日本を離れ派遣教師として子どもを教えるということ~チェコ共和国・プラハより~
世界には在外教育施設派遣教師として、異国の日本人学校で教壇に立つ先生方が数多くいます。なぜ日本人学校の教師に? 赴任先の教育現場はどんな感じ? 日本の教育事情との違いは? ここでは、現地で活躍している先生の日々の様子をお伝えします。今回登場するのは、チェコ共和国・プラハで子どもたちに指導をしている八神進祐先生。海外で教職の研さんを積みたいと考えているあなたへ、先輩教師からのメッセージです。
執筆/プラハ日本人学校教諭・八神進祐
目次
先輩から「キミなら活躍できる」と背中を押されて
在外教育施設の存在は以前から知っていましたが、その詳細についてはあまり理解していませんでした。それまでの私は、海外で生活する子どもたちは大変恵まれており、何不自由なく過ごしていると思っていました。しかし、書籍を読むと、「親の都合で友達と別れ、現地になじめない子や、日本人としてのアイデンティティが確立できずに悩む子もいる」と書かれていました。
自分のイメージと異なるその内容に驚き、在外教育施設では子どもたちに寄り添う心が特に重要だと感じました。実際、子どもの心に寄り添う教師像は、在外教育施設に限らずどこでも求められるものであり、私は日本で働く中でも、そのような教師を目指してきました。
その後、在外教育施設で教師をしていた同僚から、当時の経験談を詳しく聞く機会がありました。「キミなら在外教育施設で活躍できる」とその先生に背中を押されたことが、応募を決意する大きなきっかけとなりました。10年以上の教育経験を積み、多様な仕事をこなせるようになった今、海外に住む日本の子どもたちの力になるという選択肢が自然と芽生えました。
在外教育施設で働くことを決意した私は、まず家族にそのことを伝えました。以前から派遣制度について話していたため、妻や両親から賛同を得ることができました。その後、文部科学省の「CLARINET(クラリネット)」というサイトを中心に情報収集を行いながらも、万が一、日本にいる家族が倒れた場合の対応など、さまざまなシナリオを考えながら準備を進めました。
次に、学校長に応募の意志を伝え、選抜試験を受けさせていただくことになりました。その後も、在外教育施設で働く上で重要な資質である「協調性」を意識し、同僚や子どもたちとの関係を大切にしました。
そして幸運にも、試験に合格することができ、チェコ共和国のプラハ日本人学校に赴任することになりました。人事に関することなので、クラスの子どもたちや同僚には派遣のことは知らせることができませんでした。ですが、人事異動の新聞発表後、卒業生や担任していた子どもたちが学校にあいさつに来てくれました。そのときのやり取りは今でも心の支えとなっています。
学校行事のなかにはチェコと日本の絆を深めるイベントも
日本では小学校教諭として10年以上働いていましたが、今はプラハ日本人学校・中学部の担任で、中学1~3年の理科と保健体育科を担当しています。このようなマルチな働き方は在外教育施設の特徴の一つであり、また、私自身の幅を広げてくれたように思います。教材研究にしても、授業スタイルにしても、小学校勤務のときとは異なります。新たな経験のおかげで視座を高めることができました。そして、各都道府県から赴任してきた先生方の実行力と行動力の高さには驚かされます。職員間でも切磋琢磨するなかで、教育観をアップデートすることができました。
本校の全児童・生徒数は90名で、各クラス10名前後と小規模のため子ども同士とても仲がよいです。また、在外教育施設は転・出入する児童・生徒が多く子どもたちは「出会いと別れ」を経験する機会が多いのも特徴です。このことが、彼らの精神的な成長に大きく寄与しているように思います。そのため、一日一日を大切に過ごす様子が見られ、人とのつながりや一期一会の大切さを日々学んでいるように思います。
チェコに来たばかりの子に対しては、とくに丁寧に気持ちをくみ取りながら接していくように心がけています。異国の地に来て、とても不安な気持ちがあると思います。そこに共感しながらも、チェコ文化のよさや生活のコツなどを前向きに明るく話します。日を増すごとに不安が解消され、表情が明るくなっていく子どもたちを見ることが、この仕事の最大のやりがいの一つとなっています。
日本人学校では基本的に日本のカリキュラムに沿った授業が行われますが、行事はその国ならではの特色があります。遠足や修学旅行では、チェコの鉱山や音楽家ドヴォルザークに関連する場所を訪れたり、隣国ドイツのベルリンへ行ったりと、歴史的・文化的に価値のある場所を訪れる機会が豊富にあります。これは非常に刺激的で、子どもたちにとっても貴重な経験となります。
とくに、年に一度の「チェコ日本新年コンサート」では、現地校の生徒やチェコのオペラ歌手、さらには日本大使館の大使と一緒にチェコや日本の歌を歌う機会があります。そこには人種や国籍など関係なく、参加されるすべての人の心が一つになるのを感じることができます。
また、日本的な行事も多くあります。運動会や和太鼓演奏会などが開催され、異国の地で日本文化を感じられる素晴らしい機会となっています。ほかにも、年に5~10回程度、ゲストティーチャーを招いて学ぶ機会もあります。ゲストティーチャーによる授業では例えば、和太鼓演奏家の方から直接指導を受けたり、チェコの国技であるアイスホッケーで活躍する日本人選手から「感謝しながら挑戦する心」をテーマにお話を伺ったりしました。
先日も侍ジャパンの日本代表の選手が来校し、日本を背負って戦う誇りや国際大会の意義について考える貴重な機会がありました。また、WBCチェコ代表の主将ペテル・ジーマ選手によるミニ野球教室が開催されたときは子どもたちは大興奮で、今後生きていくうえで大きな学びを得ることができました。WBCで生まれたチェコと日本の友情は、今まさにホットな話題となっています。
日本の学校と異なる点として、給食はありません。保護者が用意するお弁当が基本です。教師もお弁当を持参します。初めは大変でしたが、次第に慣れてきて、子どもたちと一緒に食べるお弁当の時間が毎回楽しみになっています。
また、総合学習の一環として「チェコ文化理解(CZ)」という授業があります。この授業は、現地採用の先生が担当しています。チェコ語やチェコの歴史・文化について学び、子どもたちはどんどんチェコが好きになっています。
心に余白のあるチェコ人から学んだ「幸せに生きる」ということ
ある日、チェコ人の友人に「日本人はなぜいつもそんなに忙しくしているの?」と聞かれたことがありました。たしかに、チェコ人の生活を見ていると、急がず、せかさず、互いの気持ちや都合を考えながら日々を過ごしているように見えます。心にゆとりがあると感じますし、日本人の私にもよく笑顔で話しかけてくれる人たちばかりです。
子どもやお年寄りの方、動物にも優しく、公共交通機関では、スッと席を譲る場面をよく目にしますし、犬と一緒に乗車する人も多いです。さらに、バスやトラム(路面電車)にはベビーカーのスペースがあり、乗降時の際にはベビーカーが通れるよう道を譲るなど協力する姿が見られます。
チェコ現地校の先生はユニークな方が多いです。チェコは音楽の国なので、オペラ歌手と教職を掛け持ちしている方もいれば、俳優の仕事と掛け持ちをしている方もいました。人生経験豊富な先生から学ぶ子どもたちは、人生の選択肢がより自由に大きく広がるのだと思います。
また、チェコでは4年生以下の児童が登校時に保護者の付き添いが法律で義務づけられています。そのため、親子で手をつないで登下校する姿をよく目にします。そのときにしかできない会話や関わりが、子どもたちの心を豊かに育んでいるのだろうと思います。家族を何よりも大切にしていることが会話や暮らしぶりから伝わります。
チェコ共和国では、日本よりもゆったりとしたライフスタイルがあり、精神的に豊かに見える人々との交流を通じて、「幸せに生きる」とはどういうことなのかを深く考えるようになりました。
プラハで日本人は目立つ存在のため、行動は慎重に
プラハでの暮らしにおいて、困っていることはあまりないですが、挙げるとしたら家族や友人と距離的に会えないこと、そして日本食が恋しくなることです。そんなときは、日本の食材が売っているお店もあるので、みそ汁など日本で食べていたような食事をとります。
ほかにも、医療機関にかかる際は、英語やチェコ語で症状を伝える必要があり、これが一つの難点です。ですので、健康や安全にはとくに注意を払っています。早寝早起きやバランスのよい食事を心がけ、アルコールなども控えています。
安全面に関しても、気をつけていることがいくつかあります。その一つに「目立たないようにする」があります。日本人はとにかく目立ちます。お金を持っていると思われており、常にスリなどのターゲットになると聞きます。観光地では注意を払うなど、気を抜かずに生活するようにしています。とにかく、自己防衛(セルフディフェンス)が大事です。
海外で教師を目指すあなたへ
国際性豊かな日本人の育成が私たちの使命の一つであり、教師自らが積極的に現地国を理解し、愛することが肝要です。そのためには、休みの日に国内旅行などをしてその国の文化や生活を体験することも。また、現地語で会話をすると、現地の人々はとても喜んでくれます。現地の方々と出会い、関わりを持つことで、その国や地域や小さな町は地図上の存在ではなくなります。当たり前ですが、そこには人々の暮らしがあり、感情があり、大切にしている文化や歴史があることを実感するのです。
以前、現地校の生徒に道徳の授業をさせていただく機会がありました。チェコ語で授業をするとなると、相当な準備が必要となってきます。そこで私が考えたのは、まず授業で話す言葉や反応などをすべて書き出し、チェコ語の先生に訳してもらいました。その言葉を録音をして何度も聞いたり、唱えたりして発音やアクセントを身につけました。
ほかにも、授業で使用するスライドのなかにチェコ語の字幕などを入れる工夫をしました。そうすれば、字幕を見ながら話すこともできますし、何よりチェコ人の子どもたちもその文字を見れば理解できます。準備の甲斐あって、授業では子どもたちの目が輝き、積極的に参加してくれました。大変でしたが、私にとって忘れられない経験となりました。
言語については週に一度、英語とチェコ語のレッスンをチェコ人の方から受けています。言語の中にこそ、その国の文化が込められています。ただ、チェコ語の習得は容易ではなく、苦戦しているというのが現実です。あいさつ程度であればすぐ身につきますが、世間話や文法ともなればお手上げです。そのため、チェコ人の現地職員とは“雰囲気”でやり取りをすることもしばしば。それもコミュニケーションの一つと楽観的にとらえることが、海外生活の秘けつなのかもしれません。
また、あるOBの方から「在外教育施設で働くことはゴールや挑戦ではない。確実に子どもたちの力になれる存在として派遣されるべきなのだ。そのうえで、努力をしなければならない」と教えられました。この言葉を胸に、自分の派遣された意味を日々考えています。
現在私は、チェコ政府より「チェコ親善アンバサダー」として認められ、日本とチェコをつなぐ役割を担っています。チェコという国を心と体で思い切り感じようと、さまざまなイベントに積極的に参加しています。国と国との争いは無理解から始まると考え、小さな平和活動を積み重ねることで、世界をよりよくできればと本気で思っています。
帰国後は、派遣を認めてくださった教育委員会や文科省の皆さんへの感謝を形にしたいと思っています。今回の派遣で多くの仲間に出会い、人々の想いに触れることができました。国際理解は世界平和につながります。今後勤務していく学校では国際理解教育のリーダーとして活躍したいと思っています。チェコ文化に根ざした道徳教材の作成にも挑戦したいと思っています。国と国、人と人とがつながり続けられるよう私自身が行動・努力を続ける必要があると感じています。
在外教育施設で働くことは大変に魅力的です。皆さんも海外で働きたいという想いがあるのなら、ぜひ手を挙げてみてください。新しい文化を理解し、現地の人々との絆を深めることで、視野が広がり、国際的な感覚を養うことができるでしょう。その姿勢は、在外教育施設に通う子どもたちに必ず伝わり、世界は明るい方向へ動き出すと信じてやみません。
八神進祐(やがみしんすけ)●1988年愛知県生まれ。愛知教育大学卒業。教育サークルMOVE代表。子どもたちの“ありのまま”を大切にした教育実践に取り組んでいる。
著書「今すぐ真似したくなる教室のひみつ道具図鑑」、編著「学級経営のモヤモヤについて、現場教員がとことん考えてみた。」教育論文入賞多数、第5回・第7回「全国授業の鉄人コンクール」優秀賞、フォレスタネットグランプリ初代MVP。
グローバルティーチャーのコミュニティ『X海研』を主催し、世界各国の教師と連携しながら、国際的な視野を持つ日本人教師を目指す。YouTubeでは小学館「みんなの教育技術」より、授業力アップ動画を、Twitterでは「だいじょーぶ先生」(@teacher16694123)としてアイデア溢れる教育実践を発信中。