実験と観察を重視した理科授業で「教えから学び」への転換を図る 【連続企画 探究的な学びがカギ! これからの「理数教育」のあり方 #05】

特集
探究的な学びがカギ! これからの「理数教育」のあり方

2018年に開校した茨城県つくば市立みどりの学園義務教育学校では、「Searching for the Better Future !」を教育方針に掲げ、義務教育9年間の連続性を生かした先進的ICT教育や英語教育を推進している。充実したICT環境のなかでアプリやソフトなどのデジタル教材を実験や観察の補完ツールとしてだけでなく、その特性を生かし探究力を深める理科授業を行っている。その教育について、理科担当の大山翔教諭に聞いた。

茨城県つくば市立みどりの学園義務教育学校

2018年開校の義務教育学校。「Society5.0」時代の世界をリードするチェンジメーカーに必要な7つの21世紀型スキルと社会力、すなわち「プログラミング的思考」「協働力」「知識・理解力」「言語活用力」「創造力」「思考・判断力」「市民性」を身に付けさせる学習を展開している。写真は、今回お話を伺った理科担当の大山翔教諭。

この記事は、連続企画「探究的な学びがカギ! これからの『理数教育』のあり方」の5回目です。記事一覧はこちら

大事なのは科学的事象の仕組みを理解していること

みどりの学園義務教育学校は創立3年目で日本教育工学協会から「学校情報化先進校」に認定されるほどの充実したICT環境が整備されているが、理科担当の大山翔教諭は、理科の授業において最も力を入れているのは「本当にやりたいことに主体的に取り組ませること」だと語る。

「本校のICTツールは他校に比べて充実していると思いますが、何よりも子どもたちのやる気をいかに引き出すかに注力することが大事だと考えています。これからの子どもたちが生きていく世界は、正解のない世界。公式を覚えることも大切ですが、その前提となる『それはなぜなんだろう?』という本質を問う力が求められる時代になっていく。したがって子どもたちが主体的に学ぶことのできる多様性のある環境をいかにつくっていくかが重要だと考えています」

多様性のある教育環境の確保は大切だ。子どもたちが主体的な学びを獲得していくためには、教員側の「教えから学び」への意識変革と、子どもたちにいかに興味関心を抱かせるかの「仕掛け」が重要になる。子どもたちが中学校の段階で理科嫌いになることが多い最大の理由は、「覚えなければならない知識量が増え、暗記教科になるから」だと大山教諭は考えている。そのため、理科の学びに出てくる「語句」にこだわらない授業を、大山教諭は意識しているという。

「理科を学ぶ目的は、物事の本質を科学的に探究して理解することにあるわけです。ですから、科学的語句を覚えることよりも、その科学的な事象の仕組みを理解することや、科学的なアプローチ方法を身につけていることこそが重要。いまは語句を覚えていなくても、アプリで検索すれば出てきますから」

実験や観察ができない事象にアプリやソフトを積極的に活用

大山教諭が理科の授業で最も重視しているのが、実験や観察だ。

「小学生でも中学生でも、理科好きな子どもに聞くと『実験や観察が好き』という声がとても多い。実際に、科学の本質を探究する上では、観察と実験が基本になります。そのため授業でもできるだけ実験や観察を実施し、その上で実際の実験や観察が難しい事象についてアプリやソフト、動画などを使って理解を深めています」

たとえば6年生では月の動きを無料のWebプラネタリウム「ステラリウム(Stellarium)」を使ってシミュレートしたり、無料のバーチャル地球儀アプリ「グーグル・アース(Google Earth)」を使って海外の地層などを調べたりしている。

「ステラリウムで日時を変えて月の動きを追ってみたり、またそこに行かないと見られない地層などはグーグル・アースを使って見たりしています。グーグル・アースは地層がきれいに見えるんです」

授業においては、ICTを使っての効率化にも務めている。

「パドレット(Padlet)」という投稿ソフトがあるのですが、大きなボードに自分の意見をペタペタと貼っていける。いままでは子どもたち一人一人のノートを見に行かなければなりませんでしたが、画面で全部共有されているので、その投稿を見ながらシミュレーションを少しずつ修正していくといったこともやっています」

タブレットを使った観察の模様。ダイレクトかつ大量にデータが取れるのがICTツールの強み。

自分の意見を聞いてもらえる学級は学ぶ意欲が高い

また大山教諭は、理科嫌いをなくす鍵として、クラス内での子ども同士のコミュニケーションを挙げる。

「知らないことは検索したり調べたりすればいいし、知っている人から聞けばいい。苦手なところやわからないことを、『教えて』と言って教えてもらって、『ああ、なるほど』と思えば、そこまで理科は嫌いにならないと思うんです。考えてわからなくて、わからないままにしておくから嫌いになってしまう。先生の教え方もありますが、子ども同士で教え合うほうが納得することもあります」

同校では理科に限らず、子ども同士がコミュニケーションをとりながら授業展開することを重視している。1年次、2年次には、席の隣同士でペアを組ませて授業中の課題を隣の児童と確認したり、意見を出し合ったりするような仕掛けをしている。3年次からは4人グループとなり、1つのテーマについてそれぞれ多様な意見を出し合う。

「これまでも自分の意見を表現することに力を入れてきたのですが、多様な意見を取り入れるということが弱かった。アウトプットはすごくするのですが、多様な意見を取り入れて次に何をするのかを考えることが難しい生徒が多い。そのためグループ単位で意見を出し合って、しっかり聞ける力を育てることを意識しています」

グループで意見を出してまとめるためにリーダーやファシリテーターを決めて進めることが多いが、同校ではその“場”だけをつくり、自然と意見が出てくるようにしている。

「『一人がしゃべると誰もしゃべらない』というのではなく、そこに質問やつぶやきなども含めて言葉が飛び交うのが自然な会話だと思います。ですから順番も決めないし、司会役、進行役も決めない。決めることが悪いわけではないのですが、あまりルールや法則にとらわれず、その場に対して自分なりの意見を言ったり、自分の意見を聞いてもらえたりする場にすることがとても大切だと思って取り組んでいます」

また、グループ学習では、グループのメンバーに加わらず、タイムキーパーをする生徒もいる。
「グループにいてもなかなか発言することができないという子もいます。そういった子がタイムキーパーがしたいと言えば、それを認めてあげる。そうやって一人一人を認めてあげて、失敗してもいい、できなくてもいいという雰囲気をクラス全体でつくる。そのようにお互いが安心できる雰囲気がある学級は、総じて学力が高いんです」

逆に理科が得意な子どもをリーダーにしてグループを回そうとすると、かえって理科好きな子は増えないと感じていると大山教諭は話す。

「理科が好きな子だけが盛り上がって、クラス全体が活性化しないんです。以前は私もそのほうがいいと思ってやっていたのですが、協力し合いながら質問したり、教えたりするとクラスが盛り上がりますし、理科が嫌いにならないようです」

大量のデータはソフトのプログラミングで処理

授業では観察を重視するが、作業的なことは極力させないようにすることもポイントだという。たとえば、温度計を読んでデータを記録する授業では、以前は目で見た数字やデータを読み取って手で書き込んでいたが、今は表計算ソフトのエクセルに入力してグラフにしたり、「スクラッチ(Scratch)」でプログラミングしてシミュレーションをかけたりしている。

グラフはデータの数がたくさんあったほうが滑らかなグラフになる。しかし温度計の目盛りを自分で読んで自分で記録していくと十分なデータ量が取れず、教科書のグラフと乖離してしまい、そこで授業が止まってしまうことがある。

「そこにグラフも書いてくれるソフトやスクラッチを導入すると、瞬時に温度を読み取り、1日の気温の変化を可視化できるわけです。授業では温度を読む練習はしますが、取ったデータをどう解釈するかが重要ですから、データの蓄積や管理、可視化といった作業はソフトに任せ、解釈に時間をかけています」

大山教諭は、「ICTツールは、生徒個人の理解度や興味に合わせた個別最適化が図れるところがいい」という。

「ネット検索する子どももいれば、本を読んで解決する子どももいるので、自分の方法で調べることができ、その組み合わせ方も自由。調べ方が全く変わりました」

またICTツールは「自己学習を促し、興味を持てる工夫がされているのも利点」とも話す。従来の自己学習はドリル教材が多かったが、いま同校では「インタラクティブスタディ」というツールを使用している。同ツールはその子が間違ったところを指摘して、そこから一旦その前の理解地点まで戻してくれる。

「『この問題でつまずいているから、あなたはここが理解できていない』とソフトが判断して、そこから1段階戻る。そこでまた問題を解いてみてつまずいたらさらに戻る。子ども一人一人の理解度が可視化されるんです。教員としては子ども全員のつまずき箇所が可視化されるので、個別に様々な支援がしやすくなりました」

教科の授業は1年生から9年生までの系統を意識して構成

学びの系統性を配慮した授業も同校の特徴だ。

「理科は小学3年生から始まりますが、9年生(中学3年生)までを意識した構成になっていて、下の学年でやったことを次の学年で深めることを意識しています。これは理科だけでなく全科目で意識していることです。逆に上の学年で学ぶことを教えることもあります。私は前任校では中学で教えていたので、『ここは教えたほうが理解が進むな』と思ったときは中学の内容なども話すことがあります」

3年次の理科が始まる前の1年次、2年次の生活科では、子どもたちの「気づき」を重視しているという。

「生活科は『気づきの教科』と言われるように、不思議だなと思うことやちょっとした気づきをすくい取って調べたりすることから始まります。理科に共通することが多いんです」

たとえば町探検では、「春の町は秋の町と違うよね」と問いかけるなどして「なぜなんだろう」の前に気づきを掘り起こしておき、3年次に生活科で気づいたことを理科的な言葉に置き換えていく、といったことを意識している。

「1年生や2年生は、大人ほどの知識はないですが、大人が見ている世界をなんとなくわかっています。たとえば影の位置が太陽の動きによって変わっていくのはなんとなくわかる。そこで、影が長くなるのはなぜなんだろう、夏の影が短いのはなぜなんだろうと、気づきを科学の言葉で考えさせていく。あるいは太陽の移動を『右から左』などと表現していたものを、3年次に『東から西に動く』と置き換えるわけです」

低学年にタブレットの使い方を教える9年生。系統学習を重視する同校では、上級生が下級生をサポートをする場が多く用意されている

与謝蕪村の名句から月の位置をシミュレーション

同校では、縦の系統だけでなく、他教科と横に連携した授業も積極的に行っている。理科では国語を題材に科学的なアプローチで解き明かすユニークな授業も行っており、6年生の授業では、与謝蕪村の有名な俳句「菜の花や 月は東に日は西に」を題材に、この句に出た月はいったいどんな月だったのかを探った。

「これを解決するには、なぜ月が光るのかや、月がどのように動くのか、またなぜ月の形が変わるのかなどを知らなければならない。それらについて『どうしてなのか』の問いを立てていくわけです。いまはICTでかなりのことを自分で調べることができます。たとえば、以前は春の日の入りが何時でそのときの様子がどうだったかなどは調べられなかったけれど、いまならステラリウムで調べることができます。そして位置関係などを考えると、この月は満月だったのだと推測できる。こうやって自分で問いを立てて調べていくことは楽しいし、自然と知識も身に付くはずです」

ある子どもは、与謝蕪村がこの句を読んだ年は1774年で、日付は5月3日で、場所は神戸の六甲山だと調べた。そしてそのときの空をステラリウムで見てみようとなった。すると、その時間帯には月は出ていなかったことが判明した。

「日時や場所が本当に正しいのかはわかりませんし、このシミュレーションもどこまで正確かわかりません。でもそこまで調べられるのはまさにICTの力。いろんな仮説を立てて、科学的なアプローチでICTを使って分析していくと、いま常識だと思われていることにも新たな発見がある。これこそが『教えから学び』の醍醐味だと思いますし、こういった体験を増やしていけば、それが学力に反映されてくるはずです。本当はこういう学びを中学でもさせたいのですが、時間的に厳しいのも確かです。中学生以降は高校入試もありますし、最終的に大学入試もある。そのなかでもできるだけ実験や観察の時間を増やし、そこで気づいたことや意見を自由に発言し、話を聞いて取り入れることができる環境をつくっていければ、子どもたちの探究心が引き出され、理科嫌いを減らすことができるのではないかと思っています」

子どもたちが観察に使うタブレット。「科学の世界では常に新しい言葉が生まれていて私でも追いつかない。だから語句を覚えるより、いかに自然の事象のメカニズムを知ってもらうか。その気づきの場と抱いた疑問を意見として出せる場づくりが重要」と大山教諭は話す。

取材・文/佐藤さとる

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