【木村泰子の「学びは楽しい」#31】見えないところを見ようとする大人に
子どもたちが自分らしくいきいきと成長できる教育のあり方について、木村泰子先生がアドバイスする連載の31回目。今回は、前回の最後にご紹介した読者の方からのメッセージをもとに、校則ありきの学校教育に疑問を投げかけていきます。(エッセイのご感想や木村先生へのご質問など、ページの最後にある質問募集フォームから編集部にお寄せください)【 毎月22日更新予定 】
執筆/大阪市立大空小学校初代校長・木村泰子
目次
校則を守るより大切なことは
前号の続きです。読者のみなさんは次の読者の方のメッセージにどのようなお考えをもたれましたか?
中学は当然染髪禁止の校則があります。 校則は教師がつくって子どもに守らせるもの、子どもはそれに不満をいだきながらも黙って守る。このような意識で10年後の社会で生きていく力を育むことはできません。 学校はなりたい自分になるために来るところだから、なりたい自分になるために自分を律することは何かを各自が考える力をつけさせたい。 そこで、教師主導の校則変更を中止させ、子どもにルールメイキングしてもらうことを提案して進めてもらっています。子どもにもそんな力をつけて、と呼びかけています。
それでも、なお一方で青い髪の毛やプリンのような色の髪の毛を受け入れられない意識をもつ自分が心の中にいます。6年生で中学入学前に黒に染髪することも、染髪しているのだから中学校のルールを守ったことにはならないよ、と言いたい自分がいます。6年生のこの時期は中1の0学期、ここからの頭髪いじりはやめよう、とまで言いたい自分がいます。
多様性、スーツケースでは息が吸えない子どもがいる、最上位の目的、断捨離、これらを踏まえるとなさけない限りの古い意識です。 校長を務めてもなお、このような些末な迷いが消えません。先生はどのようにお考えでしょうか。
学校が何のためにあるかを十分理解されている中で、中学校の校則に子どもを合わせなくてはならないことに迷いを生じ、ご自分に問い続けられる校長先生の葛藤は痛いほど理解します。
大空小では、一人の子どもを救うことができませんでした。彼女は6年生で大空小に転校してきました。家庭的に課題を抱えており、髪は母親の意思で金髪に染められていました。
「みんなの学校」では、さすがに多様な子どもが学び合っているだけあって、子どもも大人も誰もそのことを気にしていませんでした。ところが、中学校では、髪は黒でないと校門をくぐれません。中学校の校長とは何度も対話を重ねました。とても理解を示してくださるのですが、最終的には、一人だけ例外を認めるわけにはいかないとの結論を出されました。彼女が登校するには髪を黒に染めなければならないのです。
本人は中学校の先生に黒に染めてほしいと頼みました。学校はその子どもの願いを母親に伝えたのですが、母親は髪を黒に染めることは認めなかったのです。私も母親に電話をして頼みました。その時の母の言葉です。
「黒に染めないと入れてくれないような中学はこちらから断る。私も中学校は全然行けなかったけど、今、こうして働いてお金を稼いでる。金髪の何が悪い。何が問題なんだ。そんな中学校に行かなくても困ることはない」と言い切りました。この母の言葉を伝えても中学校は校則ありきで彼女の登校を認めませんでした。
彼女は施設で育ち、母が引き取って大空小に来た子どもでした。6年生の1年間は毎日登校し、周りの子どもたちと楽しく学び合いました。楽しい学校生活は義務教育9年間のうち、たったの1年間だったのです。大空の子どもたちも、彼女が一緒に中学校に登校できるように中学校の先生たちと何度も何度も話したようですが、結果は変わりませんでした。みんなが行っている学校に行けない彼女は一人で家に閉じこもり、そこからは残念な彼女の事実を知らされることになりました。
子ども本人の意思でどうにもできないことが理由で、義務教育が保障されないのです。「親が変われば登校できるのだから」と言い続ける中学校はどうなのでしょう。校則を守らせることより「人権」を視点に校則の目的を問い直す必要があります。一人の子どもの人生が大きく変わってしまう原因をつくってしまったのですから。
ピアスを見ないで彼の仕事を見てください
ある年、一人の管理作業員が転任してきました。彼はピアスをしていました。4月の初出勤の日に、いつもボランティアをしてくれている地域の人が走ってやってきました。
「校長先生、今度の管理作業員さんピアスをしてはる。子どもたちが見たらよくないのではないですか?」と言われたので、「ピアスを見ないで彼の仕事を見てくれますか。仕事ぶりで気になることがあればいつでも教えてくださいね」と言いました。そこから数か月たったある日、この方が「校長先生、彼、おニューのピアスに変えはったんですよ。メチャカッコいいですよ」と言いに来てくださいました。
彼は学校という組織の中で不条理に戦ってきていました。だから、困っている子どもの気持ちが教職員の誰よりも分かります。彼が学校にいなかったら、何人の子どもが学校に来られなくなっていたか分かりません。
学びの目的を問い直す
「みんなと同じことができる」 このことが評価される時代は終わりました。「他人と違うことに価値がある」時代になってきたのです。
メッセージをくださった校長先生のように、今は子どもを見ようとすればするほど、これまでの学校の悪しき当たり前に戸惑い、困り感をもってしまいます。
「不登校」30万人と言われる今です。このまま学校の中を多様な環境(空気)に変えなければ、学校に来る子どものほうが少なくなってしまうのではないかという危機感を強くもちます。
金髪を見ないで彼女の行動を見て、気になることを伝えてやってくださっていたら、彼女の学習権は保障できたはずです。
この機会に子どもの周りのすべての大人で「学びの目的は?」を合言葉に、学校に長年染み込んだ「校則」「マニュアル」「きまり」などを問い直しませんか?
「すべての子どもの学習権を保障する学校」をつくるために。
〇校則を守らせることよりも大切なのは「すべての子どもの学習権を保障すること」。
〇「学びの目的」は何かを合言葉に、学校の悪しき慣習を問い直そう。
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きむら・やすこ●映画「みんなの学校」の舞台となった、全ての子供の学習権を保障する学校、大阪市立大空小学校の初代校長。全職員・保護者・地域の人々が一丸となり、障害の有無にかかわらず「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに尽力する。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」流・自ら学ぶ子の育て方』(ともに小学館)ほか。