実践事例|上越市立直江津東中学校 「つながり」重視の温かい学校をつくるには? 【「マスク世代が奪われたもの」を取り戻す学校経営 #6】
コロナ禍は小中学生の子どもたちにどんな影響をもたらしたのかを知り、2023年度に学校は何をする必要があるのかを考える7回シリーズの第6回目です。コロナ禍によって学校から奪われたものの一つは、人と人のつながりです。これはどうすれば取り戻せるでしょうか。人間関係づくりを重視している直江津東中学校(相澤顕校長、生徒数475名)を訪ねました。
■ 本企画の記事一覧です(週1回更新、全7回予定)
●提言|赤坂真二 マスク世代の子どもたちのために、今、学校がすべき2つのこと
●提言|田中博之 2023年度1学期に学校が重視すべき活動とは?
●提言|森 万喜子 コロナ禍を言い訳に、学校がスルーしたことは?
●提言|心理学者が指摘! マスク生活は子どもにどんな影響を与えたのか
●提言|専門家が分析! 運動経験の不足が子どもに及ぼす悪影響
●実践事例|上越市立直江津東中学校 「つながり」重視の温かい学校をつくるには?(本記事)
目次
教職員の同僚性を重視する理由
直江津東中学校と相澤顕校長の関係は、通常ではありえないほど長く、深いものがあります。相澤校長は、教諭で2回、教頭で1回、校長で1回と、教職38年のうち通算17年を同校で過ごしてきました。そして、今年度は校長としてラストイヤーを迎えています。
17年という長い勤務の中で、生徒がかなり荒れていた時代を何度も経験してきたそうです。そんな中で相澤校長が、重視したのは教職員の同僚性です。
「同僚性を重視するのは、生徒が荒れていた時代には、教職員の人間関係も上手くいかず、それが間違いなく生徒に悪影響を及ぼしていたと考えられるからです。さらに、教職員同士の関係が悪く、教職員がバラバラに動いている学校では、校長の方針が子どもによく伝わらないのです。その方針を子どもに伝えるのは、教職員だからです」と相澤校長は語ります。
令和3年度に校長として戻ってきたとき、教務室には、自分らしさを出せない雰囲気があったそうです。同校には45名の教職員がいますが、コロナ禍でしたので生徒と同様、教職員同士のかかわりやつながりも十分にもてない中で、コロナの対応に追われながら一生懸命授業を行い、教育活動の縮小や削減、変更などでバタバタと慌ただしい日々を過ごし、本当に疲れきっていました。そのせいか、教務室の雰囲気はなんとなくギスギスした感じがありました。そして、教師と生徒の小さなトラブルが増えつつあったのです。
しかし、今の教務室はとても温かく、開放的な雰囲気に変わり、チームとして日々の教育活動に取り組めています。相澤校長は何をしたのでしょうか。
校長と教職員がつながる
「まず、管理職が教職員にとって気楽に声をかけられる存在になることが重要です。それには私から歩み寄るしかないと考えています。管理職だって元は教諭だったわけです。そのときと同じ気持ちでこちらから話しかけますし、教職員と遊ぶときは校長も教頭もありません。今度、カラオケ大会を計画しているのですが、点数で勝負します!」(相澤校長)
気楽なムードを醸し出しつつも、見るべきところは見ているのが相澤校長です。小さな違和感を見逃しません。例えば、教務室では教諭が学年ごとにまとまって座りますが、誰の隣に座るかはとても重要です。単に学年部に任せるのではなく、一部の人だけの主張を通すのではなく、異動してきた教諭も誰もが居心地よく過ごせるようにと、昨年度は人間関係を考慮したうえで座席の配置を管理職が最初に提案し、決めたそうです。また、教職員から相談を受けたら、その問題に対して躊躇や放置をせず、きちんと対応するように心掛けています。教職員の人間関係の調整や教諭への直接指導はかなり難しく、配慮が必要ですが、例えば、Aという教諭に対して苦情が寄せられ、明らかにAに問題があるときは、Aに指導して直させます。そして、Aに配慮しつつも全教職員に事実を伝えます。公明正大な対応により教職員の信頼を勝ち取ってきたのです。もちろん、日常のかかわりから教諭一人一人とつながり、深い理解と関係性が根底にあるからできることです。
相澤校長が教職員と接するときに、大事にしているのは距離感です。
「どの教職員にも同じ距離感で接したら、うまくいくはずがありません。なぜなら、私に対して抱いている感覚、思いはみんな違うからです。昔からよく知っている仲のいい教職員には、気楽になんでも言えますが、それほど親しくない教職員に同じことを言ったら、セクハラ・パワハラになってしまうかもしれません。どんなかかわりや指導も、相手に合わせて距離感を考え、対応を変えることが重要なのです。これは生徒に指導するときと同じです。十把一絡げですべての生徒に同じ指導ばかりしたら、必ず反発する者が出てきます。つまり、学級経営と学校経営は全く同じなのです」
教職員同士をつなぐ要となるのは職員厚生部
「子どもたちは各学級でお楽しみ会などを行うと思うのですが、教職員にも楽しい時間が必要です」と相澤校長は話します。
教職員同士をつなぐ方法として、相澤校長が校務分掌の中で重点を置いているのは、職員厚生部の活動です。職員厚生部は、慰労会や反省会、退職者の誕生日、出産や新築を祝うイベントなど、様々なイベントの企画・運営をし、教職員を喜ばせ、楽しませるために、いろいろと工夫します。相澤校長も教頭時代までは職員厚生部のメンバーの一人として、学校を大いに盛り上げてきたそうです。
コロナ禍では飲み会が開催できなくなりましたが、同校では昼食会に切り替えて、学期ごとのけじめの会を行ってきました。例えば、1学期の終わりには、3階の多目的室で、注文した弁当をみんなで食べながら、その学期に行った行事などの映像を見て振り返ります。
このときに、くじ引き大会を行うそうです。抽選箱に全教職員の名前を紙に書いて入れておき、くじを引くのは教頭先生です。1等、2等の賞品は、例えば、メロン、米など、それなりに高価なものですし、「頑張った人は必ず運もつくはずだ」と一声添えるとみんな燃えるようです。実は、このくじ引きはこの学期に一番苦労したり悩んだりした人に良い賞品が当たるように少々細工してあります。上位の賞品が当たらなかった人は、100円ショップで買ってきたレトルト食品などがもらえます。
職員厚生部員は10名ほどいますが、ポイントは、その中に20代の教諭を入れることだそうです。今年度は、新採用教諭と採用2校目までの6年以内の教諭、合わせて5名が入っています。部のリーダーは中堅教諭が務めますが、司会やプレゼンターなど、人前に出るのは若い教諭たちです。活動しながら、若いうちから同僚に喜んでもらうことの楽しさを体験してもらい、他校に異動してからも、同僚のために積極的に働くことを大切にしてほしいからです。
実際に、職員厚生部の活動をしたことで、若い教諭が変わったそうです。
「前の学校であまり愛想が良くなかったと聞いていた教諭が、本校での職員厚生部の活動を通してみんなとつながり、今では気さくな人柄で前に出て、学校を盛り上げてくれています」
教諭と生徒、生徒と生徒をつなぐ
続いて、教諭と生徒、生徒と生徒をつなぐ取組です。同校で行われている様々な取組の中で、特筆すべきは、集団づくり推進委員会、通称「東魂(とうこん)プロジェクト」です。これは、もともと相澤校長が教頭だったときに、上越教育大学の学校支援プロジェクトの一環として、赤坂真二教授の研究室の学生が中心になって始めたものであり、学校支援が終了してからは同校の教諭が踏襲しています。
プロジェクトを進めるチームは、各学年の若手教諭が中心となって構成され、そこに管理職も加わり、総勢10名ほどです。このチームが生徒の相談役となり、行事などをいかに盛り上げるかを、生徒と話し合って練っていきます。具体的には、各行事を行うときに、それによって生徒と生徒をどうつないでいくのか、それに教諭がどう関わるかを考えたうえで、準備を進めていき、本番が終わると必ず、どんな活動をしたかを全校生徒が振り返ります。ただ行事を行うだけではなく、その行事の目的を達成できたかどうかや、生徒と教諭、生徒同士の人間関係の状況に変化があったかどうかなどをデータで検証するのです。その評価を担任は受け止め、次の行事や学級経営に生かしていきます。
例えば、体育祭、音楽祭などの学校行事を行うときには、生徒同士がつながるために、練習段階から、学級ごとにBくんが練習のときに頑張ってくれた、Cさんが親切に教えてくれた、などの行為を褒め合う活動を展開します。そして、行事が終わると、チームのメンバーが練習から本番までの流れを記録した映像をつくり、行事の翌朝、全校生徒に見せて活動をしっかり振り返らせます。その後、定期的にアセス(学校環境適応感尺度)のアンケートを行い、担任と生徒、生徒同士の関係をデータでチェックします。
現在、アセスの結果を見ると、ほとんどの学級が教師サポートの項目で60を超える高い偏差値であり、担任と生徒の関係が非常に良いことがわかります。
「勉強だけなら塾や家でもできますし、コンピューターを使ってもできますが、人間関係づくりは一人では学べません。学校は集団生活ができる点で存在意義があります。そして、学校は生徒をいずれ社会へ出すために教育しています。社会に出たら自分の力だけで生きていくのは大変ですし、助けたり、助けてもらったりする経験を学校で積むことが重要であり、だからこそ、生徒の集団づくりが大事なのです」
褒めることの重要性
また、同校では生徒を褒めることを重視しています。相澤校長は、全校朝会などで壇上に上がると「ほとんど褒めている」そうです。地域や学校の中で、生徒の褒めるべき言動があったときには、給食時に放送を使って、校長自身の言葉で褒めます。昨年度から「東中ブリリアント賞」が創設され、世の中のためになる活動をした生徒の中から、該当者を地域の代表に選んでもらい、年度の終わりに表彰しています。昨年度の受賞者は、1年間毎朝、学校の玄関を掃除してくれた3年生5名と、夏に熱中症で倒れた人を救助した1年生2名の合計7人です。このように生徒たちを褒めることで、自己有用感を育んでいます。
「荒れていたころは、生徒は掃除などしませんでした。私はそれを知っているから、生徒が掃除をしているだけでも大いに褒めます。しかし、他校から来た教諭にとっては、生徒は掃除するのが当たり前ですから、それほど褒めないのです。
しかも、学校が落ち着いてくると、教諭は強気になります。荒れていたときは生徒に対して配慮のない言動をすると、反発されて殴られるかもしれないので、教諭も慎重になります。しかし、学校の荒れが収まると、過去を忘れたり、あるいは知らなかったりで、生徒に対して、高飛車な言動を繰り返す教諭も出てきます。その結果、生徒は教諭の言葉や態度に対して、少しずつ反発するようになり、再び荒れていくのです。
大事なのは、教諭がこの学校の生徒の実態に合わせた対応に変えることであり、学校をよくするには全教職員の指導方針がブレずに、チームとして対応する必要があるのです」
「愛」で生徒とつながる
同校の校長室の壁には、「東中のモットー」が書かれた額が掲示されています。そこには「明るく素直で 人を愛し 人に好かれ 人のために生きよ!」と書いてあります。これは相澤校長が教頭だったとき、合計14年間勤めて最長勤務教師となったことを記念して、書いたものだそうです。
「私が生徒たちに伝えたい言葉は、今もこれしかありません。勉強ができるとか、運動ができるとか、それ以上に、社会に出て人に好かれてほしいし、人を愛してほしいのです。そして、究極の目的は 人のために働いてほしいと願っています。そういう人を育てたいのです」
相澤校長に、生徒を指導する際の方針を聞きました。
「私は指導にメリハリをつけるようにしています。私が厳しく指導するのは、嘘をつく、物を壊す、人をいじめる、食べ物を無駄にする、ゴミを所かまわず捨てる、などのことをしたときです。これは人としていけないことであり、どんな理由があろうとも社会でも許されない行為だと思うからです。反対に、遅刻、頭髪や服装の乱れ、ピアスなどについては、それほどうるさく言わないことにしています。それは、思春期で、心に何か不安や悩みを抱えていて荒れる中学生にはありがちなことであり、その現象をうるさく言うより、自分で気付いて直していくのを待ちたいと思うからです。
ですから、本校の教諭には、内容を吟味して、指導のレベルを変えるように言ってあります。大人になれば自然に分かって直せるくらいの内容なら、それほど厳しくしつこく指導する必要はないけれど、人として許されないと思ったら徹底的に叱れと。過去の荒れていたときの生徒たちはその区別がちゃんと分かっていました。人として許されないことをして叱ったときに、教諭に逆らったり、反発したりする生徒はいなかったからです。それより、大したことでもないのにすべて同じトーンで、しつこく厳しく叱ることへの反発が強かったのです」
相澤校長が生徒への対応で、教諭に求めているのは、次のような姿勢です。
「見返りを求めない『無償の愛』、全面的肯定、思いやり、やさしさ、気配り、どんな子どもにも愛情をかけてほしい、あきらめない、見放さない、叱るより褒める、どんな生徒もかわいがってほしい」
昨年度までは、教室に入れず、別室で勉強する不適応の生徒が増えていたそうです。そこで、不適応の生徒一人一人から聞き取りをし、教諭との相性、生徒同士の相性などに配慮し、年度末に約1か月半をかけてクラス編成を行った結果、今年度は不適応の生徒がいなくなったということです。いかに人間関係が重要かを痛感したそうです。
取材時に、相澤校長と一緒に、校内を回ってみました。生徒たちは廊下で会うと、当たり前のようにあいさつしてくれます。授業中であっても、廊下に相澤校長の姿を見つけると、挨拶したり、うれしそうに手を振ったりして、「校長先生が大好き」という思いが伝わってきます。校長室にも毎日、たくさんの生徒がやってくるとのことです。
「今の子どもは愛が足りないのです。結局、大事なのは心です。キーワードは『愛』と『情』です。愛のある指導を行い、情で人を動かします。教職員がこの気持ちをいつも持っていれば、教務室も学校も温かい雰囲気になり、子どもの口から保護者や地域にも校長の思いが伝わっていくのです」
相澤校長は、直江津東中で17年目もの長い期間を過ごしてきましたので、かつての教え子たちが保護者になっています。保護者に対しては、教職員がいつも丁寧な対応を心掛けていますし、「学校だより」には相澤校長の過去の失敗談を披露するとともに、校長の携帯電話番号を記載して常につながれる状態になっています。そのせいか、この学校の保護者はPTA活動に協力的で、学校に期待する思いが強いようです。
そして、かつて保護者だった人たちは祖父母となり、地域にいます。学校を支える各団体の役員たちも、これまでに関わった人たちばかりです。学校に困ったことが起きれば、地域の人たちに腹を割って相談し、支えてもらっているそうです。
今年度は「つながり」を重視した行事や活動の再構築を
最後に、全国の管理職に向けてアドバイスを聞きました。
「コロナによってコミュニケーションを必要とする行事や活動ができなくなり、学校は人のつながりを奪われてしまいました。今年度は、生徒同士の関係、生徒と教諭の関係、教職員同士の関係を取り戻すために、そして、コロナの前よりもそれらの人間関係を向上させるために、今まで行ってきた行事や学校の様々な教育活動の内容を検討し、再構築するチャンスではないでしょうか。
例えば、体育祭です。本校では、コロナ前は朝8時頃から夕方4時頃まで行っていましたが、コロナ禍では競技種目を減らし、午前中で終わらせました。それは今後も継続します。時間を短くしても、生徒たちの活動は停滞しないことがわかったからです。半日だけならむしろ熱中症の心配が減ります。
ただし、再構築する際には、『教諭が楽になるから』という安易な考えではなく、行事の目標を達成するために、今までやってきたことが本当に必要だったのか、生徒にとって本当に楽しいのか、生徒同士がつながるために有意義な活動なのかという視点を持つことが重要です。
そして、教職員が同僚性を高め、チームとして様々な教育活動に取り組む中で、管理職が率先して、お互いに気配りや配慮をし合えるような温かい学校経営をしていけば、学校は確実に変わると思います」
取材・文/林 孝美