主体的に学べる算数教育を」
一般企業の営業職から30歳で教員に転身し、東京都公立小学校と東京学芸大学附属小金井小学校の教諭を経て、この春、文部科学省教科調査官に着任した加固希支男さん。「失敗を恐れない風土づくりを」と語る新調査官が理想とする、すべての子供が主体的に学べる算数教育とは。

加固希支男(かこ・きしお)●国立教育政策研究所教育課程調査官(併)文部科学省教科調査官。1978年生まれ。立教大学経済学部を卒業後、一般企業勤務を経て2008年に小学校教諭となる。東京都公立小学校、東京学芸大学教育学部附属小金井小学校を経て、2025年4月より現職。『「個別最適な学び」を実現する算数授業のつくり方』『小学校算数 「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実』『数学的な見方・考え方を働かせる算数科の「探究的な学習」』(いずれも明治図書出版)など編著書多数。
目次
教員への転身 ――営業職から算数教育の専門家へ
―― まず、これまでの経歴について教えてください。
大学の経済学部を卒業後、一般企業に勤務しました。営業職として働いていた際、「子供と直接かかわる仕事をしたい」との思いがだんだん強くなり、働きながら通信教育で学び、小学校教諭免許を取得しました。
教員になったのは、30歳のときです。最初の4年間は、杉並区採用の教員として働き、34歳のときから1年間、東京都の教員として墨田区の小学校に勤務し、35歳から12年間、東京学芸大学附属小金井小学校に勤務しました。
これまでに担任を17年間やってきました。1、2年生を2回ずつ、3年生が1回、4年生が2回。5年生が5回、6年生が5回です。教員の仕事は、子供の成長に直に接することができる、いい仕事だと思っています。
―― 算数の研究を始めたきっかけを教えてください。
算数の研究を始めたきっかけは、29歳のとき、かつて筑波大学附属小学校の副校長をされていた坪田耕三先生の授業を観たことです。
その当時、私自身は会社を辞め、教員免許を取得するための1年間を過ごしながら、様々な研究発表会などに参加していたのです。特定の教科にしぼって研究発表会に参加していたわけではないのですが、たまたま参加したある公立小学校の研究発表会で、坪田先生の講演を聞き、とても面白いと感じました。
その後、筑波大学附属小学校の研究会で、坪田先生の授業を観ました。それは算数の立体の授業でした。細かい内容までは覚えていませんが、今までに私が受けてきた授業とは明らかに違いました。それまでの私にとって、授業とは先生が教え、子供がそれを理解するもの、という認識でしたが、坪田先生が子供とやり取りをしながら授業を進めていく様子を見て、「こんな授業ができたらいいな」と思ったのを今でも鮮明に覚えています。
その後、運よく坪田先生に実際にお会いすることができ、そこからいろいろな先生をご紹介いただき、先生同士のコミュニティができていきました。私が算数の研究を続けてきたのは、人とのつながりも大きな要因の一つです。
今、振り返ってみますと、私にとって坪田先生との出会いは、運命的なものを感じます。「こういう授業がしたい」、「こういう先生みたいになってみたい」など、そういうモデルを早い段階で見つけることができたのは、大きな転機になりました。
学校現場への提言 ――失敗を恐れない風土づくりの大切さ
―― 算数の指導で課題として感じていることはありますか。
算数の授業が、計算の公式を覚えてそれを出力するような、インプットとアウトプットの繰り返しになってしまうと、子供にとっては面白くないと思います。
もちろん、習熟しなければ使える知識にはならないので、軽視してはいけないと思います。AIドリルなどの活用も効果的でしょう。ただ、その前提として、子供たちには「どうしてそうなるか」を考える習慣を身に付けてほしいと考えています。「そういうことか」と納得できていれば、例えば、「数字の桁が増えても同じように計算できるかな」などと、自分でその先の学習を考えられるようになるからです。
与えられたものをただ単に覚えるのではなく、物事は自分で作り出すことができる、そういう感覚を算数の学習を通して子供たちが感じてくれたらいいなと思っています。算数の学習を通して、自分でチャレンジできる子供になってくれたらいいと願っているということです。
―― 現場を見ていて思うことはありますか。
授業については、先生方も子供たちも一生懸命取り組んでいるという印象を持っています。ただ、どうしても「教育とは正しいもの」というようなイメージがあるがゆえに、学校全体に「失敗してはいけない」といったムードが強くなっていると感じます。
先生は人間ですし、子供も人間です。ミスをすることもあります。でも失敗するのはチャレンジした証拠です。まずはやってみることが大事であり、失敗してもいいから、みんながチャレンジすることを認めていく風土を作っていくことが一番大事なことだと思います。そういう雰囲気が、子供にも伝わっていくと思います。
例えば、Aさん、Bさん、Cさんという三人の先生がいて、Aさんの授業がとても素晴らしいとします。そのときに、「BさんもCさんも、Aさんと同じやり方をしましょう」となりがちではないでしょうか。
Aさんと同じ授業をしていれば、確かに間違いないのかもしれませんが、Bさんの授業にも、Cさんの授業にも、それぞれの良さがあります。お互いに良さを見つけて、真似したいと思ったら真似すればいいと思いますが、全員がAさんとまったく同じ授業をする必要はないと思います。
そうはいっても、授業の型となるものを否定するわけではありません。最初のうち、とくに1、2年目の教員の場合は、わからないことだらけですからなおさら型が必要です。実際に、私自身も初任者研修などで型を教えてもらいました。
問題なのは、型の通りにやらなければいけないという意識が強すぎることです。型はあくまでも1つの例であって、学習指導要領の目標なども学びながら、その範囲内で型をもとにみんなでそれぞれ個性を出しながら工夫していくのはいいことでしょう。初任者だからといって、教えてもらった型がベストだとは考えず、自分でやってみて、「もっとこうした方がいいな」と思ったら、変えていってよいのです。
そのためにも、先輩教員が初任者に指導するときには、単に型を教えるのではなく、「なぜそうするのか」という理由も教えてもらえればと思います。そして、型のエッセンスを踏まえているのであれば、若い先生たちが少し変えるチャレンジを認めてあげてほしいですし、全国の学校にそういう風土が広まってくれることを願っています。

すべての子供の視点に立った授業づくりを
取材・構成/林 孝美
撮影/五十嵐美弥(小学館)