予防倫理から志向倫理へ。DX時代のデジタルシティズンシップ教育【連続企画「教育DX」時代の学校マネジメント#08】
岐阜市では、環境整備が一段落したGIGAスクール構想を次のフェーズへと進めるため、一昨年より全市をあげて、より良いデジタルの使い手を育むデジタルシティズンシップ教育に力を入れている。取組の中心的役割を担う岐阜市教育委員会GIGAスクール推進室の栗本光彰氏に、実践の概要や今後の課題を聞いた。
岐阜県岐阜市教育委員会
岐阜市は、岐阜県の中南部に位置する人口約40万人の中核市。市内にある公立の小中学校は70校(小学校46校、中学校23校、特別支援学校1校)を数え、2023年現在、約3万人の児童生徒が在籍している。2020年には児童生徒・教員に対してLTE通信対応のiPadを32,291台配布した。
この記事は、連続企画「『教育DX』時代の学校マネジメント」の8回目です。記事一覧はこちら
目次
情報モラル教育からDC教育への転換を推進
岐阜市では2021年7月に、岐阜聖徳学園大学および短期大学部と、デジタルシティズンシップ教育(以下、DC教育)に関する連携協定を締結。情報モラル教育からDC教育への転換を国内でいち早く主張してきた同大学の芳賀高洋教授をアドバイザーに迎え、2022年3月にはDC教育を前提とした「岐阜市版GIGAスクール推進計画」を策定した。ただ、2020年に端末を配布しはじめた当初は、まさにその情報モラル教育を率先して行っていたと、栗本光彰氏は振り返る。
「児童生徒が3万人、教員が約2,400人と、ある程度規模の大きな自治体ですから、情報セキュリティに関するトラブルや不適切な投稿などのトラブルもそれなりの数発生しており、市としては規制を厳しくしないと管理が難しくなると判断していました」
しかし以前から、市民サービスの向上や職員の働き方改革を目指して行政サービスのDXに取り組み、また「こどもファースト」を政策のベクトルの一つとして掲げてきた岐阜市では、規制を強化するよりもデジタルとうまく付き合う術を身につける方が、未来を担う子どもたちにとって重要だという意見が大勢を占めるようになり、件の連携協定へと方針が転換されていったという。
「それともう一つ、岐阜市では今回、学校や家庭だけでなく、どこからでも通信できるよう、市の税金を投入してLTEタブレットを採用したのですが、それが規制のために充分に活用されなくなってしまうのはいかがなものかという声も少なからずあったように思います」
端末活用のためのルールブック改定と当事者意識を引き出すための実践
2022年7月にはさっそく、端末の導入当初に策定した、小学校高学年と中学生向けのルールブックをDC教育版に改定した。
変更点は、タブレット端末を活用する権利とそれを行使するために求められる責任や、DC教育を導入することで学校のICT生活がどのように変化するかが書き加えられたこと、そして利用規約のポリシーが、従来の「誤った行動をとらないように予防しようとする予防倫理」から「より良い意思決定と実践を目指す志向倫理」、つまりブラックリスト型からホワイトリスト型へと刷新されたことだ。
「規約は、読み手に解釈の余地を残す、やや曖昧な内容になっています。これは家庭でのルールについては子どもと保護者にも当事者となって話し合ってもらいたかったから。推進室では『責任ある活用を考えるためのワークシート』を作成し、各学校に保護者への配布をお願いしました」
ワークシートの活用については各学校の判断に委ねられたが、ある学校の管理職からは、「保護者の皆さんがこんなに一生懸命考えてくれました」といってワークシートのコピーが届けられたという。
「ありがたかったですね。率直な感想がたくさん書かれていました。学校や先生たちの負担を考えると、推進室がやみくもに実践を強要することは避けなければいけませんが、こうして丁寧にDC教育と向き合ってくれている学校では、端末の活用が進むほどに手応えを感じてくれているようです。推進室としては、こうした成果事例についても広く共有することで、来年以降、多くの学校に取組が浸透していくことを期待しています」
子どものワクワクを引き出す「GIGAびらき」を実施
また、小学1年生に対しては、入学後、初めて端末に触れるタイミングで、「GIGAびらき」と銘打った“スペシャル”な端末貸与式を実施した。
「これも当初は、DC教育の理念とは真逆のことをしていたんです。『壊れるから、こういう使い方をしたらだめだよ』『先生が出していいと言ったら使いましょう』と、始めるそばから禁止事項を並べられて、小学1年生の子どもが『使いたい!』となるわけがありません。そこで昨年からは、教育実習生たちに協力を仰いで、『あんなこともできる』『こんなことにも使える』『使ったらこんないいことがあった』といった具合に、子どもたちがワクワクするようなデモンストレーションをしてもらいました」
現場の教員からは、子どもたちの反応に、端末や、端末を使った学習に対する期待感が見てとれたという感想も届いているという。
さらにGIGAびらきを終えた後には、活動報告を兼ねて、家庭でも子どもに感想を聞く機会を設けてほしいというお願いの手紙を、学校から配布してもらった。この手紙には、DC教育に大人が関わることの重要性を理解してもらおうと、話を聞いたあとで保護者が子どもへのメッセージを記入する欄を設置。後日、それを学校に提出してもらうように促したという。
事前に手紙のたたき台を芳賀教授に確認してもらったところ、さらにそこへ「せんせいとおうちのひとのいうことがわかりました」という文言と子どもの署名欄も付け加えてはどうかと提案があったそうだ。それを聞いて推進室は当初、「小学1年生に契約書のサインはちょっと難しくないか?」という反応だったが、実際にやってみると、小さな子どもたちなりに感じるところがあったようで、双方に当事者意識を促す貴重な機会になったという。
「まだ漢字も習っていない子どもたちの人生で初めてのサイン。皆、がんばって書いてくれて微笑ましかったです」と栗本氏は目を細める。
また、端末返却時には、検品、クリーニング、初期化などの作業を行う「GIGAじまい」を実施しているが、今後は中学3年生の生徒たちに、端末を引き継ぐ新小学1年生に宛てたメッセージを書いてもらうことなども検討しているという。
教員の負担増を防ぎつつ今後は授業のDXにも着手
このように推進室によるDC教育関連の取組は概ね順調に進んできているが、ここにきて新たな課題も出てきたという。
「一部の学校から、『概念はわかったが、個別のシーンで具体的にどう指導するとよいのかわからなくて困っている』という声が聞こえてきており、これについては早急に指導の手がかりとなるようなワークシートを準備したいと考えているところです。もちろんそうしたものに頼ることなく、また単一の価値観に引っ張られることなく、学校や先生たちには積極的な対話を通じて、人の多様な考えを認め合うというところにまで踏み込んでもらいたいのですが、例えば、端末で写真を撮ることについて考える際にも、『他人の写真を勝手に撮ってはいけません』と頭ごなしに注意してしまう先生が今もまだそれなりの数いるというのが現状です。だから我々としてはこれからも、『自分がされて嬉しいと思ったことでも別の人は嬉しいと思わないかもしれないし、自分がされて嫌だと思ったことでも他の人にとっては必ずしも嫌とは限らない』という基本的な考え方が隅々まで浸透するよう、繰り返し発信を続けていきたいと考えています」
「そして、この先も順調に端末の積極的な活用が進んでいけば、次は、授業支援ソフトなどを活用した授業DXにもっと力を入れていきたいと思っています。推進室では『授業のOS転換』という言い方をしているのですが、単に授業をデジタル化するのではなく、授業の在り方そのものの変革を実現したいと考えています。また、これは決して簡単な目標ではありませんが、可能な限り学校間格差をなくすように努め、岐阜市に暮らす子どもたちには平等に質の高い教育を受けられる機会を提供していきたいと思っています」
取材・文/石川 遍
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