GIGAスクール時代にこそ見直したい手書き筆算のツールとしての必要性
いわゆるGIGA端末が導入されたことで、学校では以前より手書きによる学習活動が減っているのではないでしょうか。携帯端末を持つことが常識になった現代では「それも時代の流れ」と思わぬではありませんが、それでよいのでしょうか。今回は、公立・私立の小学校にて長年算数教育に携わってこられた仲里靖雄先生に、デジタル時代だからこその筆算の重要性についてお話をいただきました。
今回の取材先
仲里靖雄先生(奈良県公立小学校講師)
目次
手書きによる筆算の必要性はあるか?
学校に一人一台端末が整備されたことにより、「デジタル技術でこれまでの教育を見直す必要がある」 という主張を目にします。しかしそれは、 目指す子供像、目指す授業の姿によるのではないでしょうか。
例えば「手書きによる筆算の必要はあるか?」という問いが立ったとします。「正確に計算すること」を目的にするのであれば、筆算はもう必要のないものになっていくのかもしれません。学校には各自の端末がありますし、ほとんどの家庭にパソコンやスマホがあるでしょうから。
ただ、算数の思考力を伸ばしていくことを目的にした場合は、話が変わってきます。
数の不思議に気づく体験
たとえば子供たちに
86×34
を計算させます。筆算でも 電卓でもOKです。答えは 「2924」 となります。
次に、かけられる数と かける数、それぞれの一の位と十の位を入れ替えて
68×43
を計算してみようと投げかけます。もちろん電卓でもOKです。
すると答えは、やはり「2924」です。ここで子供たちは 「え?」 となります。
教師は、「みんな、こんなこと知ってた? これって便利だね」と伝え、「もう一題やってみよう」と投げかけます。
12×84
子どもたちはそれぞれ計算し、「1008」と答えを出します。その上で、「先ほどと同じように、 数字を入れ替えて計算しましょう」 と促します。
21×48
答えは「1008」です。
ここで、「みんな知ってた? 便利だね」 と投げかけると、「それは偶然!」という子が出てきます。「47×53と74×35は全く答えが違うよ」と。
47×53=2491
74×35= 2590
となり、確かに違います。
どこが違うのか考える中で、子供たちからは、「86×34」 について、「かけられる数とかける数の十の位どうしをかけると24、 そして、一の位どうしをかけても24になっている」 という 「発見」 が生まれます。「12×84」で確かめても、それぞれの積が8になっています。
発見したことの理由を筆算で考える
法則めいた「発見」はできたものの、なぜそのような決まりが成り立つのか、という疑問は残ります。じつはその疑問を考えていくには、電卓では限界があるのです。
ここで、86×34を筆算してみましょう。その隣に、68×43を筆算してみます。並べてみると、 2段目と3段目が入れ替わっているだけということが見えてきます。
「筆算」によって、自分たちの「発見」を支える理屈が明らかにされたのです。これは、電卓を使っていたのでは考えつきません。手書きの筆算だからこそ見出すことができます。まさにこれが手書きの筆算の良さと言えるのです。
子供に筆算の良さを気づかせるには
上記のような学習は、 個別に学習していても、パソコンで考えていても難しいのではないでしょうか。一人一人の理解には差があり、それを寄せ合うことでこそ成立する学習です。
ですからこの授業で教師は、一斉授業の形態をとりつつ、 ペアやグループでの相談活動を取り入れることを考えます。
このとき、どのようなツールを子供に持たせるかがポイントです。パソコンや電卓で計算してもよいとツール選択の幅を広げておくことで、筆算の良さに気づくことができます。
逆に言えば、「筆算」というツールを持っていなかったら、気づくことができなかった授業と言えるかもしれません。
筆算は思考を表現するツール
パソコンやタブレットは確かに便利です。算数の授業でも活用できるシーンはいくつもあります。しかし、そのことは「筆算が不要」ということにはなりません。それは子供が考えるツールを奪ってしまうことになるからです。
それから筆算は、指導者にとって子供たちの様子を把握する手段にもなります。私は、筆算の際、繰り上がりの数字を薄く書く指導をしています。最近は、この「薄く書く」ができない子が少なくありません。手指の巧緻性が足りないのです。
クラスに薄く書けない子が多かったとき、図工の時間に、図画の背景を色鉛筆で薄く描く練習をさせたことがありました。多くの子は、練習をすれば上手になります。
統計を取ったわけではありませんが、鉛筆で薄く書ける子どもとそうでない子どもの間には、学力面で何らかの相関関係があるように感じます。筆算には、学力を高める運動としての側面もあるのではないでしょうか。現場の先生方からのご意見も伺いたいところです。
取材・文/村岡明