【連載】堀 裕嗣&北海道アベンジャーズが実践提案「シンクロ道徳」の現在形 ♯5 音楽に戦争を止める力はあるか?

連載
堀裕嗣&北海道アベンジャーズの シンクロ道徳の現在形
堀 裕嗣&北海道アベンジャーズが実践提案「シンクロ道徳」の現在形 バナー

堀 裕嗣先生が編集委員を務め、北海道の凄腕実践者たちが毎回、「攻めた」授業実践例を提案していく好評リレー連載第5回。今回は「研究集団ことのは」の新里和也先生による実践提案です。

編集委員/堀 裕嗣(北海道札幌市立中学校教諭)
今回の執筆者/新里和也(北海道公立中学校教諭)

1. この授業をつくるにあたって

授業タイトル『握手』
内容項目:B 主として人との関わりに関すること
    (9)相互理解、寛容

<こんな道徳授業をつくりたい‼︎>
①生徒たちの感情に働きかけ、授業後に余韻が残るようなエモーショナルな道徳授業
②他者との関わりについて考えさせるとともに、生徒たちを深い思考の世界へ導くような道徳授業


上の①・②のような思いのもとに、『握手』という道徳の授業をつくりました。
今回は、この『握手』という授業がどのような流れでつくられたのかについて振り返っていきたいと思います。

(1)材との出会い①:坂本龍一さんと「戦場のメリークリスマス」

坂本龍一さんの存在を初めて認識したのは,私が中学生のとき(2001年~2003年頃)だったと記憶しています。

昭和時代の歌に興味があった私は、当時毎週水曜日に放送されていた「速報!歌の大辞テン」を毎週欠かさずに見ていました。この番組では「最新の歌のランキング」と「過去の歌のランキング」が交互に紹介されており、後者については当時の歌番組の映像とともに歌が紹介されていました。私は、母親に無理を言って、毎週このテレビ番組をビデオ録画してもらい、休日になると何度も繰り返し視聴し、昭和時代の歌に関する知識をかき集めていました。そんなある日のこと、いつものように「速報!! 歌の大辞テン」を見ていると、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の「君に、胸キュン。」が紹介されました。映し出されたのは、1983年当時の歌番組の映像で、YMOのメンバー(細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一)がカメラ目線で歌っていました。これが、私が坂本龍一さんの存在を初めて認識した瞬間です。当時の坂本龍一さんの姿を見て「不思議な感じがする、かっこいい人だなぁ」と中学生ながらに思ったことを覚えています。

小中学生時代に抱いていた興味というものは、その後の人生においても持続するものです。「歌の大辞テン」での出会いから20年以上経ちますが、この間に、私は折りにふれて坂本龍一さんについて多くのことを知ることになります。例えば、坂本さんが①日本を代表する音楽家であること、②日本や世界の平和について真剣に考えており、たくさんの情報を発信してきた活動家であること、③世界的に有名なピアニストでもあり「戦場のメリークリスマス」や「Energy Flow」といった数多くの名曲を残したことなどです。

そして、数年前に坂本さんの自伝『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(新潮社)を購入し読み込んだことをきっかけに、坂本さんへの興味が高まりました。私は「いつか、坂本さんに関する道徳の授業をつくりたい」と考えるようになりました。

(2)材との出会い②:絵本『戦争をやめた人たち』

鈴木まもるさんの絵本に『戦争をやめた人たち…1914年のクリスマス休戦…』(あすなろ書房)があります。この本は、第一次大戦中にフランスやベルギーに侵攻するドイツ軍と、それを迎え撃つイギリス軍との最前線で起きた実際の出来事がもととなっています。

道徳 音楽に戦争を止める力はあるか? 絵本『戦争をやめた人たち』

1914年12月24日の夜、イギリス軍の兵士が塹壕の中で休んでいると、ドイツ軍の塹壕から「きよしこの夜」の歌が聞こえてきました。これに対してイギリス軍の兵士たちも自分たちの塹壕の中で「きよしこの夜」を歌ったところ、ドイツ軍の塹壕から拍手が聞こえてきました。その後、イギリス軍とドイツ軍は,クリスマスの歌を交互に歌い合い、互いに拍手を送り合います。
そして、翌25日、イギリス軍とドイツ軍はお互いに銃を置いて塹壕から出てきて、互いに「メリークリスマス」と握手をし合いながら、一緒に食事をしたり、家族の写真を見せ合ったり、サッカーの試合をしたりして交流を深めます。
これ以降、戦争自体は4年間続いたのですが、ここでともにクリスマスを祝った兵士たちは、お互いに銃で撃ち合うことをやめた。つまり、戦争による争いをやめたというお話です。

私は普段、絵本というものに接する機会がほとんどなく、意識的に絵本を手に取るということもしていませんでしたが、この絵本とはひょんなことから出会うこととなります。

今から2年ほど前の12月、冬休み前の終業式でのことです。この終業式の中で、当時の校長先生が全校生徒に対して『戦争をやめた人たち』の読み聞かせを行いました。私にとっても初めてふれる絵本であったため、私は生徒と同じ目線で絵本の話を聞いていたと思います。読み聞かせが終わった後、私は、今まで感じたことのないような感覚、言葉では的確に表現することができませんが「なんか、いいなぁ。心が温まる感じがするなぁ」といった余韻に浸っていたことを覚えています。この読み聞かせを聴いていた中学生たちは、真剣な顔つきで絵本の内容に聞き入っていました。このような子どもたちの姿を見て、漠然とではありましたが「道徳の授業の中で、この絵本にふれられれば子どもたちの心に何かを残せるかもしれない……」と考えるようになりました。

2. 授業の実際

ここでは、授業をどのように展開していったのかについて説明します。

(1)「きよしこの夜」を聴きながら

生徒たちに「この曲を聞いたことはありますか?」と問いかけて、日本語版の「きよしこの夜」を流します。その後、「どんなときに聞く曲ですか?」と問い、「クリスマス」「冬」などの季節感を感じさせる言葉を生徒たちから引き出します。

次に、世界各国で歌われていることを説明して、英語版、ドイツ語版の「きよしこの夜」を流します。この歌を流す前に子どもたちには「この歌を聴いたとき、あなたはどんなことを思い出しますか? どんな気持ちになりますか?」という発問を行います。歌を聴く際の視点を与えるための発問です。

歌を聴き終わったところで、再度「歌を聴いて、どんなことを思い出したか? どんな気持ちになったか?」と問い、近くの生徒同士で交流させます。その後、全体でそれぞれが感じたことを交流(「家で過ごしたクリスマスを思い出した」「歌のコーラスがきれいだった」「クリスマスを思い出して楽しい気分になった」など)し、「歌には、人の心や感情を動かす力がある」ことを確認します。そして,次のような問いかけを生徒に行います。

「きよしこの夜」という音楽には、戦争を止める力はあると思いますか?

(2)坂本龍一さんの言葉

この発問は、音楽と戦争という一見すると関係が無いようにみえるものどうしが結びつけられる意外性のある発問です。各自に「きよしこの夜」に戦争を止める力が「ある」か「ない」かを判断させ、すぐに二択の多数決を取ります。多数決をとった後、坂本龍一さんの顔写真を提示し、坂本さんに関する基本的な情報(世界的な音楽家・ピアニストであること、世界や日本の平和のために活動していたことなど)を説明します。そして、生徒たちに坂本さんの2001年のインタビューにおける次の発言を紹介します。

「戦場で敵同士が撃ち合っている時、ふと聞こえてきた歌やメロディーに銃を下ろすという音楽がまだあり得るんじゃないか」
(2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件についてのインタビューより)

その後、紹介した坂本さんの言葉もあわせた上で、再度、次のような発問を行います。

「きよしこの夜」という音楽には、戦争を止める力はあると思いますか? 坂本さんが言うような、戦場で撃ち合っている人たちが撃ち合いをやめてしまうような音楽ってあると思いますか?

(3)絵本『戦争をやめた人たち』と音楽「戦場のメリークリスマス」のコラボ

上の発問を行い、子どもたちに考えさせた後で、
「じつは、『きよしこの夜』には戦争を止める力があります」と子どもたちに伝えます。
そして、第一次世界大戦でイギリス軍とドイツ軍の間で実際にあった出来事であることとともに、絵本『戦争をやめた人たち』を紹介します。子どもたちにはここで第一次世界大戦の背景を簡単に説明した方が、本の内容を理解しやすくなります。
絵本の読みについて説明します。
まず、生徒たちに対して「イギリス軍とドイツ軍は、どうして戦争をやめることができたのか?」という発問を行います。

道徳 音楽に戦争を止める力はあるか? 絵本『戦争をやめた人たち』
上の発問を行い、子どもたちに考えさせた後で、
「じつは、「きよしこの夜」には戦争を止める力があります」と子どもたちに伝えます。
そして、第一次世界大戦でイギリス軍とドイツ軍の間で実際にあった出来事であることとともに、絵本『戦争をやめた人たち』を紹介します。子どもたちにはここで第一次世界大戦の背景を簡単に説明した方が、本の内容を理解しやすくなります。
絵本の読みについて説明します。
まず、生徒たちに対して「イギリス軍とドイツ軍は、どうして戦争をやめることができたのか?」という発問を行います。
道徳 音楽に戦争を止める力はあるか? 絵本『戦争をやめた人たち』


次に、上のようなパワーポイントのスライドを生徒たちに順次提示していきます。そして、画面切り替えを「ページ カーソル」の設定にし、切り替えながら読み進めていくのですが、以下のようにして読み進めます。

①絵本の表紙の提示と同時に、坂本龍一さんの「戦場のメリークリスマス」(坂本龍一本人によるピアノ演奏)をBGMとして流す。
②絵本は読み聞かせではなく、生徒個人の黙読とする。

私の主観も入ってしまいますが、鈴木まもるさんの文と絵が、坂本龍一さんの「戦場のメリークリスマス」によく馴染んでいます。そして、この曲を聴きながら絵本を黙読することで、普通に絵本を読んだときとは違う余韻に浸ることができます。なお、「戦場のメリークリスマス」を流しながら朗読をしたこともあるのですが、黙読の方が読み終わった後の余韻に浸れるようです。
これは推測の域を出ないのですが、読み聞かせよりも黙読の方が生徒たちの活動がシンプルになるためだと考えられます(読み聞かせだと生徒のやることが3つ【音楽を聴く、朗読を聞く、スライドを読む】ですが、黙読だと生徒のやることは2つ【音楽を聴く、スライドを読む】になります)。
シンプルな活動の方が、生徒たちが絵本と音楽の余韻に浸りやすいのかもしれません。もちろん、私の読み聞かせ技術が非常に稚拙であるということや、私の声と坂本さんの音楽に親和性がないということも原因ではあるのでしょうが……。

(4)現代を生きる私たちが失ってしまったものについて考える

下図の絵本のページは、黙読の最後のページです。右図の〇で囲んだ部分にも、本来文が書かれているのですが、最初は隠した状態で提示します。最後の文を隠して提示している理由は、先ほどの生徒への発問に対する著者なりの考えがここに書かれているためです。

道徳 音楽に戦争を止める力はあるか? 絵本『戦争をやめた人たち』

絵本の黙読が終了したら、生徒たちに再度、「イギリス軍とドイツ軍は、どうして戦争をやめることができたのか?」と問いかけ、近くの席の人との交流を促します。そして、クラス全体で考えを交流した後に、最終ページの右側の隠された部分を提示します。そこには、次のような文が書かれています。

いっしょにわらい、あそび、食事をし、友達になったから、あいてにもふるさとがあり、家族や子どもがいることがわかったからです。国を大きくするために戦争するよりも,たいせつなものがあることがわかったから、この人たちは戦争をやめたのです。


この文をクラス全体で読んだ後で、「坂本さんが言っていたような音楽は、1914年には存在していた」ことを確認します。その後、子どもたちに最後の問いを投げかけます。

「では、私たちが生きている2020年代には、坂本さんが言っていたような音楽は存在するのでしょうか? もしも、存在するならそれはどんな音楽でしょうか? もしも、そのような音楽が存在しないとすれば、どうして失われてしまったのでしょうか?」

このことについてそれぞれ考えた後で、下に示した最後の「語りのスライド」を2枚提示して授業を終えます。

道徳 音楽に戦争を止める力はあるか? 絵本『戦争をやめた人たち』 語りのスライド
道徳 音楽に戦争を止める力はあるか? 絵本『戦争をやめた人たち』 語りのスライド

3. シンクロ授業の解説

『握手』という授業自体は、先ほど紹介したように坂本龍一さんと『戦争をやめた人たち』という絵本をコラボさせたものですが、授業づくり当初は絵本だけを使った授業を考えていました。

本稿の冒頭部分で、私は「①生徒たちの感情に働きかけ、授業後に余韻が残るようなエモーショナルな道徳授業」「②他者との関わりについて考えさせると共に、生徒たちを深い思考の世界へ導くような道徳授業」をつくりたいと書きました。当初の私は、この目標は絵本だけを使った授業でも十分に達せられると考えていたのです。
しかし、授業のスライドをつくったり、発問を吟味したりする中で以下のような課題に直面しました。

<課題>
①私自身が、体育館で読み聞かせを聞いたときほどの余韻を感じられない。
②最終的に「お互いを理解し合えたから戦争をやめられたんだね」という味気ない、お説教くさい授業になってしまい、絵本のよさを生かし切れていない。

課題①については、体育館という空間で行われた終業式という儀式的行事の中で、校長先生という立場の人が絵本の読み聞かせをしたというところにポイントがあると考えました。つまり、何かしらの余韻を出すためには、「特別感」や「意外性」という要素が鍵を握っているのではないかと考えたのです。

課題②については、絵本だけを真正面から取り扱う授業構成にしているから、著者のメッセージを生徒たちに伝達する形式の授業に陥ってしまうのだと考えました。私自身、道徳の授業づくりで失敗するときは、いつも決まってこのパターンに陥るためです。これに対する対策を考えたとき「この絵本の触媒として機能するような、別の材をもってくる必要があるのではないか……」と考えるに至りました。そうです。コラボの必要性・必然性がここで生まれたのです。

絵本『戦争をやめた人たち』の触媒となり得る材をいろいろ検討したとき、坂本龍一さんの「戦場のメリークリスマス」が頭の中に浮かびました。そして、この曲をBGMとして流しながら絵本を黙読したところ、絵本を読んだだけ、音楽を聴いただけでは味わうことができなかった余韻が生じるということに気付き、二つの材が結びつきました。二つの材の主な共通点は、以下の通りです。

<コラボ教材の共通点>
〇絵本の作者・鈴木まもるさんも、坂本龍一さんもともに「平和」を願っていること。
〇坂本龍一さんの代表曲「戦場のメリークリスマス」は,絵本のタイトル『戦争をやめた人たち…1914年のクリスマス休戦…』と合致すること。
〇坂本龍一さんが、2001年9月11日にアメリカで起こった同時多発テロ事件についてのインタビューで「戦場で敵同士が撃ち合っている時、ふと聞こえてきた歌やメロディーに銃を下ろすという音楽がまだあり得るんじゃないか」と話しており、この坂本さんの言葉が、絵本の内容(イギリス軍とドイツ軍が互いにクリスマスの歌を歌い合ったことがきっかけとなって、翌日の両軍の交流があった)とリンクすること。

また、音楽と戦争という一見かけ離れて見えるものがつながっているため、課題①で挙げた「意外性」の点もクリアできました。加えて、名曲「戦場のメリークリスマス」を聴きながら絵本を読んでいくことで「特別感」を演出することができたのだと思います。

今回の授業づくりを通して、材と材の共通点が多いほど、授業の機能性が高まるという感覚を実感できたことは、私にとって大きな経験となりました。ただ、いまだに改善の余地がある授業であることも確かですので、今後も修正を続けながら、本授業のブラッシュアップに努めていこうと思います。

 <参考資料・文献等>
坂本龍一(2023)『ぼくはあと何回,満月を見るだろう』新潮社
鈴木まもる(2022)『戦争をやめた人たち』あすなろ書房
坂本龍一が残した言葉 1952-2023:
朝日新聞https://www.asahi.com/special/sakamoto-ryuichi/


※この連載は原則として毎月1回公開します。次回をお楽しみに。

<今回の執筆者・新里和也先生のプロフィール>
にいさとかずや。岩手県久慈市生まれ。北海道教育大学修士課程理科教育専修修了。札幌市立中学校教諭。中学校理科教員として活動しながら、道徳の授業づくりについても学んでいる。

 

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