新年度、気になる児童がいたら~グレーゾーン(境界知能)の児童のためのチェック項目と初期対応~
新年度を迎え、新しい児童たちと新たな学校生活をつくっていく方も多いのではないかと思います。毎日を児童たちと過ごしていく中、「あれ、この子は気になるな」と思われることはありませんか? 学業や人間関係、遊びなど、日常の様々なシーンで困難さを感じているような児童は、一定数確かに存在します。もしかしたら、グレーゾーン(境界知能)と言われる児童たちかもしれません。わたしたちは、どのようにサポートしていけばいいでしょうか。
【連載】マスターヨーダの喫茶室~楽しい教職サポートルーム~
目次
1 グレーゾーン(境界知能)とは
世界保健機関(WHO)の定義によると、社会生活に困難が生じる「精神遅滞」はIQ70未満とされており、全人口のおよそ2%の人々がこれにあたるとされています。
ただ、1975年に撤廃されましたが、実はこの他に、IQ70以上84以下を「境界線精神遅滞」とする定義もありました。
現在、WHOからこの定義はなくなっており、これに該当する人たちには「知的障がい」の診断は付きません。そのため、グレーゾーン(境界知能)はあくまでも通称です。
この層の人たちは、人口のおよそ14%にあたり、日本国内には1700万人いると考えられます。30人の教室だと4人~5人の児童が、これにあたる計算になります。
こうした児童は、一見問題なく学校での社会生活を送れているように見えます。
しかし、学習内容が理解できない、他の児童や教員の言葉を誤解して受け止めてしまう、友達づくりがとても苦手、運動や手先の細かい作業が困難であるなど、「他の児童と足並みを揃えて生活する」ことに、かなりの難しさを感じています。
授業では、どうにか分かったふりをしたり、学校生活では、仲のいい友達がいるふりをしたりすることが多いのです。
そして、その頑張りに疲れてしまったとき、こうした児童は問題行動を起こすことがあります。不登校になることもありますし、「無理」、「やだ」ということをはっきり口に出し、授業中に立ち歩いたり、他の児童に話しかけたりするような行為に出ることもあります。
これまで、こうしたグレーゾーンの児童は、「無気力」だとか「落ち着きがない」などといった解釈をされ、その問題の本質に気付かれないまま学校を卒業することが珍しくなく、後に就職や就業で苦労をしたり、引きこもってしまったり、あるいは犯罪を犯してしまうこともありました。
2 グレーゾーンの児童をチェックするには
グレーゾーンの児童を見付け出すには、知能検査が有効です。
しかし、グレーゾーンの子は、他の児童と違いがあるようには見えないため、発達障害の児童と異なり、見過ごされがちです。
以下の10の視点をもって、わたしたち教員が気を配っていきましょう。
①<内容の理解度> 授業についてきて、内容を理解できているように見えるが、テストをしてみると点数をとることができていない
②<苦手さ・偏り> 特定の教科や領域が苦手である
③<指示の理解> 担任や授業者の指示を理解することができにくい
④<集中力の問題> 長い時間1つのことに集中することができない
⑤<単純なミスの頻度> 単純な不注意のミスが多い
⑥<コミュニケーション能力> 協調性に欠け、友達との会話にうまくついていけない
⑦<相手の気持ちの理解> 相手の気持ちを理解できずトラブルが多い
⑧<感情の不安定さ> 感情のコントロールをするのが苦手である。感情の起伏が激しくて、キレやすい傾向にある
⑨<運動能力> 手先や体をうまく動かすことができない
⑩<自尊心の低さ> 苦手意識をもつ事柄が多いため、日常的に達成感がなく、ほめられた経験が少ないため、自己肯定感が低い
3 「境界知能」の児童への初期対応
①教室での初期対応
グレーゾーンが疑われる児童に対して、教室のルールや学習のルールを強く指導するということは避けたいです。何らかの問題行動を目にしたとき、その行動の表層だけを見て、「わがままや反発だ」と決めつけてはいけません。担任は、「こうあるべき」とか「目指すべき姿」といった概念をまず捨てる必要があります。その姿に近付けるように指導するのではなく、その児童の今の姿をまるごと受け止めます。
実は、グレーゾーンの児童たちの中には、問題行動を起こす原因が何なのか「自分でもはっきり分からない」という場合も多いのです。
どのように思考や感情を整理して言語化するか分からない、ということもありますし、日常の様々なことで生きづらさを感じ続けているため、自分に自信をもつことができない、ということもあります。
すなわち、しっかり児童と向き合い、その言葉を聞き漏らさぬよう耳を傾けていくことで、わたしたちが児童の抱える困難さに気付いてあげなければならないのです。
②新年度・新学期に要注意
新年度や新学期など、長い休みが明けたとき、グレーゾーンの児童は不登校になりがちです。授業や人間関係などで困難な思いばかりする学校生活と、平穏な家庭生活との対比がそうさせるのかもしれません。
児童が登校をしぶっていたり、学校を休んだりしたときは、「3日以内の短期決戦」と心に決め、担任や管理職が一丸となって家庭訪問をするなどの緊急対応をします。
しかし、残念ながら自宅に引きこもってしまった場合、長い時間をかけてでも学校に目が向くよう努力をしていきます。少しでも学校にさえ来てくれれば、様々なアプローチが可能になるからです。
教室には入れなくとも、または在校時間が短くとも、どうにか登校できるようにしていきます。毎日1時間でも、放課後でも、あるいは給食時間だけでもいいのです。
保健室や応接室など、その児童にとって居心地の良い場所を選んでもらいましょう。
児童と関わるのは、その児童と相性のいい教職員を充てます。管理職と相談して、割り振りをしましょう。
◇
昨今、学校だけが児童の居場所ではないと、学校離れを容認するような風潮もあります。それが児童の価値観の問題で、学校以外で学びの機会を率先してつくっていけるのなら、何の問題もないでしょう。
しかし、もし仮に不登校の理由が、グレーゾーンによる「生きづらさ」なのだとしたら。わたしたちは何をおいても、こうした児童を学校に再び迎え入れ、その成長を支えてあげなければならないと考えます。誰一人取り残さず、教育を受ける権利を担保し、将来にわたって生きづらさを感じることがないように、適切な支援へとつなげていくことが学校の使命だからです。
新年度、新しい児童との出会いがある皆さんも多いことでしょう。グレーゾーンが疑われる児童がいたら、是非とも一人だけで抱え込まず、周囲に相談し、上司や同僚、支援スタッフ、保護者と連携の輪を広げて、その温かな絆で児童を包みこんでいきましょう。
次回は、そんなグレーゾーンの児童への具体的な対応について考えてみたいと思います。
次回へ続く
【参考図書】
境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ 宮口幸治/SBクリエイティブ
別室登校法: 学校心理学プラクティス1 学校と適応指導教室での不登校支援と集団社会化療法 中村恵子/ナカニシヤ出版
不登校体験の本質と予防・対応 学校に行けない「からだ」 諸富祥彦/図書文化社
教師と支援者のための “令和型不登校”対応クイックマニュアル 神村栄一/ぎょうせい
イラスト/フジコ
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山田隆弘(ようだたかひろ)
1960年生まれ。姓は、珍しい読み方で「ようだ」と読みます。この呼び名は人名辞典などにもきちんと載っています。名前だけで目立ってしまいます。
公立小学校で37年間教職につき、管理職なども務め退職した後、再任用教職員として、教科指導、教育相談、初任者指導などにあたっています。
現職教員時代は、民間教育サークルでたくさんの人と出会い、様々な分野を学びました。
また、現職研修で大学院で教育経営学を学び、学級経営論や校内研究論などをまとめたり、教育月刊誌などで授業実践を発表したりしてきました。
『楽しく教員を続けていく』ということをライフワークにしています。
ここ数年ボランティアで、教員採用試験や管理職選考試験に挑む人たちを支援しています。興味のあるものが多岐にわたり、様々な資格にも挑戦しているところです。