戸ヶ﨑勤教育長⑴|学習指導要領を分かりやすく翻訳して伝える人が必要【教育キーパーソンにインタビュー! 令和の教育課程「その課題と未来」#03】

教育キーパーソンにインタビュー! 令和の教育課程「その課題と未来」
戸ヶ﨑教育長
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現在、中央教育審議会や各分科会・部会などでは、教育の多様な課題やさらなる改善の方向性について議論がなされています。そこで今回は、現場を最もよく知る教育長という立場で、今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する議論を含め、中央教育審議会の多くの部会などの議論に参加されている、戸田市教育委員会の戸ヶ﨑勤教育長に話を聞きました。

「具体的に新たなアクションを起こそう」と思っている層は一部

中央教育審議会の様々な部会などに参加させていただいていますが、そうした場で活発に意見を述べておられる多くの方々は大学の先生方です。そんな中で、私はアカデミックな議論には参加することはできないので、常に現場に寄り添い、日々現場の実態を直視している立場からお話しさせていただいています。今回についても、その視点から飾らず率直にお話をしたいと思っています。

学校教育に関する議論の場で、大学の先生方が、「私が現場を見た感じでは」と話されることがあります。しかし、著名な大学の先生方を公開授業などに指導者などとして招くような学校は、そもそも学校長や授業者のマインドが大変高いことが考えられます。けれども、それは単に学校のやる気ということだけでなく、地域性など様々な要因により、学校現場の状況は一様ではなく大きく異なります。

レイトマジョリティ(後期追随者・追随層)という言葉がありますが、大多数の学校現場では、「一生懸命やりたい」と思っていながらも、「新しいことはなかなかできない」「何をどうしてよいか分からない」「とりあえず現状をちゃんと充実させよう」と思っている層が多数を占めていると思います。結果的に「具体的にこうした新たなアクションを起こそう」と思っている層は多くありません。

教育に携わる人でも一人一人教育観が異なりますから、1つの授業を見て10人が10人、「今日の授業は大変すばらしい」と言うことはあまりないと思います。しかし、教育関係者以外も含め、誰が見ても良くないと思う授業はあるし、今も現実にあるわけです。そういうむずかしい現実に目を向けないまま、一部の環境が整っている学校の実践のみを例にとって、教育課程や学習評価についての議論を進めていくのは危険だと思います。

これまで、「学習指導要領の趣旨は校門までは入っていくけれども、教室の中にはなかなか入っていかない」と言われ続けてきました。現行の学習指導要領はとてもすばらしく、よくできていると思います。ただ、頭の中で何となく理解はしていても、それを現実の授業に落とし込むことは簡単ではありませんし、そう感じている先生方や学校がたくさんあると思います。そこに目を向けて、先生や学校に向けて具体例を用いてかみ砕いて伝えることが大切です。学習指導要領や答申に書かれている、多様な専門用語を現場の先生方にもしっかり分かるように翻訳して具体的に伝えることができる人が必要だと思っています。その役割を果たすのが教育長であり、指導主事なのだろうと思います。

学習指導要領がしみ渡る仕掛けが必要

【資料1】戸田市の指導の重点・主な施策(令和5年度)より抜粋

戸田市では、授業改善についても多様な視点を教員に分かりやすく整理し、指導用ルーブリックを作成している。

そう考え、私自身もこれまで何度も、学習指導要領のすばらしい理念や用語を翻訳することに微力ながら努めてきました(資料1参照)。

例えば、現行の学習指導要領の理念の1つに「社会に開かれた教育課程」があります。私はこの言葉について、最近も本市の校長会議で20~30分3回のシリーズで解説をしましたし、それ以前の取組を含めると、すでに5、6回は行っています。当然、私自身も事前に勉強してから話すわけですが、この言葉だけでも幅広い意味や背景を含んでおり、しっかりと理解をするためには相応の時間をかける必要があります。

以上のことは、自分なりに翻訳者の役割を担おうとして取り組んだものですが、ただ何回も言葉を尽くして伝えるだけでは、聞いている側は理解できない部分もあります。断片的に耳に残る部分もあるでしょうが、「じゃあ、自分の言葉で端的に言えばどういうことだろうか」と考えてみると、分からなくなるわけです。そこで、本市教育委員会では教育改革の理念となる言葉として、「変化する社会の動きを教室の中に入れる」という一言を教育委員会と学校で共有化し、告示以降、7年以上取り組んできています。

ただし、その言葉を共有するだけで、「社会に開かれた教育課程」に込められた深い意味や具体像を表現することはできません。ですから、言葉を共有するだけでなく、解説もていねいに行いながら、各学校では校長と教職員が校内研修で語り合ってビジョンを共有していきます。このように、学習指導要領の趣旨を実現するには、どのような学校教育計画が必要かなど、熟議していくように働きかけることが必要なわけです。

このようにして、学習指導要領の趣旨を実現する仕掛けをしている自治体がはたして一体どれだけあるでしょうか。そこをしっかり行うような仕組みをつくっていかないと、どんなに立派な学習指導要領ができても、再び「教室の中に入っていかない」という同じ轍を踏むことにもなりかねません(資料2参照)。

【資料2】有識者会議での戸ヶ﨑教育長発表資料より抜粋

資料2
今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者会議で、戸ヶ﨑教育長が発表を行った資料の一部。「啐啄同時」という言葉には、教育委員会も現場に刺激を与えると同時に現場からも殻を破って新たな取組を進めてほしいという意識が表れている。

上位下達の伝達の仕組みもしっかり見直す

そうした各自治体の取組とも大きく関わりますが、上位下達の伝達の仕組みも見直すことが必要だと思います。文部科学省が説明会を開いて、それを都道府県教育委員会(以下、教委)が聞いて、都道府県教委が各市町村教委に伝え、それを市町村教委が現場に下ろしていくというような昭和時代から続いた取組も見直していく必要があると思っています。例えば、最初から国の考え方について、各市町村教委とともに理解を深める「○○キャラバン」というような仕組みを考えていくことも必要でしょう。

近年は、教科調査官による解説動画なども発信されていますが、大変よい取組だと思います。ただし発信したからには、しっかりと現場に届いているのかどうか、見届けていく仕組みも考え、常にPDCAサイクルにより不断の見直しが必要であると思います。本当に困ったところは、「困っていない」ところなのです。社会の状況などを理解できず、何か問題点を指摘されてもそれが分からず、困り感や危機感をもっていない教育委員会や学校もあり、それこそが本当に困ったところなのです。そのような現場の実態をしっかり踏まえて考えていくことがまず必要ではないでしょうか。

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之

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